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シロガネの草子

我が身をたどる姫宮 試作品 其の七


上村松園 『志久礼』

ご一家が、皇居へ行かれて静かになった皇嗣邸です。そのお庭を歩かれる、白菊夫人は日々、思い出さずにはいられない、米国での生活に思いをはせながら、ある歌を口ずさみました。



『メポロポリタン美術館(ニュージアム)』

大理石の台の上で 天使の像ささやいた

夜になるとここは冷える 君の服をかしてくれる?

時間旅行(タイムトラベル)は楽し メポロポリタン美術館(ニュージアム)

赤い靴下で良ければ 片っぽあげる

エジプトではフアラオ眠る 石の布団にくるまって

呼んでみても5000年の 夢を今も見続けている

時間旅行(タイムトラベル)は楽し メポロポリタン美術館(ニュージアム)

目覚まし時計 ここにかけておくから

バイオリンのケース トランペットのケース

トランクがわりにして出発だ!

時間旅行(タイムトラベル)は楽し メポロポリタン美術館(ニュージアム)

大好きな絵のなかに 閉じ込められた


高畠華宵

「・・・・大好きな絵のなかに閉じ込められた」

参考 『ハイキュー!!』


(この歌詞通りだった)

松岡政信 『花冷え』

(私は愛する人を信じ過ぎた。私が彼を動かしていたのでは無く、彼が私を動かしていたのだ。彼の作り出した檻のなかに閉じ込められて、あの人の思う通りに動かされていた・・・・。あのままだったら、操り人形同然に動かされていた)


上村松園 『人形遣い』

「それが愛だと信じて」


須藤しげる 『曙の唄』


夫人はそう呟き庭を歩きながら、さまざまな思いに耽りました。

・・・・狂おしい程に愛して止まなかった根無葛(ねなし・かつら)氏との米国の暮らし。皇族でいる間に味わえなかった、解放間と自由な暮らし。夢のような新婚生活でした。それは夫人自らが切望した事です。元皇族という立場を活かしながら、伸び伸びとした幸福なセレブ生活。確かに幸せでした。それは生まれながら不自由な思いをして育って生きた自分へのご褒美、同然受けるべきものだとあの時はそう、思っていました。

自分の選択に悔いはありません。しかしそこから見えたものは、夫婦の『現実』でした。


高畠華宵

(私は幸福なのだろうか、これで良いのだろうか・・・・)

異国での生活に慣れ、落ち着き始めた頃から、心の奥底でそう自問自答しました。心ある国民の声を無視し、自分達の世界に閉じ籠って、無理に無理を重ねて結婚しました。自分達に理解を示さない、面白半分で見ている国民がいるこんな国とは決別する思いで、結婚会見で、多くの国民に対して顰蹙を飼う発言や・・・・


鰭崎英朋 『花散る宵』

捨て台詞などをしてさっさと国を出てしまいました。それは批判を受ける葛氏を守る為でもありましたが、こうして振り返ると自分は、何と愚かで幼稚であったと思うのです。


根無葛氏は何時までも、キチンと足のついた生活が、出来ない人であったのも夫人がそう思う事の一つでした。夫人が夫を支えれば支えるほど、葛(かつら)氏は駄目になってゆく・・・・それに気が付き始めたのは何時頃だったのか・・・・。

皇族という檻から出た次は、今度は愛する人が作り出した、新たな檻のなかに入れられたのだと気が付きました。その理由(わけ)は言うまでもなく、愛する人は自分の生きやすい、楽に生きて行けるように、その為に夫人を利用し、手の上で転がされていのだと、やっと理解できました。

参考

夫は皇族の時代の姫宮から元皇族となった自分をどう見ていたのか・・・・同じものを見ていると信じていた夫が、全く違っていたのです。なかなか地に着いて生活出来ない不安定さや、将来の事を訴えても、夫は変わりませんでした。自身の思いと噛み合わなくなっていたのです。


『あどけない話』(智恵子抄)

