弛まぬ空

酷く個人的かつ内面的な日記

存在否定ー構成主義ー或いは退化

2017-06-06 17:50:32 | 思考
自分を忌み嫌い、自殺念慮に悩まされながらそれでも自殺出来なかった入院前。
自殺念慮は消えたが、夜眠る前に死に怯えながら布団に入っていた入院後。

その止揚ではないが、心理学・哲学の見地から新しい心境が生まれつつあるのかもしれない。

今まで、そしてこれからも肥大化した自我には悩まされるのだろうが、そもそも自我とは、自己とは自意識とはなんであろうか。
結論から言えば、そんな確固としたものは存在しない。

あらゆる社会的な相互作用(文明社会ではその一刻一刻)でその都度、構成されて生まれいづる「それ」を「そう」呼んだだけ。
生命の適応上、生じたシステム。

そう見なすことが出来れば、死というのも割り切れる。かもしれない。
そうすると、毎晩、怯える必要はないかもしれない。

でも、それは恐ろしい可能性にすらなる。
今まで自殺を選べなかった臆病があったが、次に自殺念慮が長く続いた時にこの心境がどう作用するか不明だからだ。
世界に目的も意味も価値もなければ、自分という存在にもそれがない。
欲求ー衝動も微弱なものとしてしか残っていない。

今現在、自殺念慮はないが、存在として微弱な我が身を動かしていくのはしんどい作業だ。

病気でも老衰でも、自殺でもなる時になったらなるようにしかならない、か。
こういうの悟りではなくただの諦観だな。

小説家の大先輩

2017-06-06 12:07:42 | 思考
新聞に北杜夫のことが載っていて、出身大学は意外に小説に縁があるところなのだと気づく。

前から小説家にはなれなくても、小説を書いてみようかな、という気はしていたが・・

勿論、読むことが好きでも書くことが好きだとは限らない。
批評が得意でも自分で物語を書けるとは限らない。

まあ、ともかく、書いてみないことには始まらない。

・・のだが、今は他に考えることが多いから、と後回しにしてきた。
mixiのコミュニティでも、小説家になろう、というサイトで書いている人が散見されるが、ほとんどがライトノベル的なタイトルばかり。

書けるとしたら純文学なので、そこは向いてないと思う。
どうしようか・・・

(時代批評的なことを書くと、小説がただのエンターテインメント化し、消費されるものに成り下がっている。おそらく、書く側もそう。外部へのアンテナがすり減り、内部に膿のようなものがないから、上っ面の「異世界」しか書けない。そして、そういうものが時代に適合的で好まれる・・)

硬い文章が書けても、文学的な表現が出来ないなあ。
スタンスとして中途半端過ぎる。