地球はダンから一番近い居住可能な惑星だ。実際、簡単な栽培や土器などの文明を持つ人類が集落を作っていること、間氷期で温暖な気候で採取狩猟生活でも食糧に困ることが無さそうだということまで、調査済らしい。なのに調査船が帰って来ない。調査船の乗組員は風読みと星読みで構成されていた。
「彼らの無事がずっと知りたかったの」
ミルテが言った。彼女の子供が3人、地球行きの船に乗せられたそうだ。
私たちはリーリャの水槽のある部屋で話していた。ミルテが2人の診察をするので、ついて来たのだ。
「私は司の力が無かったから。夫は早く亡くなったけど、それでもしばらく家族で暮らすことが出来た。でも娘は夢を読むことが出来て、それで……寺院に送られてしまった。息子たちは力が無くて……薬師の村で一緒に育てることが出来たのに、結局……連れて行かれてしまった」
私は何と言っていいかわからなかった。結局ミルテは家族をみんな失って、塔に来たそうだ。星読みの王様は、征服者の傀儡政権で国民を守ってくれなかった。征服者の求めるままに、預言者や奴隷を供給するためだけに、国民を支配していたのだ。
「力が無くて? 家族で暮らせた? 力があるとどうなるんですか?」
私の質問にミルテは苦しそうに顔を歪めた。
「星読みの司は家族を持つと、ビジョンが偏ると言われて……実際、星読みは自分自身や身近な人間の予知をすることが出来ない。それで……“神”に嫁ぐ儀式が行われるの」
「神?」
「仮りそめの神。花嫁は目隠しされ、神の顔を見ることは許されない。口も塞がれ、神と話すことは許されない。手足は縛られ、神に触れることは許されない」
背筋がぞわっと寒くなった。
「“神”は役目が終わると処刑される」
ミルテは淡々と話す。水槽の明かりにぼうっと照らされて、その顔は不気味に揺れて見えた。
「あの王になってからなの、こんな醜悪な儀式を始めたのは。征服者にゴマをすって、高品質な巫女を作るためなどと言って……死刑囚を“神”に仕立てて、司になった娘を襲わせる。そんな目に遭い続ける娘が、征服者に都合のいい予知なんて出来るはず無いじゃないの。呪いだわ。こんな星、壊れて当然よ」
ミルテの声がだんだん大きくなって来る。私は怖ろしくてたまらない。
「あの王になってから、いったい何人の司が何度儀式を受けたことか。私の娘も……。滅びの予言が1000年前からわかっていて、回避出来ない。破滅に突き進む。この星の最期は、司たちが招いた未来。星と一緒に心中して……」
「ミルテ!」
いつの間にか、部屋にオリが来ていた。ミルテの肩にそっと手をかけた。
「お願いだ。この子にそんな話、聞かせないでやってくれ」
オリは水槽の中の子供を指差した。
「ごめんなさい、私……。ミヤコ、こんな話、ごめんなさいね」
「いいえ」
「ミルテ。この子は、これから生まれて来るんだ。この子は絶望してない。この子も一緒に、地球に行くんだ」
「地球へ……」
「きっと地球で、ミルテの子供たちと会えるよ」
「……本当にそう思う?」
「ミヤコが証拠だ」
「私?」
急に自分の名前が出て来て私はびっくりした。
「ミギワが、ミヤコは星読みの影だって言ってたろう?」
「星読みの影?」
「星読みの見た予知夢のビジョンが、幻影で現れることがあるんだ」
竜宮は誰かの見ているビジョンなのだろうか?
