94年の歴史に幕を下ろす「としまえん」
東京ディズニーランドなんてなかった昭和時代、子どもたちの夢の空間は「としまえん」だった。
「としまえん」の開園は1926(大正15)年。つまり、昭和元年となった年にその歴史が始まった。
5世代に愛されてきた、練馬区の遊園地としまえんが2020年8月31日で94年の歴史に幕を下ろす。同区で出生したので名残惜しまずにはいられない。地元にあったけど、当時はあまり愛してはいなかった気がする。
大きくなってから、「カルーセルエルドラド」がすごいのりものだということを知った。
ドイツで1907年に製作され、米国を経て1971年に設置したエルドラドはとしまえんの至宝だ。2010年には日本の機械遺産に認定された。閉園後は解体、保管され、次の設置場所が検討されている。
機械遺産は日本機械学会が創立110周年を迎えた2007年に「機械遺産」を認定することにした。
初年後に認定した主なものは、
・東海道新幹線0系電動客車(大阪・交通科学博物館)
・足踏旋盤(1875年製)
・10A型ロータリエンコーダ(マツダ)
・カブ号F型(ホンダ)
・旅客機YS11(羽田空港)
・ホンダCVCCエンジン(栃木コレクションホール)
・コマツブルドーザーG40(伊豆市・コマツテクノセンタ)
・万能製図機械MUTOH「ドラフターMH-1」
・旧筑後川橋梁(福岡県)
カルーセル エルドラドは2010年に認定された。
当時の財界人の藤田好三郎氏が所有していた土地を、運動と園芸を東京市民に広く奨励するために公開したのが始まり。ちなみに「としまえん」は練馬区。園名は「豊島園」、この土地を治めていた豊島左近太夫景村の居城跡にあたることから、それにちなんで「豊島園」と命名した。
日本にまだアミューズメントがなかった昭和元年にはじまり、戦争中一時的に閉園、戦後は文字通り昭和を駆け抜ける形で数々の新しいアトラクションを導入した。
世界初や日本初が目白押し、絢爛豪華なアトラクションが揃っている。
空飛ぶ絨毯で空を旋回する「ジャスミンのフライングカーペット」、“地上45mの空中航海”のキャッチコピーで一躍人気となった「フライングパイレーツ」が人気アトラクションで、迫力満点のローラーコースター「サイクロン」、夏の人気ナンバーワン「ハイドロポリス」などの絶叫マシンも有名である。
当時はめずらしかったホーンテッドマンション式の乗り物に乗って回遊するタイプのお化け屋敷「ミステリーゾーン」や、ジープでめぐる「アフリカ館」(1998年終了)などがある。
「フライングパイレーツ」のアンコールの話だが、初期の頃は動きが終わるとお客さんから「アンコール!」の声が上がり、その声に応えるかたちでもう一度海賊船が動き出すのがお決まりだった。
ちなみに「としまえん」といえば、夏のプールも大人気。最初にプールが完成したのは1929(昭和4)年のことで、その後1965(昭和40)年には「流れるプール」が登場する。
当時、プールが流れる!というのは大変画期的な仕掛けで、世界初だった。この「流れるプール」をはじめたくさんのアトラクションが楽しめる夏のプールは大人気となり、バブル全盛期にはプールの来場者だけで日に5万人を超えた。
さよなら、としまえん。
ハリーポッタに生まれ変わる
・・・・・・・おまけ
としまえん
1世紀にわたって愛された「としまえん」、閉園直前にどれくらい来園者は増えたのか?
9/5(土) 18:04配信
■としま1
後半にかけて徐々に来訪者が増加し、8月29日(土)に最も多くの人が訪れていた※イメージ画像
・1世紀にわたって愛された「としまえん」、閉園直前にどれくらい来園者は増えたのか?
