私は、大川小学校の問題は、大川小学校だけの問題ではなく、うちの学校の問題でもあり、日本全国の学校の問題であり、社会全体の問題でもあるように思う。
佐藤さんは、学校は、子どもたちの命を守り輝かせるところだと言っていた。
学校は誰のためにあるのかという学校の存在意義が問われているように思う。
学校は、子どもたち中。心になければならないが、現実はそのようになっていない。
教員たちは、分断されていて意見を率直に言い合うことが難しいと感じる場面も多い。
「今まで通り」「他と同じ」「上部からの指示」という考え方が蔓延しているのが今の学校ではないだろうかとさえ思う。
東日本大震災による犠牲者と一言で言っても、そこにはそれぞれの生があった。
そして、それぞれの死に至る状況があったはずである。
51分間、子どもたちは、どんな思いで校庭にいたか。
どんな話し合いがされたのか、されなかったのか、何があったのか事実を知りたいと強く思う。
子どもたちはなぜ死ななければならなかったのか、子どもたちは何のために生まれてきたのか、子どもたちの死を無駄にしないために自分にきることは何か。
私たちも佐藤さんたちと共に考えなければならない。
なぜ裏山に逃げなかったのか。
一人ひとりの教員たちは、何を考えていたのか。
仕方がなかったですませてはならない。
とことん話し合って議論して次同じことが起きないようにするにはどうすればよいかという教訓を共有化すべきだと思う。
大川小学校の問題に対する学校側、教育委員会や検証委員会の対応をみていると、とても子どもの命と向き合っているとは思えない。
命の他に守るべきものがあって、そのために事実を隠蔽しているとしか思えない。
ありのままの情報をすべて出して、ご遺族と真摯に向き合い、同じことを起こさないためにどうするか話し合って考えるのが、当然のことだと思う。
生き残った教員も、出てきて本当のことを話せる時がくるとよい。
消えることのないつらい思いを抱えながら、生き残った大川小学校の子どもたちや被災地の子どもたちが、強い思いをもって語り始めていることは、希望である。生き残った子どもたちは、二度と同じようなことを繰り返さないため、未来の命を守るために、声を上げ、行動している。
この子どもたちを支える大人たちもいる。
こういう子どもたち、大人たち、住民たちの思いを東京にいる私たちもしっかりと受け止めたい。
(つづく)
<おいしかったさんま>
佐藤さんは、学校は、子どもたちの命を守り輝かせるところだと言っていた。
学校は誰のためにあるのかという学校の存在意義が問われているように思う。
学校は、子どもたち中。心になければならないが、現実はそのようになっていない。
教員たちは、分断されていて意見を率直に言い合うことが難しいと感じる場面も多い。
「今まで通り」「他と同じ」「上部からの指示」という考え方が蔓延しているのが今の学校ではないだろうかとさえ思う。
東日本大震災による犠牲者と一言で言っても、そこにはそれぞれの生があった。
そして、それぞれの死に至る状況があったはずである。
51分間、子どもたちは、どんな思いで校庭にいたか。
どんな話し合いがされたのか、されなかったのか、何があったのか事実を知りたいと強く思う。
子どもたちはなぜ死ななければならなかったのか、子どもたちは何のために生まれてきたのか、子どもたちの死を無駄にしないために自分にきることは何か。
私たちも佐藤さんたちと共に考えなければならない。
なぜ裏山に逃げなかったのか。
一人ひとりの教員たちは、何を考えていたのか。
仕方がなかったですませてはならない。
とことん話し合って議論して次同じことが起きないようにするにはどうすればよいかという教訓を共有化すべきだと思う。
大川小学校の問題に対する学校側、教育委員会や検証委員会の対応をみていると、とても子どもの命と向き合っているとは思えない。
命の他に守るべきものがあって、そのために事実を隠蔽しているとしか思えない。
ありのままの情報をすべて出して、ご遺族と真摯に向き合い、同じことを起こさないためにどうするか話し合って考えるのが、当然のことだと思う。
生き残った教員も、出てきて本当のことを話せる時がくるとよい。
消えることのないつらい思いを抱えながら、生き残った大川小学校の子どもたちや被災地の子どもたちが、強い思いをもって語り始めていることは、希望である。生き残った子どもたちは、二度と同じようなことを繰り返さないため、未来の命を守るために、声を上げ、行動している。
この子どもたちを支える大人たちもいる。
こういう子どもたち、大人たち、住民たちの思いを東京にいる私たちもしっかりと受け止めたい。
(つづく)
<おいしかったさんま>