高知からの日帰りでは、3箇所が限界でした。
8番札所は愛媛県大洲市にある十夜ケ橋です。
車で到着したのは午後4時半を過ぎていました。

本堂は、どうやら平成30年の集中豪雨の被害により、水没してしまい、建て替えすることとなったようで、本堂再建の寄付を募っていました。


本堂がないので、納経所の中にてお詣りです。
龍の掛け軸がありました。

ご本尊は弥勒菩薩です。
オンマイタレイヤソワカ🙏

福禄寿様も祀られていました。


こちらの横の地に下の写真のような本堂が建設される予定のようです。
形あるものはいずれ消えて無くなりますが、こうして真心で再建され、人々の祈りの場となるなんて素晴らしいですね。


こちらは大師堂です。


こちらは大師堂です。

大師堂をお詣りしてふっと横を見ると橋がありました。
なにせ、予習をしないものだから、危うく見落とすところでしたが、橋の方に歩いて行きました。
野宿大師と書いた石があります。

今を去ること一千二百有余年の昔、お大師さまが四国御巡錫中、この辺りにさしかかった時、日が暮れたため小川に架かる土橋の下で一晩野宿をされました。
その晩「生きることに悩んでいる人々を済いたい」「悟り(即身成仏)へと導きたい」という衆生済度のもの思いに耽られました。わずか一夜でありましたが十夜のように長く感じられ『ゆきなやむ 浮世の人を 渡さずば 一夜も十夜の橋とおもほゆ』と詠まれました。これから十夜ヶ橋(とよがはし)と名がついたと伝えられています。
またお遍路さんが橋の上を通る時には杖をつかないという風習は人々を想うお大師さまに失礼にならないようにとの思いから起こったものです。
十夜ケ橋紹介HPより


ゆきなやむ 浮き世の人を 渡さずば
一夜も十夜の 橋と思ほゆ
旅の出家に一晩の宿を貸すことも惜しむ村人の心を、明るく温かくして、皆が助けあい、与えあっていけるような生き方を伝えて、仏心の素晴らしさを分かってもらいたい。
この村人達を救わずして、この場所を立ち去るならば、これほど申し訳ないことはないと一晩中思案していたら、一夜がまるで十夜ほどの長さに感じられたという、空海さんの情け深い御心を表わすお歌です。
歌に詠まれた渡さずばという言の葉は、人々の即身成仏を願い、思案した際に浮かび上がった言葉だと思います。
弘法大師とわかっていたら
偉いお坊さんだとわかっていたら
皆んなお泊まりくださいといったでしょう。
いかなる時も、人を見かけで判断してはならないし、人により態度を変えたりしてはいけないですね。
時代こそ違えど私自身、見知らぬ方に、どうぞお泊まりくださいとは言えなかったと思います。
でも、できる事なら時代を遡り、空海さんに温かい食事と布団を届けてあげたいものです。

民思い
一夜過ごせし
橋の下
寒さひもじさ
寒さひもじさ
胸に染み入る

橋の下から、別格霊場がみえます。


お詣りを終えると、すっかり夕焼け空に変わってました。
お腹も空いたので、地元名物鯛めしをいただいて帰路につきました。