あげちうのブロマガ

働けない世界のその後

流石に切迫感はある。

気はする。

新型コロナウイルスに関しては「風邪です」から、認識は動かなくなりつつは、ある。インフルエンザが完全防疫されてしまった現状で、これ以上の感染力?に対して現状打つ手は無い。そもそも、既にウイルスその物は40%以上が保有してる、と言う状況で、調べれば調べるだけ「未発症の」感染者が増える、と言う現実も実際は有って。その上で重傷者その物はあまり増えていない、死者の殆ども基礎疾患からの合併症、これはもう「風邪だ」と言い切っても良い、日本ではそんな状況。

想定として、もうこれは立場でしかないと言う、そんな把握には成ってる。

「このままでは自由市場が崩壊する!」

新型コロナウイルスが、「強奪連鎖の悲痛から発症する」エイズの様に、倫理上好ましくない、と言う要素に対して反応する物理的な「人の枠を守らせる」障壁だ、という感覚で見る時、金本位制を土台にする自由市場、要するに世界規模の麻雀大会でしかない”これ”は、何かの窮地に有る訳だ。

自由市場が活性化すると新型コロナウイルスも活性化し、死者が増える。

自分は、金本位制では無く、人本位制、である。この帰結が”雅”市場で、これは「形成された価値を、お金持ちが支払う」と言う原則を土台にしている為、略奪、という事は基本的には、無い。「価値」それは、同意の束、だ。それを好ましい、欲しいと思った人々の中でお金持ちから順に支払うので、欲しいとは言ったが支払いが出来ない、そう言う事例は基本的には存在しない。

この環境下では、新型コロナウイルスはかなり大人しい、のだ。

だったら?

しかしその時、「親の世代」金本位制のそれは、世界から否定される事には成る訳だ。
今の親の世代は、否定された瞬間に、何かの崩落を始めてしまい…生活をも脅かす重荷と成っていく。

人力発電機は、親の世代には、無い。結果、仕事と言う価値観を”そこ”に見出す事は出来ない。親に逆らえない?か、親の世代のそれに庇護されていたか、その人々には”それ”を要求出来ない現実は或いは有る…それは自業自得だろうか?ともかく底に、それは残る。

日記一文字10円、そんな価値は有るだろうか?

それもまた、人に寄るのだが。
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