職場にどうしても好きになれない女性がいます。
どこの職場にも一人くらいはウマの合わない人はいるものですが、どうもそれとも違うのです。しかし、どうしても好きになれないのです。
彼女の悪口を言ったこともないし、職場以外の友達に彼女の話をする時も「嫌い」という言葉は避けてきました。「嫌い」を認めてしまうと、本当に嫌いになって我慢できなくなるだろうと心のどこかで思っていたのかもしれません。
私は寝る前にとても短い英語の日記を付けています。
ある晩、ちょっとモヤモヤしていたので初めて彼女のことを書きました。「どうしても好きになれない」と。2〜3行の短い日記なので、次の文章は、「部署は違うけど付き合いはある」。そして最後に一言。
I just hate her.
不思議と最後のその一言を書いた瞬間に心がスーッと穏やかになりました。
それ以降、彼女の存在がまったく気にならなくなりました。大袈裟な言い方をしてしまえば、寛大な心で接することが出来るようになったのです。
「嫌い」を認めるのも時には必要なことなのだな、とあらためて思いました。私にとって「嫌い」を認めることは、「負け」を認めるのと同じことになっていたのかもしれません。
私は幼い頃から協調性に欠けており、「嫌いなものは嫌い(=嫌なものは嫌)」という強烈なキャラで親や教師を悩ませてきました。成長して、社会に出て、それがただの甘えなのだと気づき、自分なりに努力して社会性を身につけてきたつもりです。
ただそれが妙な形で仇となり、自分で自分にストレスを与えていたのだと思います。嫌いなものは嫌い。そうしたネガティブな気持ちの扱い方をやっと習得できたのかもしれません。
おそらく大半の人のストレスの原因のほとんどが人間関係だろうと思います。たわいもない日常の些事だと頭ではわかっているのに、心の中ではモヤモヤしてしまう。ハラスメントとなるとまた別の話ですけどね。
嫌いなものは嫌い。私は私。
そう思って見上げた空に吹いてきたのは秋の風でした。
また台風が近づいてますね。
大きな被害がでませんように。
>私は幼い頃から協調性に欠けており、「嫌いなものは嫌い(=嫌なものは嫌)」という強烈なキャラで親や教師を悩ませてきました
あら、それってわたしのことだわ!と思ってしまいました 笑。
まさしくわたしもそのタイプでした。
友達にも「わがまま」「自分勝手」「変わってる」とよく言われたし。
旅も集団より一人旅が好きだし。
でも、日記に本音を書いただけで、気持ちが穏やかになって
その人のことが気にならなくなった、というのは凄いです!
書くという行為によってストレスを発散できるんですね。
そういう意味ではわたしにとってはブログを続けることが
ストレス解消にもなってるかも。
allyさんはネガティブじゃないです。自分は自分、と
自分に正直な生き方をしているだけ!
よく読まずにコメントしちゃいました。
ネガティブな気持ちの扱い方について書いていらっしゃるのであって、
人がポジティブかネガティブか、ってことじゃないですよね~。
もう、本当に自分が嫌になっちゃいます 苦笑。
わたしはネガティブな気持ちも時には爆発させちゃいます。
それによって親しい友人らは迷惑をこうむっているんだろうな、と
申し訳なく思いながらも、発散しないとおかしくなりそうで。
わたしもallyさんのように、その気持ちを文章にしてうまく対処できる
ようになりたいです~。
客観的に自分を見ることができる!
って事ですよね
allyさんは頭の中に引き出しがたくさんあって、
それを使い分けているって事で…
カッコいいね!allyさん
私は、言霊があるのであまり嫌な言葉は
言わないようにしていますが
イヤな人には嫌な言霊をぶつけてやる!
って気持ちで嫌だ!!って言う事がありますが
気が小さいのでそのあと ちょっとフォローしてしまいます…情けない…
子どもの時は、言霊や霊にいじられていたので、急変して、大人に対して
すごい事を言ったらしい…ですが、
記憶になくて … 親は苦労したろうなって 今さら思っています トホホ
イヤな物はイヤで 私は私で
これが自然体で良いと思います
> 自分は自分... への返信
おはようございます。
私も幼い頃から「変わってる」とよく言われていました。
今となっては笑っちゃうエピソードが沢山あります。(笑)
日記というのは、ストレス発散になりますよね。10代の頃は自分の気持ちを毎日綴っていたのですが、ふとその日記をどう扱っていいのかわからずにやめてしまいました。今読み返したら面白かっただろうなぁと思うときがあります。とっておけば良かったな。
> しまった!... への返信
いえいえ。私の文章もわかりにくいので (゚∀゚)
私も友達に愚痴を言って発散することもあるのですが、なんとなく彼女のことについては言わないようにしていたのです。やっぱり「嫌い」を認めたくなかったんだろうと思います。相手によっては呆気なく「嫌い」を認めちゃうんですけどね。自分でもその辺りの線引きがよくわからないです…
> ナルヘソ…... への返信
おはようございます。
言霊というのはありますよね。
人間関係ではないですが、私の友人は絶対に自分のことを「オバサン」とか「もうこんな年だし」とか絶対に言わないんですって。そんなことを言ったら本当に老け込む、とか言ってました。笑
確かに霊感や直感の強い子供の親は大変そうですね。映画の「シックスセンス」を思い出しちゃいました。
物事の価値判断を自分で決めつけてしまうため、視野が狭くなってしまうことがあります。
精神的なストレス、疲労を抱え込むことになるので
視野を広くもって接することですね。
allyさんのように自分がこうだと気づくことは良いことです。
人のことを言える立場ではありませんが
私は常に何か悩んで生きている人間です(涙)
> この話は大なり小なりよくある事です。... への返信
コメントありがとうございます。
視野を広く持つ…わかってはいても難しいです。ついつい狭ーい心で物事を見てしまったり、うがった見方をしてしまったり。
私にとって、「好き」と同じくらい「嫌い」という感情の存在は大きくて、もしかして「好き」なのかなぁなんて思っちゃったりします。でも「嫌い」なんですけどね。(笑)