Don’t Dilly Dally

…とことことことこ

アメリカ大統領 ~John F. Kennedy Presidential Library & Museum~

2024-10-02 12:29:39 | 回顧録

いよいよ来月11月5日はアメリカ合衆国の大統領選です。

そこで思い出したのが、『John F. Kennrdy Presidential library and Museum(ジョン・F・ケネディ・ライブラリー)』。

第35代アメリカ合衆国大統領に就任したジョン・F・ケネディ。爽やかな勇姿とスピーチで人々を魅了しましたが、就任からわずか2年10か月後の11月22日、テキサス州ダラスをパレード中に人々の目の前で狙撃され46歳の若さで死亡。ケネディ大統領暗殺のニュースは世界中に衝撃を与えました。こちらのライブラリーでは、今もなおアメリカ国民に愛され続けているケネディ大統領について多くを知ることができます。

ボストンを訪れた際に私たちが利用するホテルの近くにあるのですが、この日が初めての来館となりました。偶然にもこの日はケネディ大統領の命日でした。

ドーチェスター湾を臨むスタイリッシュな建物。とても気持ちの良い場所にあります。

館内には、各部屋ごとにケネディ大統領の業績、人柄をもの語る文献や歴史上のさまざまな記念品などが数多く展示されています。

ケネディ大統領といえば、アポロ計画の月面着陸でしょうか。やはり宇宙開発に関したコーナーが最初の部屋にありました。

~We choose to go to the Moon!~

1960年代といえばソ連と冷戦状態の真っ只中。アメリカはソ連よりも宇宙開発に遅れをとっていましたが、ケネディ大統領はヒューストンの大学で「我々は月に行く!」と宣言したのです。

そしてこちらは、1960年の11月に行われたアメリカ大統領選挙ニクソン vs ケネディです。

当時の選挙戦のビデオも流れています。

~New Frontier~

赤がニクソン、青がケネディ。激戦を物語っています。ニクソンが優勢と見られていましたが、結果はケネディが歴史的な勝利をあげました。アメリカ国内の政治や思想についてはよくわかりませんが、ケネディ大統領の掲げたニューフロンティア精神には夢と希望が溢れているのを感じます。

こちらの部屋では当時の外交について展示されていました。

ケネディ大統領夫妻がバッキンガム宮殿を訪れた際に贈呈されたエリザベス2世女王の著名入りのお写真。お美しいです。

そしてこちらは、西アフリカのコートジボワール大統領との互恵晩餐会でケネディ夫人が着用したドレス。

スパンコールとラインストーンで刺繍された淡いグリーンのシルクシフォンでツーピースのアンサンブルになっています。

ホワイトハウスで開かれた晩餐会のテーブルセッティング。

メニューと共に大統領の文字でメモ書きも展示されていました。

こちらは、当時のケネディ大統領のデスクを再現したもの。

ガラス越しにデスクの上を見ることもできます。

そして最後がこちらの部屋です。

真っ暗な部屋でケネディ大統領の葬儀がビデオで流れていました。

 

出口には、大統領就任時の有名なスピーチが展示されています。

『だから、アメリカ国民の皆さん、国が皆さんのために何ができるかではなく、皆さんが国のために何ができるかを問うてください。

世界の市民の皆さん、アメリカが皆さんのために何をしてくれるかではなく、人類の自由のために私たちが一緒に何ができるかを問うてください。

ジョン・F・ケネディ大統領就任演説、1961年1月20日』

 

すぐ横の海に面したガラス張りの部屋には、大きな星条旗。

アメリカは至る所に星条旗が掲げられていますが、ケネディ大統領の軌跡をみた直後の星条旗は、まるで我々に多くを語りかけているようでした。

アメリカ元大統領ジョン・F・ケネディ、安らかにお眠りください。

 


『ロッキー』のテーマと共に ~Philadelphia~

2024-09-29 06:53:48 | 回顧録

アメリカに滞在中、BFの仕事の関係で定期的にボストンやワシントンD.C.を訪れます。そしてたまに訪れるのがペンシルバニア州のフィラデルフィアです。

以前に投稿した【夏に観たくなる映画 #01 - Don’t Dilly Dally (goo.ne.jp)】で、その映画『刑事ジョン・ブック』に出てくるフィラデルフィアの駅やアーミッシュについて書きましたが、フィラデルフィアは歴史の深い、とても素敵な街です。

