江戸川教育文化センター

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三年坂と三年峠ー3(朝鮮半島か京都清水寺か➁)

2021-03-22 | 随想
では韓国・朝鮮では、いつごろ伝説が登場するのか?
黒川さんの論文によれば、それは、「都名所車」からずっと時を隔てた1923年の「温突夜話(オンドル夜話)」という笑話集なのである。
編纂したのはなんと日本人。
朝鮮総督府の文官田島泰秀とのことなのである。
しかも、ここで登場するのは場所こそ「慶尚道に昔から伝わる話」となっているが「三年峠」ではなく「三年坂」として登場するのである。
この田島版「三年峠(坂)」以前に刊行された高橋享「朝鮮の物語集附俚諺」(1910年)や三輪環「伝説の朝鮮」(1918年)には、「三年坂」に類するエピソードを含む話は見当たらないとのことなのだ。

 もっと驚いたことに、この「三年坂」の話は、刊行から十年後の1933年に「三年峠(サンミョンコゲ)」となって、朝鮮総督府による普通学校朝鮮語読本第四(四年生用ということか)に収録されていたとのことなのだ。
第二次世界大戦の終結=植民地支配からの開放後も、韓国では20年間教科書に掲載され続けていた。
その後、一旦掲載が途切れるが1990年代には、絵本などで復活を遂げ、教科書にも掲載されるようになり、現在に至るらしい。
李さんに「三年峠」の話をしたおじいさんたちは、来日の前に学校でこの話を読んだのであろうか?


 さてさて、「三年峠」が広く読まれる理由のひとつは、三年峠で転んでしまい「あと三年の命か」と寝込んでしまったおじいさんに「トルトリ」なる若者が「いっぺん転ぶと三年生きるから、二度転べば六年、三度転べば九年。何度も転べばうんと長生きするはずだよ」という逆転の発想で知恵をさずけるところがユーモアにあふれているからではないだろうか。

「三年坂」の伝説ではどうなっているだろう。
 「都名所車」には、伝説の後に次のようなエピソードがある。

「七十ばかりの禅門転びしかバ、往来の人哀れびて言いしや三年のうちに死するてあらんといへば、此老人ニコと笑ひあすをも知らぬ命なるに先ず二年は心安しといへり」(70歳あまりの禅宗のお坊さんが坂で転んだ時道行く人が「かわいそうに、三年以内に死ぬなんて」と言ったら(坊さんは)明日をも知れぬ我が身がとりあえず二年は(生きる)から安心だと言って笑ったとさ。) 

 このエピソードでは、第三者の知恵ではなく本人が「伝説を笑う」話になっている。
では、転んだ本人ではなく第三者が「何度も転ぶと長生きする」というエピソードはどこが始まりなのだろう。
それが、田島版なのである。
ただし、若者ではなく、近所の医者として登場するのだ。
朝鮮総督府版になると知恵者のキャラクターが隣に住む少年になるが、老人に「何度も転べばいい」とアドバイスをするというところは引き継がれている。
さらに付け加えると、田島版には、物語の終末に「(三年峠で何度も転んだ後に)空中に声あり。心配するな、東方朔も此坂で千遍転げたんだ」と、空中から謎の声が聞こえて老人を安心させるエピドードがある。
(東方朔というのは、中国前漢武帝時代の政治家。後々仙人のような人物として伝えられる。日本の能にも東方朔という演目があるそうだ。)
このエピソードは、解放後版にまでは引き継がれるものの、李さんの朝鮮画報版以降には引き継がれず「ぬるでのかげから聞こえる面白い歌」に変わっていく。こうして見ると三年峠のルーツは、実は朝鮮半島ではなく、日本の京都の三年坂だと考えて良いのではないだろうか。
(この話は、あと一回続きます。お付き合いください。)


蛇足を一つ
 「三年坂で転んでも死なないため」にどうするかという「おまじない」として、「直ぐに「そこの土を舐める」というのがあるようだ。
これは、絶対者への帰依としてアジアに広く伝わる「五体投地」を模したものではないかと考えられる。
また「死なないためののお守り」として「ひょうたんを持つ」という言い伝えもあるらしい。
ひょうたんを持っていれば、体から抜け出そうとする魂をひょうたんが受け止めてくれるという。
そういえば三年坂にある「七味屋」という唐辛子屋には、小さな瓢箪に入った七味唐辛子を売っていた。
ひょっとすると伝説との関わりがあるのかもしれない。


-K.H-

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