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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 其の十 ~愛だけも金だけでも~


栗原玉葉 『聴鶯図』

『我が身をたどる姫宮』もいつの間にか三つの話が公開停止となっていましたので手直しをして公開します。でも又どうなりますやら・・・・。

涙を流す夫人も大宮様もしばらく押し黙ったままでしたが、静まった洋間の外から鶯の鳴き声が聞こえてきました。夫人は可愛らしい鶯の鳴き声を聞くと、ふと、弟の若竹の宮が鶯に姿を変えて様子を見に来たのではないかと、物語めいた事を思いました。


高畠華宵 『若竹』

(若竹には可愛そうな事をしてしまった・・・・私たち大人達にどれ程心をかき乱されたことか)


山本タカト 『天守物語』


弟宮の気持ちを思うと胸が痛むのです。しかしその鶯の鳴き声を聞く度に、もう夫の居る所へは戻らないと、強く決心するのです。

それは現在三十路を過ぎたという一つの山を超えた事と、御用地の美しい自然に囲まれた落ち着いた環境に、居る為でした。

或意味、本当の人生を歩まなければならないという強い気持ちと、そして目の前にいらっやる年老いた祖母宮の為でもあります。

色々と問題を起こされた祖母宮なのですが、初孫ということもあって幼い頃から目の中に痛くないほど可愛がられてきたのです。人は大宮様を悪く言っているのは、夫人も承知しています。それでもかけがえのない祖母なのです。

・・・・あの時若い欲望のまま突き進んで行った事は、今思い返しても、取り返しのつかない過ちであったと。そしてそれを納める為、又さざ波が起こる事も分かっていました。


門井掬水《貝合わせ》





『想い出の九十九里』

別れたあの夏を 忘れられないの

出逢った瞬間(そのとき)に この胸がふるえたの

ずいぶんな趣味(このみ)ネって 人は云うけれど

これでも私には 高望みの方だわ

ああ 九十九里浜

夕陽が泣いている

君だけに愛を と 花の首飾り

好きさ好きさ好きさ ああ 神様お願い

あの頃ふたりとも 小麦色していた

薔薇色の雲ゆきが あやしく 色あせたの

突然現れた 長い黒髪の少女

貴方(あなた)の視線が どこかを見ていた私

ああ 九十九里浜 

今は遠い渚

真冬の帰り道 落葉の物語

いつまでも いつまでも あの時君は若かった

想い出の九十九里浜


松岡映丘


(おばば様は何よりも世間体と自分の評判を一番に重んじられるお方様だから、葛(かつら)との結婚生活を維持して欲しいと思ってらっしゃるでしょうけど)

流石に孫娘だけに大宮様の胸の内は良く理解しておりました。大宮様のそのご性分はそのまま変わることはないでしょう。それ故に、夫人は自分の思いを正直に言わなければ、なりませんでした。

「おばば様、わたくしは夫を愛しておりますわ。その気持ちは今も昔も変わりません」

白雪夫人は涙を拭いて、そうハッキリと言いました。それを聞いて、大宮様はホッとされて

「まぁそれなら・・・・結婚をしても様々悩みはあるものよ。白菊ちゃんは今、その状態なのよ。あれだけ望んだ事じゃないの。長い間、お互いに思いやって、あんなに世間が色々と騒いでも、それでも一緒になったのでしょう」


そう仰る、大宮様に夫人は

「おばば様の仰る通りですが、もし夫が、真に恐れながら聖上や院のように心から、妻を愛し、妻の意思を尊重出来る様な人であったら、わたくしは、どんな苦労もいといません。」

「でも・・・・夫の方は・・・・わたくしを愛してはおりません。私の意見等子供のような感じだったでしょう。それでもわたくしの意見を尊重するのは、皇族であるわたくし故に自分の人生を進む為に、必要だったのです。おばば様・・・・夫は・・・・あの人が一番愛しているのは自分自身だけなのです」