1776年に米国独立宣言が採決された合衆国誕生の地でもあるフィラデルフィア。

上の画像は、映画『ロッキー』で主人公があの有名なテーマ曲と共に階段を駆け登り、フィラデルフィアの街に向かってガッツポーズをとる場面の撮影場所です。

映画にちなんで、ロッキーステップと呼ばれています。

このロッキーステップは、フィラデルフィア美術館の正面玄関なのですが、映画の爆発的なヒットで美術館よりも正面の階段の方が有名になってしまいました。ちなみにフィラデルフィア美術館そのものも合衆国生誕100年を記念して1876年に建てられた、とても歴史ある建造物です。

何度目かにここを訪れたある秋の日のこと。

なぜかBFはとても機嫌が悪く、階段の目の前まできて、「自分は登らない」と言い始めました。「あっそ。なら一人で登るわよ」と私が一人で一気に階段を駆け登りガッツポーズをとっていると、というのは嘘で(笑)トボトボと階段を登り、息を整えていると、

「すみません。シャッターを押してもらえますか?」と白人のカップルに声をかけられました。「もちろん。どちらで?」と背景を街にするのか美術館にするのか訊ねると、美術館をバックに撮ってほしいとのこと。

そしてカメラを構えると、めちゃめちゃラブラブなお二人。こちらは険悪モードの真っ只中。この温度差は何?と怒りよりも笑いが溢れてしまったのをよーく憶えています。

ちなみに近くにはロッキーの像も立っています。

観光客の前で常にガッツポーズのロッキー。

ボストンともニューヨークとも雰囲気のまったく異なるフィラデルフィアの街。

裏通りでちょっと面白いモニュメントを発見しました。

こちらはフィラデルフィアのチャイナタウンの入口。

いつも車で通りかかるだけで、いまだに立ち寄ったことがありません。ボストンのチャイナタウンにあるレストランはよく利用するのですが、こちらには何故か立ち寄る機会がないのです。

日本のお寿司屋さんもあります。

『KABUKI SUSHI』。アメリカらしい店名が付いています。

フィラデルフィアといえば、フィリーチーズステーキサンド。

こちらがフィラデルフィア名物のサンドです。

牛肉と玉ねぎ、そしてフィリーチーズの旨味が凝縮されたフィラデルフィア発祥のサンドウィッチで、香ばしく炒めた牛肉と玉ねぎ、とろけたチーズを長いロールパンにはさんだ逸品です。ちなみにフィリーとは、フィラデルフィアの略称で、アメリカ国内でも有名なご当地グルメです。

私はセントラルマーケットのフィリーチーズステーキサンドが一番のお気に入り。

このボトルビールを飲んだ日、BFがホテルのロビーで寝てしまったのも今では楽しい思い出。仕方なく私はコーヒーを飲んで彼が起きるのを待っていました。

いつも賑やかなセントラルマーケット。

アーミッシュのお店もあります。

こちらでサルサソースを購入したことがありますが、ナチュラルでシンプルな味わいがとても美味しかったです。

 

見出し画像の紅葉が美しい並木道。

あのケンカ中だった日に撮ったものです。

恋人同士が腕を組みながら歩くはずのこの並木道を、我々はそっぽを向きながら離れて歩きました。(笑)

 


九份の階段 ~Jioufen~

2024-09-23 13:54:15 | 回顧録

10月の初めに私の誕生日があります。

数年前の誕生日、台湾へ一人旅をしました。思いつきだったので仕事は休めても3日。よし!台湾で美味しいものを食べて、九份を散策しよう!と「無計画な計画」を実行しました。

 

そして誕生日当日、台湾に向かっていざ出発!

ちょっと都会的な喧噪の漂う台北の街。遠くには山並みが見えます。

この日は夜市でつまみを買ってホテルでのんびりと過ごすことに。立ち寄った夜市は、見出し画像の「饒河街夜市(Raohe Street Night market)」です。

台湾の屋台グルメ「胡椒餅」と台湾ビールを購入して、一人で自分に乾杯!Happy Birthday!

ちなみに私はこの日、初めて胡椒餅を食べました。胡椒餅(フージャオビン)は、発祥は中国の福建省らしいですが、今では台湾のB級小吃(シャオツー)の代表格となっています。日本のおやきのような焼きまんじゅうです。

