愛猫ダイオ物語

愛猫ダイオの猫生を綴った『ダイオ編』は終了し、現在は『ニャキエ編』を更新しています。

ダイオ、おまるでオシッコ。

2013-02-20 12:51:11 | 日記
ネットでおまる型の便器を見付けたので、買ってみた。
猫たちは使うだろうか?
ピンク色のプラスチック製の便器は、半径60センチくらいの楕円形をしており、ふたの真ん中に半径15センチほどの楕円形の穴が開いていた。そこから猫砂が見える。猫の足に猫砂がつくことなく用を足せる、という品物だった。
私は猫トイレから猫砂を取ってきて、おまるに入れてみた。新しいもの好きのダイオがすぐにやってきて、おまるの臭いを嗅いで調べ始めた。
「ダイオ、おしっこできるかな?」
私はわくわくしてダイオを見守っていた。すると、ダイオがおまるに対して横向きに乗り、しゃがんだ姿勢でおしりをずいずいと動かし始めた。両足も細かく足踏みをして、何か狙いを定めているようであった。ほどなく、シャーッ、と音がして、ダイオがおしっこをした。
「ダイオ、すごいぞ」
私は大興奮した。ダイオは用を足し終わると、おまるのふたを前足でカリカリと何度か引っ掻いて、その場を退いた。

以来、ダイオはおまるでおしっこをするようになった。ウンチはニャキエと同じトイレでする。ニャキエはおまるには見向きもしない。わたしはおまるに願いを込めた。
どうかダイオが泌尿器や腎臓の病気になりませんように。
以前飼っていた地リスが、腎臓病が引き金になって命を落としていた。
だから、そんな願いを込めたのである。

猫のウカカカ!(2006年9月9日)

2013-02-19 13:43:19 | 日記
猫たちはキャットタワーに登って、窓の外を眺めるのが好きだった。
生垣にやって来る虫や小鳥を見つけては、ウカカカカ! と、雄たけびを上げていた。
遥かお向かいの電線にとまっている鳥にさえ興奮していたのを覚えている。
キャットタワーの上をうろうろしながら、ダイオもニャキエもよくウカカカカ! と、鳴いていた。ひとりが何かを見つけて、ウカカカカ! を発すると、もうひとりがすぐにやって来て、2匹で窓の外の獲物を目で追っていた。このウカカカカ! という鳴き声は、猫が獲物を見てすごく興奮したときにだけ発せられる鳴き声のようだった。若い頃にはよく鳴いていたように思う。

窓の外を眺めるダイオ。

私が入院したときの猫たち。

2013-02-18 11:56:01 | 日記
2006年5月。
私は親知らずを抜歯するため、口腔外科に入院することになった。
顎の骨を割って歯を取り出すという手術で、全身麻酔で手術に臨み、5日間の入院が必要だった。声優のSさんと俳優のO君がお見舞いのお花を送ってくれた。
私は猫たちのことが気がかりだった。猫たちは生まれてからこれまで、私と離れたことは一度もなかったのである。私が入院している間中、長期休暇を取ることができた夫が猫たちの母親代わりをすることになった。
「トイレはすぐ掃除してあげてね。私のこと捜してない?」
私は夫に言った。
「ダイオがあおーん、あおーん、と鳴いて捜しているよ」
夫が言うには、猫たちは最初の一日、私を捜していたが、すぐに、いなくなったんですね、
という落ち着いた様子になったという。
「ダイオが俺の指を吸いに来たよ」
私がもういなくなったと思ったダイオは、夫の指に吸い付いたらしい。指が大きいのか吸いにくそうだが、それでも吸い付いてくると夫が言った。
「吸わせてあげてね」
私は猫たちのことを気に掛けながら、5日間を病院で過ごした。
退院の日。
猫たちがどんな顔をして私を迎えるだろうかと考えていた。いなくなったと思っていたお母さんが帰ってくるのである。早く猫たちに会いたくて私は玄関のドアを開けた。猫たちはすぐには出てこなかったように思う。居間に入ると、テーブルの上で2匹はそろって前足をそろえて座り、猫が挨拶をするポーズをとっていた。帰ってきたんですね、もういなくなったのかと思ってましたよ、と言っているようだった。さりげなく私のほうへと視線を向けている。猫にとってじっと相手を見つめるのは失礼にあたるので、猫たちは私を直視してはいなかった。
「ただいま。お前たちすっかり若い猫になったんだね」
すらりと成長した2匹を見て、私は言った。

