本多錦吉郎 『羽衣天女』
上皇后陛下がいらっしゃるという知らせを受けられた妃殿下とその場にいらっしゃる若宮様、そして、唐糸と松波達は思わず凍り付く・・・・・・というほど大袈裟では、ありませんでしたが、しかしこれから、厄介な事になるだろうと、思いました。
近頃は、すっかりお年を召されて、お気が短くお成りのうえ、姫宮様方の事などで、色々と思し召し通りにならないことが多くいらっしゃり、上皇后様は
池田輝方 『ぎやまんの酒』
「わたくしの・・・・この六十余年は、一体なんだったのかしらね・・・・・」
参考画像・伊東深水画
・・・・・・上皇后様の60余年・・・・・
春
夏
秋
冬
高畠華宵の代表作 『移りゆく姿』
高畠華宵の代表作 『移りゆく姿』
小林永濯・渡辺省亭 『美人老婆之図』
『移り過ぎし昔を思ふお姿』
「わたくしのこの60年は・・・・・」と繰り返しおっしゃり、その事が『お悲しみ』ということで、引き込もっていらっしゃるのでした。
菱田春草 『水鏡』
(天女が自分の老いた姿を水面から見る姿です。天人も老いからは逃れられないという意味です)
その上何事も愚痴が多くなり、皇嗣妃殿下を度々、院の御所にお呼びになられて、その愚痴のお相手をさせていらっしゃるのです。
妃殿下のお年による感情の波風は、一の姫宮様のご結婚問題ばかりでなく、上皇后陛下の『お話相手』を務める事によるストレスもたぶんにあるのです。
川瀬巴水 『芝弁天池』
院の女一の宮様もご一緒にお相手になられていらっしゃるのですが、伊勢でのお務めもありますし、内親王として複位なさってからは、呆れ返るほどに、あい変わらず、『体調の波風』にさらされていらっしゃる、皇后陛下の・・・・・
鏑木清方 『妖魚』
・・・・・・御代理をなさる事が多く、またお上と御一緒に地方へお出ましになられる事もあるのです。
お上、御一人だとやはり御身辺の諸事が行き届かない事が多く、皇后陛下がいらっしゃられない御一人様ですとやはり、恐れながらお上が、御寂しくレセプションや御一人様で御食事等なさるのが、あまりにも御気の毒という理由でした。
上皇后陛下からご覧になれば、皇后陛下に対して、もう何を期待するわけでもありませんが、先の御代とは、大きく変わる皇室の有り様の原因となっている・・・・・
祇園井特(ぎおん・いとく)筆
皇后様の画像として度々ご登場されましたが、れっきとした『美人画』です。
「お義母様は、美人画の巨匠『伊東深水』に、ご自分の絵姿を描いてもらったけど、私なんて、しがない下流庶民のブログ主が、良く分からない謎の絵師が描いた『美人画』を私の顔として、使用しているのよ!何が、『いったい何だったのかしら・・・・』ですって?!贅沢よ!!」
祇園井特筆
「まぁ色々あったけど、私は、良いところにお嫁に来て、今は本当に幸せよ(*´∀`*)」 by皇后陛下
祇園井特筆
「まっ結果良ければ、全て良しってことよね🎵」by皇后陛下
・・・・・・そんな皇后陛下に対して、それでもやはり、相当腹に据えかねていらっしゃるのです。
木谷(吉岡)千種 『芳澤あやめ』(上方の女役者です)
しかしご自分では直接、皇后陛下に何も文句をおっしゃられずに、常に、ご慈愛のお心で持って・・・・『何時も温かくお見守りに』なられているのでした。
「アーーハハハハハ・・・・どうでもいい人で居たいようね🎵」
しかしその皇后陛下への溜まったストレスを、皇嗣妃殿下にぶつけるのですら、妃殿下があまりにお可哀想でいらっしゃると、皆が思っているのでした。
しかし皇嗣妃殿下の、お心の奥底は『押して知るべし』というお気持ちでいらっしゃるかも知れませんが、
そのような有り様の上皇后陛下のお相手も何時も『笑顔』で持ち前の忍耐力と、ド根性で務めていらっしゃるのです。
忍耐と・・・・・・
ド根性で・・・・・・
笑顔でご対応を・・・・・・
お側の近くにいる皇嗣妃殿下の喜怒哀楽を良く知る奥向きの侍女達は他のご用も多くあるなかで、良くぞお耐えになられていると思っていても、もう・・・・・ニの姫宮様が言われる同様に、近いうちに『限界になり壊れて』しまうのでは・・・・・と危惧しておりました。