「遠い星から来た、未来にいるはずのミヤコのビジョンを俺達が見られるのは、ミヤコのいた時空に星読みがいたって証拠だ。調査船は確かに地球に着いて、星読みは無事に地球に下りた。だから俺達も地球に行く。ミルテはきっと子供たちと会える」
ミルテの頬にすうっと涙が流れた。
「ずっと……もう、あきらめようと思ってた。船が無事着いたとしても……先住民に殺されたか、何か病気を伝染されたかして……全滅してしまったんだろうって」
オリの言葉はあまりに楽天的に過ぎる気もしたが、信じたらそうなるような気もした。ここが竜宮に連なる世界なら。呪えば星と心中。信じればみなで新天地。
そうだ。だって私には信じるに足る根拠がある。私は鷹ちゃんを知ってる。私は未来のオリを知っているのだ。でもそれをどう説明すればいい? 私が鷹ちゃんに会ったのは2歳の時。その時、鷹ちゃんは13歳だったはず。オリは地球人で言うと16、7歳くらいに見える。転送して時間を超える時、年令が変化したりするのだろうか。
「あのね、オリ。オリは私の頭の中のイメージ、見えるんでしょう? 見て欲しいものがあるの。私、オリに似た人を探しに来たって言ったでしょう? その人、やっぱりオリだと思う。あなたが地球に来て、そこで私と会ったんだと思うの」
オリは私の手を取って、30秒ほど私の顔をじっと凝視していた。
「……確かに似てる。他人の空似にしては似過ぎてて気味悪いぐらいだ。でも自分て気がしないなあ」
私はがっかりしてしまった。
「他にもここで探したい人がいるの。ミオという女の人とその人の赤ちゃん。私、リーリャさんとこの子が眠り続けていることと、きっと関係があると思う」
「リーリャと?」
「リーリャさんは、なぜずっと眠り続けているの?」
オリとミルテは顔を見合わせた。
「リーリャは星読みの司だったんだ」
「つまり……リーリャも儀式を受けて受胎したの」
また背筋がぞわっとした。何度聴いても酷い話だ。
「リーリャにはこの子の上にもうひとり娘がいるの。ケレスと言って……並外れて強い予知能力があったの。司を統べる司祭長になったので儀式を免除されたのだけど……総統の乗った船に預言者として乗せられたの」
「この子を生むのに陣痛で苦しんでいる時に、リーリャにビジョンが訪れた。それが……総統の船が空中分解するというものだった」
「リーリャは絶望したんだと思うわ。こんな世界にもう子供を送り出したくないと思ったのかも」
ミルテはまだ涙に濡れた目で、そう付け加えた。子供を地球に送られたミルテには、リーリャの気持ちはわかり過ぎるほどわかるのだろう。
「リーリャは絶望したかもしれないけど、この子はまだまっさらなんだ。この子にはこの子の未来があるはずだ。とにかく水槽から出て来てくれないと、一緒に地球に行けない」
オリはこの子が生まれてこの塔に運び込まれた時から、ずっと見守り続けて来たらしい。テレパシーで話しかけて明るい夢を送っては、“生まれておいでよ”と誘って来たそうだ。そうしてダンの時間で1年半。地球の公転周期で換算するともうすぐ7年。そうしている間にも次々と移民船は飛び立ってゆき、ダンは空っぽになった。
「ミオさんはね、異能のせいで赤ちゃんを生むことを反対されて、逃げて逃げて……最後には赤ちゃんの父親にも否定されて……今にも生まれようとしていた赤ちゃんを抱え込んで、異相に逃げてしまったの」
水槽の中の子供がゆらりと揺れた。私の話を聞いているようだ。
「ミオさんは赤ちゃんを守りたかったんだと思う。でも異相で生きてゆくわけにはいかないわ。帰らなくちゃ。私……ミオさんにあきらめて欲しくない。地球はいろいろ問題もあるけど、でも私、地球が好きなの。自然や、生き物や、風景や……それにやっぱり人間も好き……なんだと思う。ミオさんの赤ちゃんに地球の風景を見てもらいたい」
そうだ。私はあきらめたくない。この子も、ミオさんの赤ちゃんも。
「一緒に地球に行きましょう」
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