家の中での順位付け。(2006年4月25日)

2013-02-17 14:07:48 | 日記
家庭内の順位の上から順に、夫、私、ダイオ、ニャキエという順番が固まりつつあった。
ダイオはニャキエよりひとまわり大きくなっており、プロレスをしても常にダイオが勝っていた。上から覆いかぶさるダイオに、仰向けの対戦姿勢を取りながら必死で応戦するニャキエはウウウと、うなり声を上げて悔しそうだった。
夫は、猫たちが何かしてはいけないことをしている時、登ってはいけないところに登っていたり、食べてはいけないものの臭いを嗅いでいたり、薄着の私に飛び乗った時などに、
「ウオオオオ!」
と、大声を上げて獣が吠えるように猫たちを威嚇した。その大声を聞くと、猫たちはすぐにしていたことを止め、ウッ、と縮こまるのだった。エヴァンゲリオンのような夫の威嚇作戦は大成功で、家の中の順位1位を獲得した。私はダイオに指を吸わせたり、おやつをあげたり、トイレの掃除をしたりするので、暫定的に2位となった。そして、ダイオ、ニャキエと続いたのである。
私と夫は考えた。順位の低い猫は、ご飯を食べる順番も後になり、十分に食べられなくなることもあるという。それではニャキエが可哀想だ。私たちは、ご飯を食べる時だけ、ダイオとニャキエの順位が入れ替わるようにならないか、試してみることにした。
ドライフードを器に盛って、飯台の上に置く。ダイオが食べに来たところを、さっと捕まえて、
「ダイオ、駄目だ。ニャキエが先だ」
と言って、じっと押さえておく。ダイオは、何で? というふうにしていたが、暴れるでもなくされるがままになっていた。その間に、ニャキエが食べる。
それを繰り返していくうちに、ダイオはニャキエが食べ終わるまで待つようになった。
「ダイオ、偉いぞ」
私たちはダイオを褒めた。
この習慣は今でも続いている。ダイオはニャキエが食べるのを眺めていて、ニャキエがどいた後に、おもむろに食べ始めるのである。




背中に登ってもいいかどうかの判断。(2006年4月8日)

2013-02-16 14:58:02 | 日記
ダイオもニャキエも、私たちの背中に駆け登るのが大好きだった。
家中を走って追いかけっこをしていたかと思うと、ダーッと背中に駆け登ってくる。爪の使い方がまだ荒く、慣れていないのか、爪を立てて登ってくるので、相当に痛かった。私は肩のまわりの胸や背中に10センチほどの引っ掻き傷を何度も作った。
特におニブちゃんのダイオはひどかった。冬の間は人間も厚着をしているので大丈夫なのだが、春になって薄着になってくると、ダイオの爪が肌に食い込み深い傷を負った。刀傷のようなみみずばれが出来た。この時期に受けた傷は、まだ私の背中に跡になって残っており、本物の刀傷のようになってしまっている。
それでも、猫たちが背中に登ってくるのは、一緒に遊ぼうよ、のサインだったり、甘えて飛びついてくるのだったりするわけで、私たちには嬉しいことだった。
しかし、痛いものは痛い。飛びかかられると、「痛い痛い!」と私たちは悲鳴を上げていた。その大声を聞くと、ダイオはハッとしたように背中から飛び降りるようになった。何度か繰り返すうちにダイオは、私たちが薄着をしている時は、登ってはいけない、と何か会得したようだった。
いつのまにかTシャツなどを着ている時は登ってこなくなった。ガウンやバスローブをはおっていると、あ、登ってもいいのかな、と思うのか跳びかかってきた。
背中に登ってもいいかどうかの判断が、猫の頭の中でどう決着がついたのかはまったくもって不思議であるが、今でも薄着の時は登ってこない。

背中に登っているニャキエ。