菱田春草 『伏姫』
近年は一の姫宮様のご結婚問題に端を発しての酷い批判、そして、ご結婚・・・・・今年は、女一の宮殿下の内親王の順位の問題、それは女一の宮殿下のご負担等をお考えられまして、
ニの姫宮様を内親王の筆頭にと強く主張されたのですが、世間では、『出すぎている』『皇嗣妃になってますますいい気になっている』等のバッシングが一段と、激しくなったのでした。
甲斐荘楠音(かいのしょう・ただおと)『春宵(花びら)』
妃殿下もそういう世間のバッシングは承知していらっしゃいましたが、それは良く事情を知らないからと、耐える事は出来るのですが、しかし、この30年以上真心を込めてお支えして、何事も『お手本』となさっておられた上皇后陛下が、世間に同調するがの如く妃殿下を批判されるのは、さすがの妃殿下も心が折れるお気持ちなのです。
その頃、上皇后陛下が『鬼の様な形相』で・・・・・・
岡本神草(おかもとしんそう)『仮面を持てる女』
朝の御用地の道を人力車を走らせて、皇嗣殿下の私邸に向かわれる最中
同じ御用地内でジョギングをなさっていた二の姫宮様の後ろから、護衛官が、二の姫宮様を追いかけて来ました。
菱田春草 『柿に猫』
体育系の護衛官ですので、二の姫宮様に直ぐに追い付きまして、
「妃殿下からです。上皇后様がこちらにお成りになられますので、直ぐに私邸にお戻りに成られます様にとの、お伝言で御座います」
「・・・・・分かりました」
二の姫宮様は、冷静にお答えになられました。こんなに早く、しかも誰も朝食も食べていないうちに来られるのは、予想外でしたが、しかしこうなるだろうとは、予測されていました。
木村武山 『竜田姫』
(おばば様にも困ったものだわ。まだおたた様にきちんとご説明しないうちに・・・・・来るなら来るならで、せめて朝食を食べてからにして頂きたいものだわ)
腹立たしくそう思われましたが、
(とにもかくにも速く戻らなければ・・・・・おたた様が、お辛い思いをされるわ)
「戻りましょう」
そうおっしゃられた二の姫宮様は、大急ぎで私邸に戻られたのでした。
奥向きを取り仕切る老女の花吹雪は、昨日から皇嗣邸に泊まり込んで、朝早くから、表の御殿の皇嗣殿下のお誕生日の支度の準備等や点検等をしていました。
幸野楳嶺(こうのばいれい)『今様官女図』
皇嗣殿下のお誕生日です。例え皇室の財政が厳しい最中でも、お花やお飾りになる調度品に不備はないかをきちんと確認しておりました。
菊池契月 『菊』
その時、自身の持つスマホがなるのに気付きました。
薄型のスマホを袖から取り出すと、現代は皇嗣家御用掛である先の老女である、唐糸が取り乱した声で、
「花吹雪さん、直ぐこちらに来て、上皇后様がこなた(こちら・御所言葉)に、ならしゃれます。えらいことになる」
「分かったわ。急いでそちらに参ります」
そう言いますと花吹雪は、
(こんなにお目出度い日の早朝に、なんて迷惑な事をなさるお方だろう。とんでもなく自己主義だわ。昔も今も)
花吹雪は、皇嗣殿下のご発言は既に知っておりましたので、上皇后陛下の行動には驚きはしませんでしたが、しかし早朝からの『お振舞い』には心底腹が立ちました。花吹雪は、宮家の血筋にも当たる、旧華族出身ですので、上皇后陛下の昔からのアレコレの出来事の事情をよーく通じているのです。
上皇后陛下がこちらに向かわれていると言う連絡を受けた妃殿下と若宮殿下は、上皇后陛下をお出迎えするために私邸の玄関に向かられていました。
吉川観方(よしかわ・かんぽう)『入相告ぐる頃』の一部分です。
妃殿下は、湯上がりの浴衣に縮緬小紋の羽織姿でいらっしゃいます。そして、若宮殿下は、学校指定のジャージ姿という上皇后陛下をお迎えするには、余りの軽装なのですが、お召し変えするいとまもありません。
とりあえず、二の姫宮様と花吹雪に連絡を取られて、又侍女の一人の松波は、二階にいらっしゃる皇嗣殿下に知らせる為に、大急ぎで階段を、上がってゆきました。
