白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

星の幽霊 その2

2019年08月23日 20時20分39秒 | 星拾う旅
親切なお化けが貸してくれたTシャツとスパッツは、サイズは合わないものの清潔だった。バスタオルもいい匂いがする。

水分摂れ、と麦茶のコップを渡されて、言われるまま飲んだ。髪乾かせ、とドライヤーも渡された。金色の目のお化けは人の世話に慣れてる感じだ。

「俺はフィル。お前は?」
「照です。天宮 照」
「それでてるてるボーズか。でも別にハゲてないよな? なんでイジメられてんだ?」

フィルは慣れた手付きで肩と両膝の傷にワセリンを塗って、ラップを貼り付けると手際よく包帯を巻いた。
「知らない」

ホントにわからなかった。ある日、突然始まったのだ。お前、父ちゃんいないからこんなの見たことないだろう、とエロ本を見せられた。やたら恩着せがましく言うので、"こんなのバカが見るもんだ"とか何とか言って席を立った記憶がある。それからだ。

「まあ、いいや。お前、家は? 親が心配するだろ。送ってってやろうか?」
3人組がまだいるかもしれない。それ以上に家に帰りたくない。大家さんになんやかや言われるのもイヤだ。親切だが、すぐ父親がいないからとか母親がかまってやらないからとか言い出すのだ。それで母さんがまた落ち込むに決まっている。

「父はいない。母は明後日まで出張です」
「じゃ、夕飯は?」
「小遣いもらってるんで、適当に食べます」

フィルはため息をついた。
「わかった。うちで喰ってけ。好き嫌いかアレルギーは?」
「え。いや、何も、何でも食べられます」
普通に聞かれて普通に答えてしまった。しかし考えてみれば、よそのお宅でご飯をご馳走になるなんて何年ぶりだろう。父がいなくなってから。俺の世界は閉じてしまった。母と俺と、母の祖父母だけ。それ以外は遮断してしまった。

「ほれ。保護者に電話。俺が適当に言ってやるから。許可が出たらうちに泊まっていい」
「え」
「帰りたくないんだろ」
「え」

子機を渡されて、母が出張中の保護監督者である大家さんの番号を押した。俺が挨拶するが早いか、フィルが受話器をひょいと取って流暢な日本語で話し出した。

「すみません。私は許斐というものですが、実は照くんに誤ってケガをさせてしまって」
電話の向こうで大家さんが、何か早口でまくし立てているが、フィルはするりと大家さんの息継ぎの合間に話を続けた。
「姉が出先で具合悪くなって照くんが助けてくれたんですが、バランスを崩して一緒に地面に倒れてしまって。申し訳ありません」
また向こうで何か叫んでいるが、さっさと話をつないだ。
「ええ。それでケガが痛そうなので、お詫びに夕食ご馳走して、うちに泊まって行ってもらおうと姉が。ええ。ええ、もちろん。明日、学校に間に合うように送ります」
面倒くさい大家さんから、いとも簡単に外泊許可を取り付けてしまった。この親切なお化けは、何か人に警戒心起こさせないところがあるらしい。大家さんは俺を誉めてくれてケガを心配してくれて、お決まりの母への嫌味も言わず、拍子抜けするように通話は終わった。

 フィルといるのは楽だった。無理に何か聞き出そうとしないし、無理に何かさせようともしない。親とも親戚とも先生とも違う。勝手に可哀想がったり、勝手に何か期待してがっかりしたりしない。でも何となく俺のことをわかってくれてるような、妙な信頼感と安心感があった。相変わらず得体が知れないが、こんなに楽しいなら喰われてもいいやと思った。

「なんだ、お前。料理やらないの。母親、働いてるんだろ。自分で作った方が美味いしたらふく食べれるのに」 
 台所でわあわあしゃべりがら夕食を作って、居間でわあわあ言いながら食べた。俺もジャガイモの皮剥きやインゲンの筋取りを手伝った。肉ジャガにいんげんのゴマ和えにサバの塩焼きと小松菜の味噌汁。丸っきりの和食だ。腰まで伸ばしてひとつにくくった銀髪に金色の目という風貌のくせに、フィルは手際良く和食を作って、器用に箸で骨を取って綺麗に魚を平らげた。こんなに賑やかな食事はお盆に祖母ちゃんの田舎に行って以来かもしれない。それにフィルの料理は祖母ちゃんより旨かった。夕食の片付けをしていると、庭でチリンと鈴が鳴った。ガラス戸を開けると白地に銀トラの綺麗な猫が入って来た。

「飼ってるの?」
「いや。三軒隣の猫だ。うちには出汁ガラのイリコを食べに来て、時々泊まって行く」

 祖父ちゃんが猫嫌いだし、今はアパート暮らしだし、こんなに近くに猫がいるのは初めてだ。

「ここに布団敷いてやる。トラと寝ればいい」

 猫と一緒に寝るなんて。トラは俺の手に頭をすり寄せると、当たり前の顔をしてあぐらを組んだ足の間に丸くなって、満足そうにノドをゴロゴロ鳴らしている。

「目覚ましは6時でいいか。朝メシ食って、大学の前に家まで送ってやる」
 フィルがタオルと歯ブラシを貸してくれた。ここから自転車で30分くらいの大学に通っているらしい。

「俺の部屋は廊下のあっちだ。何かあれば呼べ。で、いいか。二階には上がるな」
「二階に何があるの?」
「姉さんの仕事部屋だ。邪魔するなよ」
「えっ、ホントにお姉さんいたの」

 大家さんを誤魔化すウソだと思っていた。二階に全然人の気配が無かった。
「えっ、お姉さん、ご飯は? 何の仕事?」
「論文の翻訳だ。仕事を始めると集中して、ほとんど食べないし寝ない。ま、後で何か持ってくよ」
「俺、挨拶しなくて良かったのかな」

 フィルがニッと笑った。
「慌てなくても、ま、そのうち会えるだろ」
 そのうち。また来ていいということだろうか。また来たいと本気で思っていることに気づいて、自分でも驚いた。そうだ。フィルは俺を、庭から迷い込んだ猫みたいに、扱ってくれる。ご飯もらって居心地良く丸くなっていられる。家のことも学校のことも忘れていられる。

 初めて会った人の初めての家なのに、夕方さんざんな目に遭ったのに、俺は猫に腕枕を提供しながら、安心してぐっすり眠り込んだ。
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