今読んでいる本はこちら。
『ジェンダー・トラブル フェミニズムとアイデンティティの攪乱』(ジュディス・バトラー著)。
この前に読んだ同じ著者の『非暴力の力』も相当硬くて歯ごたえがっつりでしたけれど…
こちらはさらに難解。
想像以上にゴリゴリでした。
文章自体は、現代思想の哲学書としては、平均的な難度なのだと思います。
『非暴力の力』も同じぐらい複雑なレトリックだったし…
語句の使い方にクセがある点では『全体主義の起源』(ハンナ・アーレント著)の方が難物でした。
ただこちらの本の場合は、引用テキストのジャンルが哲学から、心理学=精神分析理論、文化人類学…
そして文学理論など多岐に渡り、しかも当然ながら…
新旧のフェミニズムの、膨大な数の論客の言辞が引き合いに出されて…
それぞれの分野の専門用語が多出しているところが、なんとも難物なのです。
なので、本を物理的に汚し、破損しながら格闘して、噛み砕いてもなかなかサクサクとは読めません。
現状でもまだ、きちんと「読めている」とは言い難い感じ。
ただ、先ほども書いたように論旨は明確で筋が通っており、また何と言っても翻訳者が非常に苦労して…
難解なテキストを、正確でありながらなるべく読み易いよう、懸命に努力されているのがよく分かります。
ですから、巨人のようなテキストの半分、良くて6割ぐらいしか腑に落ちていなくても…
凄く面白い本だというのは理解できます。
これは、いったん通読してから…
少なくとも、ミシェル・フーコー、ジャック・デリダ、そしてジャック・ラカン…
最低でもこれぐらいの著者たちについて、解説書などを読んで予習して、しかもラカンに関しては…
『性の歴史』について知識を深めてから、また、再読しないといけないと思います。必ず。
そうしたら、著者が書いた内容の8割ぐらいは読み解ける……かな?
とにかく今ごろになって、自分の無知無学を改めて思い知ることになりました。
せめて残された少ない時間で、少しでもまともな思考ができ、ましな思想を持った人間になりたいです。
権力との本格的な闘い(勝ち目はありそうもないですが)の日が近づいているような気もしますし。
しかし……悪いことに、読み始めたところで、困った人からコメント欄でからまれてしまいました。
この本と著者に対する誹謗的なコメントが書き込まれて、私としてはなるべく丁寧に…
著者を擁護する返答をしたつもりなのですが、それをきっかけに、からまれて。
そのせいで気がそがれて、まる二日、同書を読めない時間が出来てしまいました。
いくらか「乗って」来たので、あと2~3日かければ一応、1回目の通読は可能かなと思いますが。
でも、からまれたせいで大分迷惑をこうむってしまったので、コメント欄は今後、承認制にします。
私は基本、提出された議論に関しては、逃げることはせずに応じようというスタンスなのですが…
あまりに長大な文章のやり取りを、延々と、コメント欄という場所でするのは、適当ではない。
ブログのコメント欄って読者のご意見を伺える貴重な場所で、書いてもらうのはとてもありがたいのですが…
せいぜいが、2~3往復までの「意見交換」をする場所だと思うんですよ。
だから、SNSなど何か他のところへ場所を移して、議論を続けようと誘ったのですけれど…
それには応じてくれずに、結局、逃げてられてしまいました。
しかもその相手は、アニメや声優が好きだということ、そして最寄りの大都市がどこか、以外のことは…
何も明かしてくれない「unknoun」の立場の陰に隠れていたのです。
ハンドルネームでさえ、私のブログのコメント欄でしか使わない名前のようでしたし。
ブログですから、こちらは生い立ちから、これまでの人生の履歴、家族構成やら日常生活のあれこれ…
元の職業から、現在の政治的立場に至るまで、ブログの中で晒しているのに。
ブログでの名前こそ今はニックネームですけれど、これだって他のあらゆる場所で使っているものだし。
ちなみに、以前は本を書いたり雑誌に寄稿したり、ラジオに出たり…
テレビに自分の素顔を晒すような仕事もしていたので…
当時のブログでは、その際の「ペンネーム」を使っていました。
でも、そのせいで家族親族に迷惑をかける事件が起きてしまったので、ここではニックネームにしてます。
いずれにしてもこちらはそうやって自分の情報を晒しているのに、相手は「匿名性」の盾の向こうに隠れて…
その安全地帯から攻撃的な言葉を投げつけてくるのは、あまりにアンフェアなことですよね。
それがフェアでないことだと分かってしているにしても、知らずにやっているとしても…
そういう「透明人間」とは、安心して議論することはできないです。しかも…
本と著者に関してディスって来たのにも関わらず、その本はもちろん、バトラー自体を読んでない様子。
UCデービスの教授であることさえ、知らなかったのですから。
読んだこともない本のことを、著者についての「ネットで仕入れた」属性だけで悪しざまに言うような…