夫人の言葉はあの当時から多くの人達が感じていた事でした。


加藤まさを・挿絵

葛氏の行動からみて、本当に妻を・・・・それ以前に恋人を愛しているか、守るつもりがあるのか疑問に思ったものでした。


しかし夫人は認めたくない事実を受け入れていました。

「あの人はわたくしと結婚し世の中に出ただけで、もう十分満足なのですよ」

大宮様はそれを聞いてやや苦笑いされて

「まぁ!ホホホ・・・・気に過ぎでなくって?そう思い込んでいるだけなのよ」

夫人はそのお言葉に対して

「いいえ・・・・その事実にわたくしは目を背け続けておりました。でも心の奥底であの人は私を愛しているのだろうか?私を思ってくれているのだろうかと思っておりました。でも周囲から反対されると反対されるだけ、頑固になってその思いに蓋をしたのです」

結婚するにはまず互いの雨露しのげる家がありそして、生きてゆく為の土台があって初めて、夫婦生活が可能となるのです。いくら憲法に、結婚は互いの同意を得て成立すると書かれて居ても、生活してゆく為の土台が必要です。しかし憲法は婚姻の自由を認めてもそんなものまで、用意してはくれません。


小西長廣 『太夫之図』


「あの時、わたくしの思いを遂げる為にした事は他の人から見たら、さぞ卑怯なやり方だろうと思われてたでしょう。自分達を応援してくれる人達に依存する未熟のただの甘ったれでした。自分達に都合の良い憲法の婚姻の自由ばかり重んじて、そこにある責任というものを、もっと深く考えなければなりませんでした」


栗原玉葉表紙絵

「そして何よりも国民の方々の声に耳を傾けるべきてした。自分に都合の良い言葉を聞いて、判断するのでなく、結婚の事も内親王として相応しい、結婚とはどうゆうべきであったか、良く考えて自分自身で判断するべきでした。ただ単に、立派に公務をするだけが、内親王ではなかったと」

「今、こうして皇族の地位を下りて強く思うのです。おばば様、わたくしは今でも皇族なのですよ」

法的に皇族でなくっても、この国で皇室が続く限り、自分は皇族なのだと、皇室をお支えする柱の一つなのだと、夫人は思うのです。そして夫人が選んだ夫は皇室に相応しい人物かと思えば、根無葛城(ねなし・かつら)氏は合わない人物といえるでしょう。


甲斐庄楠音 『桂川へ』


それを思うと夫人はとても悲しく辛く、受け止める自分に鞭打つ思いなのです。

(私は生まれ育った環境とは合わない人を好きになった。合わないゆえ、余計に執着してあれだけ結婚に拘っていたのだろう)

思い詰めた表情の孫娘に大宮様は心を施そうと、

「わたくしはね、白菊ちゃんは可愛いし、白菊ちゃんが辛い思いをしているのなら、その辛さを取り除いてあげたいの。その気持ちに嘘はないわ」


「白菊ちゃんが皇族の身分を離れても、皇族としての自覚を持ち続けて居ると聞いて、とても嬉しいわ。だからね、分かるでしょう。あれだけ大騒ぎして一年かそこらで、別れるというと言う事になったら、世間は又又大騒ぎよ。そうなったら白菊ちゃんはやっと体調が良くなって来ているのに、心労で又具合が悪くなってしまったら・・・・・」

「ばばはね、それを一番心配しているのよ」

世界で一番貴女を案じているのは、わたくしなのよと言うような祖母宮のお言葉に白菊夫人は微笑んで

「おばば様、わたくしがここに居るだけで、世間は喧しく騒いでおります。静かな暮らしをさせて頂いても、風の噂は届いておりますの」

そう言うと、祖母宮の心のこもったスープを飲み干してしまいました。謎のスープですが、確かに身体の奥から力が涌いてくるのを感じるのでした。夫人はじっと見つめる大宮様に

「おばば様、わたくしと葛(かつら)が別れる事になっても、多くの方々はそれを当然と受け止めて下さいます。“愛„だけでは結婚は維持出来ない事はみんな分かっておりますわ」


菊池契月 『朱唇』

そう言うと、白菊夫人はホッとしたようなさっぱりしたような気持ちになりました。


(おもう様は、皇族の結婚は多くの国民が喜んで貰えるようにしなければならないと言われていた。この結婚は私一人が一番喜んだだけの結婚だった。民間人ならそれで良かったでしょうが、仮にも皇族という立場ではあれは間違いだった)

大宮様は、晴れ晴れとした表情の孫娘を唖然とした思いで見つめていました。これから又どんな騒ぎが待ち構えて居るか、身震いする思いでした。


岡本神草 『仮面をもてる女』

大宮様は夫人からもうハッキリと、別れるという言葉が出ていましたので、離婚の二文字は頭の中に出ておりました。しかし元内親王の離婚の前例はありません。その時は・・・・院がご譲位されたときと同じ、特別措置法を用意するしかないのです。

(あぁ何という事!又厄介な嵐が来てしまうわ!)

