江戸川教育文化センター

「教育」を中心に社会・政治・文化等の問題を研究実践するとともに、センター内外の人々と広く自由に交流するひろば

「日本の里100選」 結縁寺を散歩する

2022-07-25 | 随想
結縁寺(けちえんじ)は、「日本の里100選」に選ばれている。
これは公益財団法人森林文化協会創立30周年記念と朝日新聞社創立130周年の記念事業の一環として、平成21年(2009)に全国4474件の中から「人の営みが育んだすこやかで美しい里」を100か所選ばれたうちの一つだ。

住宅地の高台から降りると小さな森があり、その下に畑や谷津田が広がっている。
まさに懐かしい田舎風景だ。
道沿いに歩いて自宅から10分ほどの近くに結縁寺はある。






ここに住んだのは1990(H2)年。
翌春に結縁寺周辺を散歩していたら、そばにある弁天池にオタマジャクシが幾つもの真っ黒な塊になって泳いでいた。
さながらスイミーを連想させたが、驚いたのは蛇のヤマガカシが鎌首を持ち上げてオタマジャクシの塊に首を突っ込み飲み込んでいる姿だった。
とても衝撃的だったが食物連鎖=弱肉強食そのままを見た。

池にはヨシやガマなど生息して、水も透明感があり水生昆虫が多く生息しているようだった。
秋には幾種類ものトンボが舞い巨大なオニヤンマが卵を産むのも見た。


 さて、結縁寺は神亀年間(724~29)に、この地を訪れた行基が「天晴れる時井戸の中に白蓮が現れた」のを見て、仏法がこの地に到達した霊地として一宇(棟)を建立し「晴天山」と号したのが始まり。

天慶年間(938~946)に真言宗の僧が入り、春秋2度の結縁潅頂(けつえんかんじょう)を行ったことから「晴天山結縁寺」と称することになった。

「結縁」とは在家の衆生が仏縁を結ぶこと、「潅頂」とは高僧によって結縁の儀式を行うことを云う。


結縁寺と道を挟んだ側の鳥居の階段を上ると、享保9年(1724)建立の熊野神社がある。
周辺には源頼政の首を埋めた「頼政塚」もある。
その首を運んできた馬を弔った「名馬塚」や、数基の馬頭観音の石塔は道標も兼ねている。
(里山保存会ガイドブック 結縁寺より)





 この季節は「大賀蓮」と白とピンクの「水連」、黄色い可憐な花の「アサザ」が鑑賞できる。
四つある小さな池をこの水生植物たちが覆いつくして圧巻である。
蓮池は見事なので早朝の涼しいうちから散策する人が絶えないと云う。
蓮の葉の真ん中に溜まっている水滴がきれいだ。






葉が半分白くなる「半夏生」も見ることが出来る。
秋には彼岸花やコスモスが咲き乱れ、写真家の絶景スポットとなっている。
雪を被った結縁寺もまた美しい。


「結縁寺里山保存会」は里山を中心に結縁寺地区に残る豊かな自然を保全し、地域の歴史や文化を広く発信したいと2018年に結成された。
境内の日々の清掃や定期的な門前の池の清掃など、ボランティア精神溢れる会員や会長の下で、地元小学校や幼稚園、地域の人々に呼び掛けて様々な行事を計画し実行している。

田植え体験やサツマイモ堀り、コスモス種植えとか竹灯籠作り、案山子祭りなど多彩な活動を行っている。
昨年は1987年から印西市に在住している人類学者ケビン・ショート氏を招き、「秋の結縁寺の魅力を探る」と題し、子どもと自然散策の思い出作りと結縁寺界隈のスピリチュアル文化を学んだ。
合わせてドローンの操作も体験させてくれた。

私は昨年からこの保存会の会員になって少しながら手伝っている。  



<デラシネ>

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