8月31日、94年の歴史に幕を下ろしたとしまえん。およそ1世紀にわたって愛され続けた老舗テーマパークとの別れを惜しんで、営業最終日に多くの人が詰めかけたことは記憶に新しい。
・そんなとしまえんの閉園直前にあたる8月16日~8月29日までの人流を分析したデータがこのほど、レイ・フロンティア株式会社により公開された。
・来訪者数の推移、年齢、性別、居住地などを分析
最初に紹介するのは、来訪者数の推移。後半にかけて徐々に来訪者が増加し、8月29日(土)に最も多くの人が訪れていた。
・来訪者の年齢としては、30代、40代が多く訪れていた。
・また、来訪者の性別だが、男性が約6割と男女に差があった。
・次に、来訪者の推定居住地(機械学習で居住地だと推定されたエリア) 上位10(同じ数値は同順位)を見てみると、大半がとしまえんの所在地と同じ練馬区在住者だった。その他はとしまえん周辺の板橋区、中野区、新宿区からの来訪が多い傾向に。
・さらに、来訪した日に利用した路線で、豊島園駅に到着した人の出発駅 上位5(同じ数値は同順位)では、池袋駅が最も多く、2位以下は練馬駅、東中野駅など推定居住地同様、練馬区や中野区、新宿区にある駅を主に利用していた。
・最後に、来訪者が普段、高頻度に訪れる場所を見ていただきたい。保育園や幼稚園に通う小さなお子様をお持ちの方、車を所有している人が多い傾向にあることがわかった。
・多くの人に愛されてきたとしまえん、施設の象徴回転木馬の最終営業終了時は自然と拍手が発生したようだ。
<調査概要>
期間:2020年8月16日(日)~2020年8月29日(土)
調査元:アプリSilentLogより収集したデータに匿名化処理を施したもの
出典元:レイ・フロンティア株式会社
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としまえん跡に「ハリポタ」、西武が描く将来図
世界で2番目の「スタジオツアー」2023年開業
大坂 直樹 : 東洋経済 記者
2020/08/18 19:15
■ハリポタ
ロンドンの「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ツアー・ロンドン−ザ・メイキング・オブ・ハリー・ポッター」(写真:ワーナーブラザース ‘Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and ©Warner Bros. Entertainment Inc. – Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)
長年、若者や家族連れに親しまれてきた東京都練馬区の遊園地「としまえん」が8月末で閉園となる。しかし、その敷地の一部に2023年の前半、「ハリー・ポッター」の体験型施設がオープンすることが決定した。8月18日、としまえんを運営する西武鉄道など関係者の間でハリポタ施設の開発に関する契約が締結された。
日本でハリポタのテーマパークといえば、迫力のライドアトラクションで人気を集めるユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)の「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」がよく知られているが、世界を見渡すと、ロンドンにはハリポタシリーズを製作したアメリカの大手映画会社ワーナー・ブラザースが撮影時に使用したセットを一般公開した「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ツアー・ロンドン−ザ・メイキング・オブ・ハリー・ポッター」というスタジオツアーがある。
今回、としまえん跡地にオープンするのは、その東京版だ。
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としまえん跡地の「にぎわい」を担う
としまえん跡地を中心とした区域は、1957年に決定した都市計画に沿って「練馬城址公園」として整備される計画だ。
■ハリポタ2
としまえん跡地に整備される「ハリー・ポッター」施設のイメージ(画像:ワーナーブラザース ‘Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and ©Warner Bros. Entertainment Inc. – Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)
