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シロガネの草子

平成18年(2006)の新年一般参賀。原因はこの、黒柱だった!!


 平成18年(2006)は、悠仁親王殿下が、御生まれになられた大変目出度い年となりました。シロガネ、前に新年一般参賀は、毎年録画していると、えらそーに書きましたが、申し訳ありません、必ずしも毎年では、ありませんでした。てっきり毎年とばかり思っていましたがよく調べたらちょいちょい録画をするのを忘れた年もありました。本当に、 お恥ずかしい限りです。

 若宮殿下が、御生まれになられたこの年の一般参賀は、ちゃんと録画してあり、BSハイビジョンの方で録画してありました。DVDでの映像ですので少々画像は良くはありません。
 
全部では、ありませんがその一部を、ご紹介します。

アナウンサー
 「初春を迎えた皇居です。これから恒例の、新年一般参賀が、始まります」


アナウンサー
 「先程、9時半に皇居正門が開きました。皇居長和殿に面したここ、東庭には、およそ1万3000人が、参賀に訪れています」


アナウンサー
 「今日の東京は、曇り空です。先程は、みぞれも少し落ちました。気温は4度。寒い朝です」

小見誠広アナウンサー
 「明けましておめでとうございます。えー平成18年の新年一般参賀の模様をここ皇居宮殿前から中継でお伝えします。えー社会部の佐々木記者と共にお伝えしてゆきます。佐々木さん、今年はー、どのような方々が御出ましになられますか」


佐々木記者
 「はい、天皇皇后両陛下、皇太子御夫妻、秋篠宮御夫妻、常陸宮御夫妻、三笠宮御夫妻、それに高円宮妃の久子様の合わせて11人の方々が御出ましになられます。皇太子妃の雅子様は、体調に配慮して、午前中の3回のみ、御出ましになられます▪▪▪▪▪」


小見誠広アナウンサー
 「今、天皇皇后両陛下と、皇族方が御出ましになられました」





 この頃は、足の具合が御宜しかった常陸宮殿下、華子妃殿下よりも先に進まれています。華子妃殿下は、久子妃殿下とお話合いなさりながら、歩まれていらっしゃる御様子です。宮様はそれを御覧になられて笑顔で早くこちらへと促していらっしゃるようです。微笑ましい場面です。

ここからが問題の場面です。































 連続の画像ですが、これを見てお分かりのように、紀子妃殿下の後ろに黒い柱があり、妃殿下が、御自分の位置に御立ちになられておりましたので、百合子妃殿下は、柱と紀子妃殿下の狭い間を、すり抜けるように通らなければならない事態になってしまいました。

 妃殿下も御覧の通りその事態に相当、気になさっている御様子。ベランダの幅が、どれくらいの広さか、分かりませんが、当時はそう広くはなかったようです。丁度、紀子妃殿下の立ち位置に、黒い柱があり、そのまま、御立ちにられたら、後に続く高齢におなりの三笠宮両殿下、特に数年前、大腿骨を骨折以来、登り下りが御不自由になられた百合子妃殿下が、大変な思いをされます。


 紀子妃殿下のこの表情が、全てを物語っています。自分が、すぐ宮様の後ろに下がっていたら、百合子妃殿下は、通りやすく不自由な思いをさせなかったのにと▪▪▪▪いう思いをなさっているのかもしれません。ちなみにこの時、妃殿下は、若宮殿下を身籠られておられます。そして、その数年後▪▪▪▪▪。


 例の出来事が、あった平成22年の新年一般参賀です。この年は、成年を、御迎えになられた女王殿下方も、お出ましで、ますますあの黒い柱が、邪魔になり、妃殿下が、御自分の位置にお立ちのままでは、絶対に後に続く方々が前に進む事ができません。それで宮様の後ろに下がり、後に続く方々に通りやすくなさっていらっしゃるのです。

 ヘカテーさんが主張するように皇室に御上がりになられて20年たつのに自分の立ち位置も、分からないおバカな方ではありません(笑い)御気を配っていらっしゃるのです。

 最後、平成18年の新年一般参賀の時妃殿下が、御召しになられた、ローブ▪モンタントは▪▪▪▪▪

この写真は、週刊女性、永久愛蔵版

「皇太子殿下 初恋を実らせて荘厳挙式、たおやかに雅子妃ご誕生」に掲載されています。いつ御召しになられたかは、分かりませんが、両陛下の御成婚は、平成5年(1993)ですから、その以前なのは、確実だと思います。平成5年から数えると13年後に御召しになられました。そして相変わらず、御美しくいらっしゃる。そして、その13年後の現在も御変わりありませんが。




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