お二人の後ろに続く華やかな色彩の市松模様のお召を着ている唐糸は、軽装のお姿の妃殿下と、若宮殿下の後ろ姿を見て、お痛わしいと思って涙ぐんでいました。せめて自分の着ているお召を妃殿下と取り替えたいとさえ思っていました。
(上皇后様はきっと朝から、きちんとした身なりでしょうね。皇嗣殿下のお誕生日ですものね。その装いに誰も文句は言わないでしょう・・・・お年を召されてお気が短くお成りとはゆえ、こんな朝早くからの余りの心無いお振舞いを・・・・・・)
3人が『御写真の間』を通られる時、皇嗣妃殿下は、ふと立ち止まられまして、若宮様に振り替えられて、
「宮、あなたは『御写真の間』に居て下さい。唐糸さんもです。わたくし一人が、上皇后様をお出迎えします」
妃殿下のその言葉に若宮殿下も長年側に仕える唐糸もビックリしまして
「何で?!俺もおばば様をお出迎えするよ。そうじゃなきゃ、おたた様はおばば様に、色々と文句を言われるだろ、おたた様は知らなかったんだから、俺からおばば様にご説明する。俺が側に居れば、おばば様も朝からおたた様に強くは、おっしゃれないだろ」
「君様、お一人で何てとんでもないことで、御座います!お詫びすると思われていらっしゃるなら、わたくしもご一緒にお詫び申し上げます。引退したとはゆえ、毎日、御殿に上がらせて頂いておりますもの。わたくしも責任の一端は、御座います」
若宮様も、妃殿下の側近を長年勤め上げて引退した現代も、ボランティアの様に日々御殿に上がり、皇嗣家の奥向きを支えてくれている唐糸も母宮様、妃殿下を心底思う言葉をいうのです。
妃殿下は、二人の姿をじっとご覧になられまして、自分の様な庶民育ちが・・・・・宮家、それも筆頭宮家に上がって30年以上の年月が流れたその果てに、今こうして、自分を心配して思ってくれている、いずれは『雲の上にお上がりになられる』愛息の若宮様。
そして、右も左も分からない若き日から今日まで、支えてくれている唐糸。
小西長広 『踊妓』
この二人の言葉を聞くことが出来て、それだけでも良かったのではないかと、思われるのでした。
高畠華宵 『さわやか』
自分は、十分過ぎる程、幸せな人間なのだと思われまして、
「若宮は、誰から上皇后様が、たた(おたた様の略)に対して、嫌なお言葉を言われてると、お聞きになられたか分かりませんが、でも今日は上皇后様はお叱りにならしゃれても致し方無いことです。たたも、その事できちんと正直にご説明しますから、それまで唐糸さんと御写真の間に・・・・」
その時でした、
上村松園 『上臈の図』
「君様!恐れながら・・・・・わたくしも若宮様は、御写真の間にいらっしゃる方が良いと思います。その方が、上皇后様も言いたい事は、おっしゃられるでしょう。その方が宜しゅう御座います。しかしお年を召されたお方の愚痴と嫌味など、若宮様がお聞きになられても何の『お徳』にもなりません」
妃殿下のお言葉を遮る様に現役の老女の花吹雪が廊下のむこうからそういいながら来ました。64歳という年齢で駆け足で来たとは思えない程に、声に張りが有りました。
花吹雪は、濃い紺地に琳派の浜松に波の友禅の訪問着に菊菱の袋帯を締めていました。花吹雪が着ている訪問着は、亡き香淳皇后のお形見なのでした。
菊池契月 『北政所』
香淳皇后のお形見の訪問着・・・・・・香淳皇后がお召しになられた当時は、もっと地色は、薄かったのですが、現代は、地色を濃い紺色に染め変えているのです。そのお形見を身にまとった花吹雪の姿と言葉を妃殿下は、聞きまして、
「花吹雪さん、表からこんなに早く来るなんて、無理をさせてしまいましたね。でも間に合って良かったわ。若宮、あなたは、花吹雪さんと『御写真の間』に、上皇后様のお気が静まるまで、其方に居てください。お気が立っていらっしゃる上皇后様のお姿を、宮が見られても確かに何の『お徳』には、なりませんからね」
そのお言葉を聞いて花吹雪は、
「若宮様のお側でしたら、唐糸さんの方が宜しゅう御座います。わたくしは、君様のお側に控え恐れながら、君様がお困りの時には、ご加勢致します」
花吹雪は、本気で上皇后様と対峙するつもりでした。