その後、東日本大震災が起きた2011年に計画が改定され、この公園は災害発生時の避難場所としての機能を持つことになった。また、防災目的だけでなく、緑地整備による自然との共生やスポーツ・文化活動などの多様なリクリエーションの場として活用するといったことも目標として定められた。
スタジオツアーの施設もこの公園整備のプロセスに合わせて建設される。整備方針の計画期間は10年間。その意味でタイムリミット直前にようやく方向性が決まったといえる。
練馬といえば、日本のアニメ制作が本格的に始まった「アニメ発祥の地」である。その意味では、公園内にアニメ関連施設を設けるという可能性もあった。しかし、その後、ワーナー・ブラザースがロンドンのスタジオツアーを日本でも展開したいと考え、相談を受けた伊藤忠商事はとしまえん跡地が適地だと判断、さっそく土地を所有する西武と検討に入った。
東京ディズニーランドなんてなかった昭和時代、子どもたちの夢の空間は「としまえん」だった。
「としまえん」の開園は1926(大正15)年。つまり、昭和元年となった年にその歴史が始まった。
5世代に愛されてきた、練馬区の遊園地としまえんが2020年8月31日で94年の歴史に幕を下ろす。同区で出生したので名残惜しまずにはいられない。地元にあったけど、当時はあまり愛してはいなかった気がする。
大きくなってから、「カルーセルエルドラド」がすごいのりものだということを知った。
ドイツで1907年に製作され、米国を経て1971年に設置したエルドラドはとしまえんの至宝だ。2010年には日本の機械遺産に認定された。閉園後は解体、保管され、次の設置場所が検討されている。
機械遺産は日本機械学会が創立110周年を迎えた2007年に「機械遺産」を認定することにした。
初年後に認定した主なものは、
・東海道新幹線0系電動客車(大阪・交通科学博物館)
・足踏旋盤(1875年製)
・10A型ロータリエンコーダ(マツダ)
・カブ号F型(ホンダ)
・旅客機YS11(羽田空港)
・ホンダCVCCエンジン(栃木コレクションホール)
・コマツブルドーザーG40(伊豆市・コマツテクノセンタ)
・万能製図機械MUTOH「ドラフターMH-1」
・旧筑後川橋梁(福岡県)
カルーセル エルドラドは2010年に認定された。
当時の財界人の藤田好三郎氏が所有していた土地を、運動と園芸を東京市民に広く奨励するために公開したのが始まり。ちなみに「としまえん」は練馬区。園名は「豊島園」、この土地を治めていた豊島左近太夫景村の居城跡にあたることから、それにちなんで「豊島園」と命名した。
日本にまだアミューズメントがなかった昭和元年にはじまり、戦争中一時的に閉園、戦後は文字通り昭和を駆け抜ける形で数々の新しいアトラクションを導入した。
世界初や日本初が目白押し、絢爛豪華なアトラクションが揃っている。
空飛ぶ絨毯で空を旋回する「ジャスミンのフライングカーペット」、“地上45mの空中航海”のキャッチコピーで一躍人気となった「フライングパイレーツ」が人気アトラクションで、迫力満点のローラーコースター「サイクロン」、夏の人気ナンバーワン「ハイドロポリス」などの絶叫マシンも有名である。
当時はめずらしかったホーンテッドマンション式の乗り物に乗って回遊するタイプのお化け屋敷「ミステリーゾーン」や、ジープでめぐる「アフリカ館」(1998年終了)などがある。
「フライングパイレーツ」のアンコールの話だが、初期の頃は動きが終わるとお客さんから「アンコール!」の声が上がり、その声に応えるかたちでもう一度海賊船が動き出すのがお決まりだった。
ちなみに「としまえん」といえば、夏のプールも大人気。最初にプールが完成したのは1929(昭和4)年のことで、その後1965(昭和40)年には「流れるプール」が登場する。
当時、プールが流れる!というのは大変画期的な仕掛けで、世界初だった。この「流れるプール」をはじめたくさんのアトラクションが楽しめる夏のプールは大人気となり、バブル全盛期にはプールの来場者だけで日に5万人を超えた。
さよなら、としまえん。
ハリーポッタに生まれ変わる
・・・・・・・おまけ
としまえん
1世紀にわたって愛された「としまえん」、閉園直前にどれくらい来園者は増えたのか?
9/5(土) 18:04配信
■としま1
後半にかけて徐々に来訪者が増加し、8月29日(土)に最も多くの人が訪れていた※イメージ画像
・1世紀にわたって愛された「としまえん」、閉園直前にどれくらい来園者は増えたのか?