翌朝は、ホテルのビュッフェで疲れた胃を労りお粥を選択。

お粥といっても、具材?が沢山あるので健康的にお腹いっばいになりました。

午後からはオプションツアーに参加して九份を訪れました。

九份といえば、スタジオジブリのアニメーション『千と千尋の神隠し』の舞台になっていることでも有名です。現地ガイドさんがバスの中でこのようなことを言っていました。

「九份は、本当に神隠しの町です。だから我々は九份には住みません。九份で働く人たちは皆、近くの町から通っています。九份は人が住んではいけない場所なのです。」

へー。

九份はかつて金鉱の町として栄えた、風情のある山間の町です。斜面に建物が立ち並んでいるので、あちらこちらに階段があります。

私はその数多い階段に魅力を感じ、あれこれ想像を巡らせながら歩いてみることに…。

夕食までは自由行動だったので、一人でゆっくりと散策することができました。

ノスタルジックな雰囲気が漂います。

お!あんなところに美味しそうなお店を発見。

入ろうか入るまいか悩んだのですが、夕食付きのプランだったので泣く泣く断念。今思えば、そんなことは気にせずに食べておけば良かったです。

この階段をのぼるとどこに行くのだろう…神隠しにあってしまうだろうか、なんて思いながら見上げてみたり、

あら、魅力的な階段。この階段を駆け降りてみたい!などと転ぶことなど考えずに空想してみたり、

まだまだ九份の階段の画像はあるのですが、切りがないのでこの辺でやめておくことにします。いつかまた個人で訪ねてもっとじっくりと散策してみたいです。

階段ばかり見ていましたが、もちろんちゃんと店舗も覗いてきました。

お釈迦様の頭と呼ばれるフルーツ、釋迦(バンレイシ)。

そしてこちらは丸焼き!?

ワーオ。

そしてノスタルジックなお土産物屋さん。

ゆっくり物色すれば掘り出しものがありそうです。

そうこうしているうちに陽が西に傾き、辺りに灯りがともり、ますます幻想的な雰囲気が漂い始めました。

やばい!神様たちが湯屋にやってきてしまう!(笑)

こちらがアニメのなかで千尋が働いていた湯屋のモデルらしいです。

反対側を見ると、夕暮れ色に染まる東シナ海。午後7時過ぎ。

この景色を眺めながら、また一つ歳を重ねることが出来たことに感謝をしました。どこか体が不調なわけではありませんが、早くに両親を亡くしているので、心身共に健康であることの有難みを痛感しています。

2泊3日の強行日程でしたが、鼎泰豊(ディンタイフォン)の本店で小籠包も食べたし、マンゴースイーツも食べたし、大満足の旅となりました。

行きと同様にキティちゃんの飛行機で帰路につきました。

ちなみに機内食もキティちゃん。

ワーオ。

 


大好きな街 ~Lambertvill~

2024-09-16 21:21:57 | 回顧録

私は定期的にアメリカのニュージャージー州に滞在しています。次の滞在予定は来年の夏。

 

ニュージャージー州には私のお気に入りの街が2つあり、その1つがランバートビルです。ランバートビルはデラウェア川沿いに位置する小さな可愛らしい街です。見出し画像もランバートビルの一角。

落ち着いた通りには、アンティークショップや素敵な雑貨店が立ち並んでいます。

ある秋の日、ちょっと覗いてみたアンティークショップ。

上には何があるのかな…と壁に飾られた絵画を眺めながら階段をのぼると、

ダルメシアン発見!

私は幼い頃からダルメシアンが大好きで、私の亡くなった愛犬もダルメシアンでした。欲しい!と心の底から思いましたが、飾る場所がないので泣く泣く断念。

*

ランバートビルからデラウェア川を渡ると、ペンシルバニア州になります。

橋の上には州境のライン。

ニュージャージー州ランバートビル側の橋の手前には、このような立て看板があります。

『独立戦争中、大陸軍はペンシルバニア州からデラウェア川を渡り、ニュージャージー州モンマスの戦いに向かう途中、ジョージ・ワシントン将軍の指揮下でここに駐屯しました。』とのこと。

そしてこちらが、橋の上から眺めたデラウェア川。

ジョージ・ワシントンが大陸軍を率いてデラウェア川を渡ったことを題材にした『Washington Crossing the Delaware(デラウェア川を渡るワシントン)』という有名な油彩画もありますが、当時の戦いが嘘のような静けさです。

松尾芭蕉の句、「夏草や 兵どもが 夢の跡」といったところでしょうか。

*

私はジョージ・ワイントンとは逆側からデラウェア川を渡っているので、橋を渡ればペンシルバニア州です。

ランバートビルよりも少しだけ観光地化されているニューホープの街。

行くと必ず立ち寄るのがこちらのショップです。

ロックなTシャツ屋さん。ロックなお兄さんが店番しているのかと思いきや、無口で親切なおばあさんが店番をしています。

ある時、私がダルメシアンの小さな缶バッジに反応していたら、「サービスであげるわ」と優しい口調でその缶バッジをくれたこともあります。

 