(あのお方は一体何時まで、自分の夢の世界に生き続けるつもりか・・・何時まで、『お可愛そうな・お気の毒な自分』に酔っているのか・・・・・・全くあきれ果ててものも言えない。まだ頭がしっかりなさっていらっしゃるなら、これからの新しき御代を生きる、方々・・・・・ことに若宮様のこれからご教育に協力でもなされば、いいのに・・・・・お歌はお上手でいらっしゃるのだから、未だに世間体を気にされて・・・・ロクな方じゃない)
皇嗣妃殿下は、花吹雪の気性も上皇后陛下が嫌いなこともご存知でしたので、だいだい花吹雪が今、何を考えているのかお見通しでした。
「だからですよ。花吹雪さんは気性が強いから(笑い)朝、早くから上皇后様と大喧嘩でもしたら、大変だわ。今日はお目出度い日ですよ」
「それとわたくし達皆は、朝のおばん(ご飯・御所言葉)も頂いていないのですよ・・・・・・」
そうおっしゃられると妃殿下は若宮様をご覧になられてそして、
「花吹雪さん、(上皇后様の)お気が鎮まるまで、若宮のお側にいてほしいの。お願い頼みます」
妃殿下のお言葉を聞いて、花吹雪は納得しました。そして黙って頭を下げました。
上皇后様は何を言い出すか、若宮様に聞かせたくもないことも、仰られるのではないかとこれが一番妃殿下が、危惧している事でしたが・・・・・しかし何れは・・・・とも思ってもいらっしゃるのです。そして唐糸に、
「唐糸さんは嫌でしょうけど、やはりわたくしの側に居て下さい。いやしくも皇嗣妃が、老女を控えさせずにお出迎えでは、やはり格好がつかないから、ごめんなさいね」
それを聞いて唐糸は、
「それでこそ皇嗣妃殿下で、御座います。唐糸はどこでもお側に控えさせて頂きます」
妃殿下は若宮様にしばらく、『御写真の間』に花吹雪さんと居なさいねと仰いまして、唐糸を従え玄関まで行かれました。
その時、妃殿下は・・・・・二の姫宮様は間に合うだろうかと、心配でした。頭の回転の早い娘(こ)だから、上皇后様と鉢合わせという事態にはならないでしょうが、でも出来るなら、お越しになられる前に、こちらに来て欲しいと思われていました。二の姫宮様相当なご気性でいらっしゃいますので・・・・・・・。
妃殿下が私邸の玄関へゆかれる時、花吹雪が、さぁ『御写真の間』に・・・と促された若宮様は母宮様に、
「おたた様は何だかんだと言っても、結局は・・・・」
「おばば様の事が、お好きなんだね。それもかなり。だから何をどう言われても、へーきなんだ。そうなんだよ」
それを聞かれた、妃殿下は静かに微笑まれまして・・・・・
「そうですね・・・・、宮の言う通りですよ」
若宮殿下のおっしゃる言葉は、もう幾度もご夫君でいらっしゃる皇嗣殿下にも言われて、姫宮殿下方からも言われた言葉なのでした。
若宮様と花吹雪が『御写真の間』に向かうとき、ジャージ姿の二の姫宮が歩いてこられたので、
「小姉様?何でこんな所から?ダシュ来てきたの」
小早川清 『髪すき』
若宮様がビックリしたお声でおっしゃいました。二の姫宮様は、お居間と和室側の廊下、表等にも続く廊下から歩いてこられたのうです。
「表玄関から、入って来ちゃたの?いくら何でも後で怒られるよ」
「国賓並みのお客様が出入りされる所から入って来るなんて、出来るわけないでしょう。奥の職員部屋から上がりこんできたのよ。おたた様はもう玄関に?」
そうおっしゃられて二の姫宮様は、花吹雪をご覧になられました。
「はい。唐糸さんがお側に。わたくしは、こちらで宮様方をお守りするようにと。さっ、姫宮様も、若宮様とご一緒にこちらに・・・・」
「ええ。わたしもおたた様とご一緒に、ご挨拶しておばば様にご説明したいけど、こんな姿じゃね。その事で文句をおっしゃられても、叶わないし」
そう言わんながら、二の姫宮様は、走って乱れた髪を直されるのでした。
『御写真の間』にお二人が入られると、出入りの口のから真っ直ぐに廊下が続いて、玄関の場所が丸見えですので、花吹雪は、お二人の姿が上皇后様に見えない様に几帳を立ててお目にかかれない様にしたのでした。
其の21に続きます。
木村武山 『羽衣』