実はこの前の週末、一瞬だけ息子が帰省していました。
昼間、高校時代の陸上部の友達、数人と横浜でお昼ご飯を食べて、話して。
解散後に、実家にやってきて。
私が小倉唯さんの『ゆいしょ!』の公録に行っている間に…
息子は妻に誘われて、ベイスターズの「バックヤードツアー」というイベントへ。
彼の年ごろで、母親と恥ずかしがらず二人で行動する青年というのも珍しいです。
あの母子は、お互いに依存しているところがなくて、さっぱりした関係だから…
いいんじゃないですかね。
実家や親との精神的な距離が近いというのは、我々にとっては嬉しいことですが。
とにかく何につけ壁がないというか、あんまり「これをするのは恥ずかしい」とか…
「普通は」○○するもの、しないもの、という感覚がないみたいですね、彼には。
まあ、変わってるといえば変わってる。
うちの親なんかの場合「あの人は変わってる」というのは悪口でさえあったりしますが…
息子にとっては「変わってますがそれが何か?」なんでしょう、きっと。
で、疲れたのか妻が先に寝てから、息子は父親とも話したかったのか…
リビングで私をつかまえて、今度は父子で、深夜の長話しが始まりました。
主に、最近の研究室でのあれこれ。
インド人のポスドク職員が、わがままでプライドが高くて…
まわりの日本人研究員を見下しているので、扱いにくいこととか。
そういう人は、自国でのいわゆる「上級国民」なんだろうから…
人を見下すクセがついてるんだろう。仕方ないよとアドバイス。
もう一人の外国人、こちらはアフリカ、ナイジェリアからの留学生ダヒル君。
彼は好奇心旺盛だし、何でもこだわりなく吸収するから、見てて気持ち良いと息子。
息子は、ダヒル君が成田に着いたのを出迎えて、初めて出会った日本人で…
(ダヒル君、海外に行くのは生まれて初めてで、不安だったそうです)
それからずっと、彼の日本での生活と学びの全てを、息子がサポートして来ました。
「僕は君ほど親切な人間に、今まで出会ったことがない」
と感激されて、ちょっとこそばゆいみたいですけれど。
でもそのおかげで、ダヒル君から、学内の他の外国人留学生やポスドク職員を紹介され…
だいぶ顔が広くなったとか。
エジプト人やインドネシア人など、いわゆる「グローバルサウス」から来ている人たちの…
コミュニティーみたいなものが大学内にもあって、そこの繋がりみたいです。
いろんな国の面白い話が聞けるだけでなく、学部が違う人たちと交流できて…
それぞれの分野の興味深い話が出るので、すごくためになると息子。
そういう交流が、将来、思わぬところで貴重な人脈となって行くかもしれないから…
お付き合いは大事にしなさい、と言いました。
科学技術系の分野では英語が世界共通語で、それが出来ないと生の論文一つ読めません。
でも息子の大学の大学院でも、多くの研究室では普段日本語を使っているみたいです。
ただ息子の研究室の場合は、指導教授の独自の方針で…
研究室内での報告・連絡事項や、レポート・日報のたぐいに英語を使うのはもちろん…
普段の雑談もなるべく英語でしなさい、ということになっているそうです。
(外国人メンバーに「自分が悪口を言われてるのでは」などと不安を与えないため)
だから、他の研究員たちも外国人のお世話は、やろうと思えばできるのだと思います。
でもみんな自分の研究が忙しいし、外国人と関わるのはなんとなく重荷だしで…
彼らのお世話は、息子にほぼワンオペ状態で任されているみたいです。
大変だねと言うと、息子いわく。
薬学の分野で使う特殊な用語用法も含めて、生きた会話を学べる機会なんてそうそうない。
しかも「ただで」学ばせてもらえるなんて、そんなチャンスを逃す手はない。
自分から積極的に関わって行こうと思うんだ。
それに、外国人や外国の事情、習慣なんかにも興味あるし、と。
たとえばムスリムのダヒル君は、一日に何度かメッカに向かって礼拝するのだけれど…
日本人に遠慮して、研究棟の階段から屋上に出る踊り場の、誰も来ないところで…
敷物を敷いて、ひっそりやっているのだそうです。
それを見せてもらうのが興味深いと。
また、ヒンドゥー教徒とイスラム教徒の両方がいる研究室で…
宴会をするとなると、食べ物や飲み物のことを考えるのに気を使うのだけれど…
(宗教上の理由で牛肉や豚肉が食べられなかったり、酒が飲めなかったり)
それで宴会をセッティングするのが、逆に彼にとっては楽しいそうです。
(もうすぐ忘年会なのでその準備もあるとか)
こちらが気を使っているのを理解して、相手も「ハラルフードじゃないとだめ」とか…
そこまでの無理難題は言わず、多少の妥協をしてくれるみたいですけれど。
そういう習慣の違いを面倒くさいと思わず、逆に興味深いと思うことができるのは…
なにより外見が自分と全然違う人に、シンパシーを持って接することができるのは…
僕の育ち方のおかげだと思う、と息子。
お父さん(なぜか最近チチウエと呼ばなくなった)に連れられて…
イタリア人とか、その他の外国人の人が集まるパーティーに行ったりして…
小さいころから「外国人慣れ」していたんだと思う、のだそうです。
特に、私の親友Fのお嬢さんと息子さんが、ちょうど息子と同じような年ごろで…
一緒に遊んだり話したりしたことで、人間、外見では何も分からないということを…
肌感覚として、学べたと。
その子たちは、外見は白人で、髪も金髪だったりするのに…
完璧な日本語を話し、白いご飯やお味噌汁を好み、秋葉原に行って「オタ活」してたりと…
人格的には完全な「日本の子」だったことで、外見や人種の違いには…
実際には意味がないということを、まず、深く思い知ったみたいです。
だから、肌の色だとか髪の色だとか体格の違いなどで、壁を感じることがない。
人種や国籍などの違いよりも、個人の人間性を見る方が大事なんだと、心から思えると。
世界中どこの人間とも「人と人」として付き合えるように、自然になったと。
そのことに、とても感謝している、と言ってました。
頼もしいことです。
彼なら、欧米に限らず世界中どこに行っても、きっとやって行けるでしょう。
「手に(頭脳に)職」をつけつつあるし、それは地球上どこでも通用するものだし。
先進国だけでなくグローバルサウスの国の人々とも、コネクションが出来ているし。
G7のプレゼンスが低下して、これから新興国、グローバルサウスの国々が…
どんどん存在感を増して行くであろう時代状況のなか。
せっかくそういう風になったのだから、国境などに捉われることなく…
この星全体を棲み処とする、本物の国際人、地球人として生きてほしいと思います。