ランチはいつもランバートビル側のBBQのお店です。

カジュアルな店内。

この日のオーダーはこんな感じ。

このボリュームと大雑把なようでいて明確な美味しさがお気に入りの理由のひとつです。

 

そういえば、昨年の夏にニューホープ側の橋の近くに新しくポップコーンのお店がオープンしていました。

フレーバーがたくさんあり悩みに悩んだ結果、いくつかのチーズ味を混ぜてもらったものと、キャラメルのハーフ&ハーフを購入。あまりの美味しさに翌日には完食。

 

そして行くたびに購入を悩んでは買わないのが、このニワトリのバッグです。

これは可愛いのか??日本円にすると8000円程。それが高いのか安いのかもわかりません。

結果、昨年の夏にとうとう購入しちゃいました。(笑)

 

滞在先から車で2時間程の街ランバートビル。BFとドライブを兼ねて遊びに行くのは、私にとってお気に入りの休日の過ごし方になっています。もう一つの大好きな街については、いずれまた…。

 


黒船来航 ~Touro Park & Cliff Walk~

2024-09-10 06:33:08 | 回顧録

昨年の秋の初め、BFの仕事で訪れていたボストンの帰りにロードアイランド州のニューポートに立ち寄りました。ニューポートは「黒船」のマシュー・ペリー提督の故郷でもあり、墓地もこちらにあるそうです。

マシュー・ペリーといえば、日本を開国へと導いた人です。その動機がどうであれ、黒船が来航したことで日本は長い眠りから目を覚ますことになり、幕末へと突入していきました。

 

トューロパークには、ペリー提督の像がたてられており、8月には「黒船祭り」が開催されているそうです。そのお祭りに行きたかったのですが、少し時期を外してしまいました。仕方ありません、来年(2025)に期待ということで。

おー。教科書で見たことのあるお方です。

台座には日本のお侍さんの姿も彫られていました。腰に刀を差しています。

ペリー提督の斜め前には、アメリカの景色とは不釣り合いな石灯籠も建てられていました。

州の沿岸に位置するニューポートの街は、とても洗練されており、海辺には大豪邸が立ち並んでいます。

海岸沿いに「Cliff Walk」というトレイルがあり、片側は絶壁の海、もう片側は大豪邸という優雅な気分でハイキングもできます。

しかし、優雅な気分でいられるのも半分くらいまでで、後半はかなり険しい道になりました。

断崖絶壁だったり、ゴツゴツとした岩山だったり。

道が険しくなる前に面白いトンネルがありました。トンネルの向こうに海が見えます。

お、海が近くなってきたぞ。

ワーオ!

トンネルを抜けると、そこは海であった!などと、この先に険しい道が待っているとも知らずに喜んでいた私です…。

秋の始まりといえどもトレイルを歩ききった私たちは暑さでグッタリ。そんな私たちを癒してくれたのは、スターバックスの甘いフラペチーノでした。

ニューポートは、静岡県の伊豆半島にある下田市と姉妹都市でもあります。

帰国後、伊豆下田に行く機会がありました。江戸時代の末期、ペリー提督率いる黒船艦隊は鎖国をしていた日本に開国をせまり、日米和平条約を結び、その後下田条約を締結します。

下田には、黒船に由縁のある場所や乗り物がいくつかありました。

まずこちらが、ペリー像。

そしてこちらが、ペリー提督一行が了仙寺での下田条約締結のために行進したというペリーロードです。

「黒船」という名前の遊覧船や、

「黒船」という名前の電車もあります。

この日は同じ伊豆半島の伊東市内にあるホテルに宿泊しました。

翌朝の窓の外には伊豆半島の美しい朝日。

 

『泰平の眠りを覚ます上喜撰たった四杯で夜も眠れず』

この狂歌は、強気のペリーに対する幕府の狼狽ぶりや対応を揶揄したものと言われています。強気のペリーと弱腰の幕府。結果、長い鎖国から日本は開国をします。

もし日本がこの時に断固として開国を拒んでいたらどうなっていたのでしょうか。

西洋諸国の軍事力から植民地化を逃れ、第二次世界大戦の各国の兵器軍からも奇跡的に逃れ、諸外国が日本に歩み寄ることもなく、今もなお幕府が存続していたとしたら…。

それは決してユートピアのはずもなく、まったく想像もつかない体制が国内を動かしていたはずです。そう考えると、黒船の来航は日本にとって必然な出来事だったのでしょう。

 

今回は、思いがけず文明開化の音を聞く姉妹都市の旅となりました。