智恵子は東京に空が無いという

本当の空が見たいという

私は驚いて空を見る

桜若葉の間に在るのは

切っても切れない

昔馴染みのきれいな空だ

どんよりけむる地平のぼかしは

うすもも色の朝のしめりだ

智恵子は遠くを見ながら言う

阿多多羅山の山の上に

毎日出ている青い空が

智恵子の本当の空だという

あどけない空の話である


上村松園 『書見』

一緒に暮らし始め、今まで見えなかった面を見たことも、夫人がある意味、正気に戻ったという事でしょうか。しかし正気に戻った途端に、一気に山が崩れるように心と身体が悪くなりました。



『人間は不幸になった時、始めて自分が何者かであるのかと知るのです』 by マリー・アントワネット



(あぁ・・・・私は例え、法的に皇族で無くなっても、“皇族„であるのには変わらないのだ。分かっていたけども、周囲が例え米国へ行っても何かと心をくだいて配慮してくれるのも、自身の実力でも何もなかったのだ。愚か
なほど、思い上がっていた)

(私は、分かっていなかった)

見えてこなかったものが、澄みきった水面(みなも)に映る鏡のように、ハッキリと見えてきたのが、米国での暮らしでした。あのまま夫と暮らし続けていたら、夫から愛され、自身の意思で動いていても、結局は夫の思う通りに、ただ動いているだけであったのだと。

こうして日本に帰国して、静かに振り返って思うのです。


高畠華宵 『秋風』

(あのまま何も気が付かず、夫と生活していたらそれはそれで幸福だっただろう。でも『私』は、見えてしまった。気が付いてしまった・・・・)


菊池華秋 『小沼の伝説』

(『私』はそれでは嫌なのだ。でも夫は今も愛している。けれども私が側にいて、力を貸せば貸すほど、夫はどんどん駄目になる。愛だけでは本当にどうにもならないことが、やっと分かった)


鰭崎英朋口絵

(愛し合う事は出来ても、共に生活して人生を歩むのは無理な人だった)

「大好きな絵のなかに閉じ込められた」

白菊夫人は又そう口ずさむと、空を見上げました。幼い時より変わらない自然の木々のなかから、見える空こそが、夫人が愛した空なのでした。


鰭崎英朋 『朧夜』

(豊かな自然のある御用地から見る空こそ、本当の空なのだ)

夫である根無葛城氏に対しては、現在の心境はただ、


これから自立した人生を送れるよう、愛するが故に、陰ながら尽くすもりです。例え相手の『愛』が自分の思う『愛』と違っても、思いが消えない限りそうするべきだと思っているのでした。その事で又非難を受けることも承知のうえです。

「宮様---恐れ入ります」

後ろから、松枝の仕人(つこうど)が少し高めの声で夫人を呼びました。夫人はもしや、自分の歌を聞かれていたのかと、びくりとしました。顔を赤らめて

「松枝さん、どうしたの?大丈夫、直ぐに戻るわよ」

「はい、恐れ入ります。院の御所より、ご連絡を頂きまして、こちらでお一人でお過ごしの宮様を案じられてあの・・・・大宮様がお見舞いにならしゃいます。はぁ、直ぐに邸内に、お戻り頂きたいと、花吹雪さんから、言われまして」

「そう、おばば様が・・・・」

夫人は慈愛に満ちた方であると、世間から称賛される続ける祖母宮の大宮様がこちらに来ると、聞いて厳しい顔になりました。夢の中に居た心持ちから、一気に現実に引き戻されました。


伊藤深水 『ダリア』

夫人は夫との離婚を心から望んでおりました。葛氏を愛していても、もうかつての男女の愛とは、違います。それよりも元皇族の夫として、恥ずかしくないよう、体面を保てるようする為が、一番と言って良いでしょう。

そして皇族の立場として、根無葛氏のような何時までも生活の基盤を作れないような男と結婚したのは、明らかに間違いでした。冷静になってみて、何故あのような地に足の付かない男をあそこまで、執着したのだろうかと、恥ずかしく思うばかりです。諺に“百年の恋も一時に冷める„とありますが、本当に良く言ったものです。


鏑木清方 『恋学生』

大宮様は夫人と葛氏が、結婚して一年位しか経っていないうえ、あれだけ大騒ぎして結婚した経緯がありましたので、離婚には反対のお立場なのです。


恐らくこれから、対峙する事になるでしょう。

其の八に続きます。


鏑木清方 『山百合』

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