製作費にも事欠くほど貧しかったのではと予想されるが、地味ながら引き込まれるこの作品は、全編に於いて少年の心の中をひたすら追い続ける。
学校の授業のシーンから始まり、小さな閉塞感のある部屋に低学年の少年らが座っている。教師がそこに入り、皆緊張した面持ち。教師は勉強を教えるというより、ただ指導に徹して冷たく権威的。
主人公アハマッドは、その日隣の席の友達のノートを間違えて持ち帰ってしまう。
自宅へ帰り宿題を始めた時気がつくのだが、このアハマッドの演技が実に自然。
ノートを間違えて持ってきた事を洗濯をしている母に説明するのだが、何度話しても母は上の空で聞いてくれない。家には赤ん坊がいて、母はその世話と家事に追われ疲れ果てている。それはわかるのだが、あまりにも冷たいので、観ているこちらがイライラして代弁してあげたくなる。
母に明日返せばいいと言われてもアハマッドは落ち着かない。友達は、今日の授業中、次に宿題をやって来なければ退学にすると脅されていたからだ。
小さな心を痛め、アハマッドは行った事もないその子の家を探して歩く。
ジグザグの山道を走り、老人が集う町を抜け、暗い路地を進み、友達の履いていたズボンと同じ色の洗濯物を見てその家ではないかと訪ねて行く。
しかし、なかなか見つからずアハマッドは焦る。母からパンを買いに行くよう命じられていたから。
行きつ戻りつ彷徨うアハマッドに、老人クラブ?の仲間と日向ぼっこをしていた祖父に呼び止められる。
「タバコを持ってこい」
威厳的な祖父に気圧されタバコを探しに行くがなくて戻ってくる。意地悪ジジイめ!と腹が立つ。アハマッドの不安さがじわじわ伝わり、いつの間にか感情移入してしまう。
祖父のそばにいた大工職人の男の会話から友達の苗字が出てくる。もしかしてその男は友達の父なのか?アハマッドは馬に乗って去る男を追いかける。
しかし、男が道具を持ちに帰ったその家の息子は友達ではなかった。
落胆するアハマッドの小さな肩。だんだん辺りは暗くなり、貧しい村には街灯もない。
それでも諦めないアハマッド、二階の窓から顔を出した老人に道を聞き、親切なその老人に伴われて友達の家を探し出す。老人は途中疲れて水道で顔を洗ったり、道端の野花を摘んでアハマッドに渡したりと道草をするが、アハマッドは気が気ではなく、「おじいさん、少し急いでください」と丁寧に頼む。偉いよこの子。
そして、真っ暗な石畳の坂道を歩き、やっと友達の家にたどり着く。
「わしはここで待ってるからな。お前一人行っておいで」
映画の中で優しいのは、このじいさんだけ
だった。
アハマッドは夜遅く家に帰るのだけど、意外にも両親もジジイにも怒られていない様子。しかし、疲れ切ってうなだれている。
冷たい母も優しく何度もご飯をお食べと勧めている。
今回の事で、母が自分の態度を改めてくれたのならよいけどね。
残っていた宿題をするアハマッド。家の前まで行ったのに、実はノートは返していな
い。その理由は翌日の学校でのシーンでわかる。
友達の宿題を自分がやってあげる事が、アハマッド流友達への償いだった。
こんなにシンプルな話なのに、何故清々しいのだろう。友達のノートに挟んだ老人から貰った花の栞と点検した先生のサインで映画はジ・エンド。
粋な図らいと純粋な友情。シンプルな展開が心を温めてくれました。「はじめてのおつかい」的な感動ですね。