そんな人物であるということからしても、まともに議論ができる相手ではないですね。
ちなみに、その人が「仲間」のように言っている人たちのなかの「2名」が読んだ、とのことでしたが…
意図的に分からないように書いてるかのような「悪文」だ、と言っていたと。
まあ要するに、その「2名」の人たちも「読めなかった」んですね。
あれを「悪文」と表現するようでは、現代思想というより、生の哲学書を読んだ経験が浅すぎるか…
もしくは全くなかったのでしょう。
そもそも、この本を彼が敵視する「トランス(ジェンダー)擁護」の悪書扱いしていましたけれど…
パラパラめくっても、直接トランスジェンダーについての記述をした部分は、見当たりません。
総論としての「クィア理論」として、異性愛以外のすべてのセクシャリティ、ジェンダーについて…
ポジティブな言説ではありますが…
ことさらに「トランス擁護」の言説を展開するための著作ではない。
なにしろ「読んでない」のだから、知らないのは当然ですけれどね。
その彼は、トランスジェンダーの「女性」を排除したい過激なフェミニスト、すなわち…
「Trans-Exclusionary Radical Feminist」=略称TERFの人たちの言説を「支持している」のだと。
でも、彼は「男性はフェミニストになれない」という主義なのだと(理由については説明なし)。
そんな風では、TERFの言説にタダ乗りしてるんじゃないか?…
いずれにせよ女性の権利を「ラディカルに擁護」して行くTERFの立場、というよりは…
むしろ差別することが主眼の「トランスフォビア」なんじゃないか?と思われても仕方ないのでは。
確かにTERFの人々が、バトラーを「敵のラスボス」扱いしていることは、聞き及んでいます。
この『ジェンダー・トラブル』でも…
論破しようにもしがたい、非常に精密な論理で、性的マイノリティ「全体」のことを擁護しているから。
そしてそうした立場からTERFの言説を、2020年代に入ってから、厳しく批判したからだと思います。
(この本を書いたずっと後で)
でも、そういう事情を「ネットで知った」からというだけで「読んでいない本」をネタに他人にからむ。
しかもジュディス・バトラーが、有名大学の教授という地位についているのだと、このブログで知って…
それが許せなかった、と。
彼は「トランス擁護」という言説自体が、実は全面的に、主にアメリカの富豪や大資本が…
「代理母出産」等の非倫理的なビジネスを目的として作り出し、拡散しているもので…
擁護者は基本的に皆、反社会的な「カネの奴隷」だと思い込んでいる、そして決めつけている。
トランス女性擁護者からのネット攻撃で、女性だけのライブを主催した同性愛の女性が自殺したとか…
そういう逸話をいろいろと書き連ねていましたけれど、すべて「ネットで得た」情報でしょう。
ちゃんとそうした事案、事件ついての「ファクトチェック」はしているのでしょうか。
ネットの特質としての、アルゴリズム誘導や、エコーチェンバー現象による、偏った思い込みだと…
そういう可能性については、検討したのでしょうか。
私が疑問に思ったのは…
バトラー自身が、トランス擁護を利用した反社会的ビジネスをしている張本人だという証拠もないのに…
彼があそこまで、エキセントリックに攻撃的な反応をしたのはなぜか、ということ。
トランス排除の攻撃的言動を、批判する立場からのアナウンスをした、ただそれだけの事実しかない…
バトラーという人物が、大学教授という社会的権威を持ち「金持ちである」ことに対して…
どうしてそこまで、激しく許せない気持ちになり、我慢ならないほどになったのか。
(ちなみに、大学の教員がそこまで富裕だと思うのは、完全に幻想なのですが)
そして、彼の攻撃的な書き込みに反論する内容の返答を書いた私にまで…
なぜ興奮して、罵るような言葉を投げて来たのか。
彼は一度、落ち着いて自問してみた方がいいのではないかと思います。
誰かを差別したいという願望が、自分の中に潜んでいるのではないか。それでなければ…
「お金」と「権威」に関わる、何か「ルサンチマン」を抱えているのではないか、と。
その精神性は、ハンナ・アーレントの言葉を借りれば「モッブ」とほとんど変わらないじゃないですか。
そんな書き込みを、まともに相手にしてしまった私も悪かったのですけれど。
というわけでもう懲りてしまったので、仮面をつけたコメント投稿者とは話し合わない、ということで…
今後、コメントについては、承認制にさせていただきます。
基本的に「アンノウン」な人物、つまりその「人となりを全く知るすべのない」人物が書き込んだ投稿は…
読まずにそのまま削除します。
今回の彼も、しかるべき場所でじっくり議論しようと、私から誘ったのに、拒否したのですから…
それで異存はないはずです。
いままでコメントして下さっていた「フォロワーさん」には、少しご不便をおかけしますが…
なにとぞご理解いただけますよう、お願い致します。