弘法大師にとって初めてとなる勅願寺の創建がこの第26番札所の金剛頂寺だといわれています。
駐車場から本堂へ向かう途中、厄坂と書かれた階段があり、134段上ります。
山門をくぐると大きな大師像がお出迎えしてくれます。きちんとご挨拶します。
本堂と大師堂でお経を唱えお詣りさせていただきました。
こちらは、明治初期までは女人禁制で、なかなか厳しい修行の道場であったようです。歴代天皇からの信仰も篤く、かつての寺領は現在の室戸市全域に及ぶほど栄えており24番札所最御崎寺が「東寺」と呼ばれるのに対し「西寺」と呼ばれています。
御本尊 薬師如来
本尊真言 おん ころころ せんだりまとうぎ そわか
ご詠歌 往生に望みをかくる極楽は 月のかたむく西寺(にしでら)の空
本堂、大師堂のお詣りを終え、横を見ると稚児大師尊像があります。何か可愛い。佐伯真魚時代のお大師さま。
お大師さんは御年7歳で『私は人々を救うために将来は仏門に入りたい、願いが叶わないならこの身を捨てる』と言い、断崖絶壁からジャンプしたと言われています。お大師様、賢すぎます。
お詣りを終えると、何だかその横の通り道が気になって仕方ありません。森の中に入ってみます。
なんか木がこっちに来なさいと光ってるし、歩いていくと小さいお宮がありました。
何なんだろうと思いましたが隠れた聖人をお祀りしているようで、手を合わしお線香を立てお詣りしました。
当山二代・智光上人は弘法大師伝によると、世に隠れたる聖人二人であり、一人は大和の室生寺堅恵大徳、一人は土佐金剛頂寺の智光上人とあり、堅恵は智恵第一の人、智光は行力第一のの聖人と讃えられています。
上人はかつて大師禅定の西寺根本樹下の法窟に籠もり、一生山を出ずして精進修行し、大師が承和2年3月21日高野山に御入定と知るや、御後を慕いて、同年4月21日この地に大師と同様、寂然として入定留身し給うと伝えています。
八十八箇所霊場説明より。
智光上人は金剛頂寺の2代目住職で、弘法大師の弟子でもありました。弘法大師伝でも「世に隠れたる聖人(ひじり)」と称されるほどの人物で、弘法大師が高野山で入定したことを知ると後を追うようにこの場所で入定留身しました。
後で知ったのですが、導かれるように入って行った御廟は清浄なパワーが満ちる聖域のようです。
確かに空気が澄んで木々のエネルギーに満ち溢れお寺にいる事を忘れさせてくれるような神聖さを感じました。
こちらは一粒万倍の釜です。弘法大師がこの釜で米を炊くと万倍に増え、人々を飢えから救ったという伝説があります。
こちらはがん封じの椿と言われるようで、がんを治そうと参拝客に撫でられてツルツルになったようです。
室戸にある3つの札所のお詣りを終えました。どちらも見応えのある素敵なお寺でした。
金剛頂寺の駐車場にある看板で室戸市最北部、佐喜浜町に大杉があると知り、これはみたいとなって遥々海沿いを逆戻りしました。そして、近くまで行ったのですが、何とここから5時間登山コースとあり、諦めました。
近くに八幡宮があり、こちらはお詣りさせて頂きました。八幡宮においでなさいだったのでしょう。素敵な神社です。
こうして、お詣りできるのも縁ですからね。
山頂の御神木はネットで拝ませていただきました。ああ、行きたかった。でも所要時間5時間の登山はさすがに無理でしたね。。。
室戸市最北部、佐喜浜町の段ノ谷山紹介HPより