8月31日、94年の歴史に幕を下ろしたとしまえん。およそ1世紀にわたって愛され続けた老舗テーマパークとの別れを惜しんで、営業最終日に多くの人が詰めかけたことは記憶に新しい。
・そんなとしまえんの閉園直前にあたる8月16日~8月29日までの人流を分析したデータがこのほど、レイ・フロンティア株式会社により公開された。
・来訪者数の推移、年齢、性別、居住地などを分析
最初に紹介するのは、来訪者数の推移。後半にかけて徐々に来訪者が増加し、8月29日(土)に最も多くの人が訪れていた。
・来訪者の年齢としては、30代、40代が多く訪れていた。
・また、来訪者の性別だが、男性が約6割と男女に差があった。
・次に、来訪者の推定居住地(機械学習で居住地だと推定されたエリア) 上位10(同じ数値は同順位)を見てみると、大半がとしまえんの所在地と同じ練馬区在住者だった。その他はとしまえん周辺の板橋区、中野区、新宿区からの来訪が多い傾向に。
・さらに、来訪した日に利用した路線で、豊島園駅に到着した人の出発駅 上位5(同じ数値は同順位)では、池袋駅が最も多く、2位以下は練馬駅、東中野駅など推定居住地同様、練馬区や中野区、新宿区にある駅を主に利用していた。
・最後に、来訪者が普段、高頻度に訪れる場所を見ていただきたい。保育園や幼稚園に通う小さなお子様をお持ちの方、車を所有している人が多い傾向にあることがわかった。
・多くの人に愛されてきたとしまえん、施設の象徴回転木馬の最終営業終了時は自然と拍手が発生したようだ。
<調査概要>
期間:2020年8月16日(日)~2020年8月29日(土)
調査元:アプリSilentLogより収集したデータに匿名化処理を施したもの
出典元:レイ・フロンティア株式会社
*********
としまえん跡に「ハリポタ」、西武が描く将来図
世界で2番目の「スタジオツアー」2023年開業
大坂 直樹 : 東洋経済 記者
2020/08/18 19:15
■ハリポタ
ロンドンの「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ツアー・ロンドン−ザ・メイキング・オブ・ハリー・ポッター」(写真:ワーナーブラザース ‘Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and ©Warner Bros. Entertainment Inc. – Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)
長年、若者や家族連れに親しまれてきた東京都練馬区の遊園地「としまえん」が8月末で閉園となる。しかし、その敷地の一部に2023年の前半、「ハリー・ポッター」の体験型施設がオープンすることが決定した。8月18日、としまえんを運営する西武鉄道など関係者の間でハリポタ施設の開発に関する契約が締結された。
日本でハリポタのテーマパークといえば、迫力のライドアトラクションで人気を集めるユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ、大阪市)の「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」がよく知られているが、世界を見渡すと、ロンドンにはハリポタシリーズを製作したアメリカの大手映画会社ワーナー・ブラザースが撮影時に使用したセットを一般公開した「ワーナー・ブラザース・スタジオ・ツアー・ロンドン−ザ・メイキング・オブ・ハリー・ポッター」というスタジオツアーがある。
今回、としまえん跡地にオープンするのは、その東京版だ。
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としまえん跡地の「にぎわい」を担う
としまえん跡地を中心とした区域は、1957年に決定した都市計画に沿って「練馬城址公園」として整備される計画だ。
■ハリポタ2
としまえん跡地に整備される「ハリー・ポッター」施設のイメージ(画像:ワーナーブラザース ‘Wizarding World’ and all related names, characters and indicia are trademarks of and ©Warner Bros. Entertainment Inc. – Wizarding World publishing rights © J.K. Rowling.)
その後、東日本大震災が起きた2011年に計画が改定され、この公園は災害発生時の避難場所としての機能を持つことになった。また、防災目的だけでなく、緑地整備による自然との共生やスポーツ・文化活動などの多様なリクリエーションの場として活用するといったことも目標として定められた。
スタジオツアーの施設もこの公園整備のプロセスに合わせて建設される。整備方針の計画期間は10年間。その意味でタイムリミット直前にようやく方向性が決まったといえる。
練馬といえば、日本のアニメ制作が本格的に始まった「アニメ発祥の地」である。その意味では、公園内にアニメ関連施設を設けるという可能性もあった。しかし、その後、ワーナー・ブラザースがロンドンのスタジオツアーを日本でも展開したいと考え、相談を受けた伊藤忠商事はとしまえん跡地が適地だと判断、さっそく土地を所有する西武と検討に入った。