と、思われました。

「ねえ白菊ちゃん、まだ結婚して間もないわ、もし白菊ちゃんが、思う通りの事をしたら・・・・事は白菊ちゃん一人がだけの問題ではないのよ。皇室が又騒ぎに巻き込まれる事になるのよ。それは分かっているの?」


木村斯光『清姫』

「はい・・・・・十分承知しております。でも恐れながら、院のご譲位の時も大層な騒ぎであらしゃいましたが、でも結果はお宜しかったではありませんか」

白菊夫人は院のご譲位の時と引き合いに出して返答しました。

「白菊・・・・」

大宮様は眼鏡の奥からお目を大きく開けて呆然とされました。

「あの時の会見はわたくしは言うだけ言ってさっさと逃げておりました。でも今回は逃げません。週刊紙等では色々と書かれているようですが、自分は被害者ではなく、自分自身で決断したうえの結果をありのままに公表するつもりです」

その言葉を聞いて大宮様は、ため息混じりに、

「あの時は結婚したいからと、多くの人達を心配させて、今度は結婚して早々離婚したいと公表すれば、世間の人達はどう思うかしら?さんざん言われたけどもこれも、佐義宮家の子育ての結果だと言われるわね」

「白菊ちゃん本人だけあれこれと言われるわけではないのよ、それは分かっているのよね」

「はい。承知しております。わたくしよりも、おたた様が悪く言われる事でしょう。それを思うと、おたた様が、お可愛想でございます。何時も責められるのは、おたた様ですから」

「白菊ちゃんはおたた様想いね。でもこのばばも責められるのよ」

「申し訳ありません」

夫人はそう言うと、大宮様に頭を下げました。でもそうならないように、何時もの手を使って、ご自分はその責めを避けるだろうと、心のなかで思いました。

(おばば様はそうゆうお方・・・・でもおばば様が作り上げた神話は、終わらせなければならない。限界がきてしまっていることを、おばば様に自覚して頂けなければ・・・・)


高畠華宵

多くの人にどこまで理解されるか分かりませんが、白菊夫人はやり遂げるつもりでした。それは自分達が何者かであるかを示す為に必要な事でした。


加藤まさを 『漁村の浜辺』



このアニメの主題歌です。(=^ェ^=)


『Cry Baby』


胸ぐらを掴まれて強烈なパンチを食らってよろけてよろけて

肩を並べてうずくまった

予報通りの雨にお前はにやけて

『傷口が綺麗になる』なんて嘘をつく

いつも口喧嘩さえうまく出来ないくせして

冴えない冗談いうなよ

あまりのつまらなさに目が潤んだ

何度も青アザだらけで涙を 流して 流して

不安定な心を肩に預け合いながら腐りきったバットエンドに坑う

なぜだろう喜びよりも心地よい傷みずっしりと響いて

濡れた服に舌打ちしながら 腫れ上がった顔を見合って笑う

土砂降りの夜に誓ったリベンジ

胸ぐらを掴み返して反撃のパンチを繰り出すくらいじゃなきゃ

お前の隣に立てないから

相手が何であれ日和らない何度も伸さされても諦めない

忘れるな忘れるなと言い聞かせ続けたのに

どうして

(やり直してしくじって)どうして

(踏み倒して肩落として)どうして どうして

あぁ傘はいらないから言葉一つのくれないか

微温い優しさでなく

弱音に侵された胸の奥を抉るような言葉を

何度も青アザだらけで涙を 流して 流して

不安定な心を肩に預け合いながら腐りきったバットエンドに坑う

なぜだろう喜びよりも心地よい傷みずっしりと響いて

濡れた服に舌打ちしながら腫れ上がった顔を見合って笑う

土砂降りの夜に囚われた日々に問いかけるように

光った瞳の中で誓ったリベンジ


島成園 『香の行方』



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