祝勝会は御曹司のスピーチで始まった。
「あの子は生まれた時、息をしてなくて僕がこう、息を吹き込んで……」
と涙ながらに語ると、「また始まった」「よっ、名調子」などと牧童たちや厩務員からヤジが飛ぶ。どうやらいつも言っているらしい。
「トレーニングを始めると、今度は脚の故障が多くて、デビュー戦でも優勝したと思ったら骨折。本当にハラハラし通しでした。しょっちゅう里帰りしてくれる点は親孝行でしたが、その度に育成の皆様や調教師、トレーナーの皆様、いつもいつも支えて下さって、うちのアリエスは本当に果報者です。年内は休ませて、次は年明けから走らせることになりますが、今後とも変わらず応援してやってください。で、アリエスのお陰で稼がせてもらったので……アリエスの弟のシリウス、この子もすごく走りそうなので……この度、僕がオーナーになることになりました!」
会場、大喝采。ピーピー口笛が鳴り、「よっ、大統領!」「さすが御曹司!」と掛け声が飛ぶ。
「これからももちろん谷地田さんに預かっていただきますので……今後とも姉弟ともどもよろしくお願いします!」
万雷の拍手で締めくくられた。続いて乾杯の挨拶は、社長の谷地田さん。
「うちの馬で有馬記念の優勝は8年ぶりですね。それがみなさんご存知、アリエスの母親のレダが3歳の時ですから、本当に良く走る家系です。シリウスもきっと姉に続いて活躍してくれるでしょう。年末年始と言っても、動物を飼う仕事に休みはありません。冬休みでパークは忙しくなりますし、年が明ければだんだん出産ラッシュで繁殖の方も忙しくなって来ます。とりあえず今夜は、シェフの料理と美味しいお酒と楽しい音楽をたらふく味わって、英気を養ってください。それではみなさん、声をそろえて……アリエスおめでとう! 銀ちゃん、おめでとう! カンパーイ!」
カンパーイと斉唱して一同、グラスを上げた。それからみんな一斉に席を立って、ターキーの丸焼きとビーフシチューを詰めたパイに殺到した。皆が食事をしている間、ジャズトリオがBGMを演奏していた。
「クリスマスやる口実に毎年祝ってもらってるけど、なんかうれしくない」と銀ちゃんがボヤいていた。
食事が一段落した頃、子供たちによる演奏会が始まった。まずは輪くんを筆頭に、ファームの子供たちのハンドベルで『鈴が鳴る』 よく練習したと見えて息の合った演奏だった。厩舎の面々にとっても良く知ってる子たちなので、応援に気合が入る。口笛や歓声が飛び、大きな拍手で終わった。
次が問題の住吉神社商店街男子チームのハンドベルによる『きよしこの夜』である。演奏の前にキジローによるMCというか解説が入った。
「えー、この男子たちの半数は、日頃音楽と縁のない筋肉ボーイズで、楽譜も読めません。この通り、楽譜に“読み仮名”振ってます」
ここで爆笑。
「ベルだけだと心許ないので、みなさん、応援のつもりで一緒に歌ってやってください。ただし、多分、絶対、途中で引っ掛かって演奏が止まると思います。というわけで、みなさん、“ダルマさんが転んだ”の要領で、ベルが止まったら歌もピタッと止めてください」
ここでさらに爆笑。
「止まらなくても、多分、絶対、途中で間違えると思います。ここで住吉商店街女子部の2人がラッパホーンを持っています。男子が間違えたベルを振ったと判定したら“パフ”と鳴らします」
ここで歓声。
「では、お楽しみください」
拍手とともに演奏が始まった。女子小学生2人は、容赦なくパフパフとラッパを鳴らし、その度に観衆から笑いと拍手が起こった。ベルが止まったタイミングでピタリと歌を止めるのは、ある意味ゲームのような緊張感があり、シーンとした中で1人歌い続けた観客にも、パフとラッパが鳴って周囲から歓声が上がった。男子たちはあくまで真剣に演奏しているのも、また笑いを誘う。無事曲の最後までたどり着いた時、大きな歓声と拍手が起こった。ここでキジローがまたMC。
「みなさん、ご協力ありがとうございます。えー、なんというか複雑な気分です。我々のジャズトリオは一応チャージ取って演奏するプロ集団なんですが、これほどの歓声と拍手はめったにもらえません。高校生男子の才能に嫉妬しますね」
爆笑と拍手。
「ではみなさん、次は静かな曲ですので、リラックスしてください」
住吉神社の小学生3人組によるグラスハープのクリスマスメドレーにも、これまた大きな拍手が送られた。毎年このパーティーで演奏したり、ピアノ図書館でも披露するので、着実にテクニックが洗練されていて、かなり複雑な曲もこなすようになっていた。
「ではこれで、子供たちによる演奏は終わりです。改めて、出演者たちに拍手を送ってやってください。この後は大人たちによる退屈なジャズです。ちょうどいいタイミングでパエリアとケーキも運ばれて来ました。どうぞご遠慮なく、ジャズは聴き飛ばして、お食事に戻ってください」
キジローのMCは笑いと拍手で終わった。観客たちはみな再び食べ物に向かった。
紀野は賑やかなパーティーの空気に中ったようでクラクラして来たので、中庭に出て喫煙コーナーでタバコを吹かして一息ついていた。そこにコーヒーカップを2つ持って、きさが現れた。
「こんなところに……タバコ、煙たくないですか?」
「喫煙がこんなに厳しく言われ出したのは、ここ10年か20年のことだ。日本では500年みんな喫ってたんだ。気にするな。タバコの煙をシェアするのは友愛の儀式だ」
「……コーヒー、ありがとうございます」
「授業参観、お疲れ様」
中庭のベンチに座って2人でコーヒーを飲んだ。
「豊の友人たち、いい子ばかりだろう?」
「ええ……友達に囲まれて、笑ってて……ちょっと安心しました」
「でも、あの中で豊の“元の”保護者のことを覚えていて、豊の“変化”の姿を知っているのは数人だ。後の人間は、豊の元の姿さえ忘れてる。豊は……秘密を抱えて、ああして笑っているんだよ」
きさは乾杯の要領で、自分のコーヒーのカップを紀野のカップにぶつけた。
「だから、あんたの存在は重要だ。紀野さん、頑張れよ」
「はあ……僕は何とも頼りない保護者で……豊くんにも里菜くんにも、逆に面倒見てもらってる有様なんですが……」
きさはクツクツ笑った。
「いいさ。何かの面倒を見るってのは、けっこう有効なセラピーらしいからな。あんたはそれでいいんだと思うよ」
「はあ。何だか面目ない……」
「とりあえず、豊は時々住吉神社に立ち寄って、昼寝したり、おやつ食べたりしていってくれる。自分のことは何もしゃべらないけどな。それは有り難いことだ。豊の信頼を裏切らないようにしないと」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく」
一方、紀野の預かり知らぬところだが、中庭に続くペンションのガラス戸には、住吉神社の小学生コンビを筆頭に人だかりが出来ていた。
「鏡ちゃんにボーイフレンドが出来た!」
「紀野さんについに遅い春が?!」
「きささんは、あんなヤツにはもったいない! けしからん!」
「何歳差カップル?」
こうしてクリスマスイブの夜は更けてゆくのであった。
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