白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

もろびとこぞりて (その4)

2024年12月23日 14時24分26秒 | 星の杜観察日記
 授業参観のクリスマスパーティーから5日。明け方まで論文を書いていて、午後まで寝ていた紀野が寝ぼけ眼でスマホを見ると、着信が入っていた。83歳の金髪美女からだ。
“おでんを喰いに来ないか? 17時に銀を迎えにやる”

 果たして17時に、豊と里菜に案内されて、むさ苦しい紀野のアパートに住吉神社の惣領息子が現れた。
「有り難いけど……おでん?」
「お節の準備で忙しいから他の料理作りたくないって、毎年年末のこの時期は、おでん、湯豆腐、鍋なんです。今夜はおでんナイト。善美と弘平は午前中から神社に来て大掃除を手伝ってくれてたんで、おでんをご馳走するんです」
「僕は何も手伝ってないのにご馳走になっていいのかな?」
「いえ、手伝っていただくので大丈夫です」
「手伝い? 何を?」
「村主さんに、必ず豊と里菜さんと3人セットで連れて来てって言われたんです。何かの実験? みたいです」
「へえー、何だろう」
 紀野は首をかしげながら、ジャケットといつものヨレヨレのトレンチコートを着込んだ。

 外は雪だった。古都に降り積もる雪は独特の味わいがある。
「弘平と善美の家にそれぞれ寄ってから来てくれと言われたので」
 商店街を経由して、参道沿いに神社に向かうことになった。弘平くんの家は肉屋で、銀ちゃんが顔を出すと“いつもすみませんねえ”と大量のコロッケと唐揚げを持たされた。善美くんの家は八百屋で、“肉ばっかりじゃダメだ。あいつらにも野菜喰わせといてやって”と綺麗なキャベツと温室育ちのトマトをこれまたどっさり渡された。
 里菜が正面の大鳥居をくぐろうとすると、銀ちゃんが呼び止めた。
「待って。今日は北門から上がって来てって言われてるんだ」
「北門?」
「猫いっぱいいるとこだよ」
と豊が解説する。神社の丘陵の麓をぐるりと巡る散歩道は、雪が積もっていて美しかった。
「こんなとこにも鳥居があるって知らなかったわ」
 里菜が言うと、今度は銀ちゃんが解説した。
「この先に車道があって、みんなたいてい車で上がっちゃうから、この石段は裏道って感じなんだよね。森の中を通ってて薄暗いし、あんまり人は使ってないかも」

 一同が北の鳥居に着くと、神主姿のキジローとサクヤが待っていた。
「いらっしゃい。寒かったでしょう」
「滑るかもしれないから、石段気をつけて上がってください。暗いから懐中電灯使ってください」
 1人に1本ずつ懐中電灯が配られた。上がり始めるとすぐ、石段の両側から次々と、猫やニワトリが現れた。猫は豊と顔見知りらしく、足元に身体を擦り付けて挨拶してゆく。ニワトリの一群は、まるで一同を見張っているかのように、つかず離れずついて来る。
 杉の木の影から急に大きな雄鹿がぬっと出て来たので、紀野は思わずうわっと声を上げてしまった。奈良なら鹿は珍しくない。でもこの辺りの町中に出没するとは知らなかった。雄鹿はセキュリティチェックをするように、順番に紀野、里菜、豊の匂いを嗅いで、じっと顔を見つめて来た。
「はいはい、ご苦労さん。この人たちは“大丈夫”や。顔覚えたやろ? 次からはフリーパスで通したってや」
 キジローが雄鹿の肩をポンポンと叩くと、納得したのか首をぶるんと一振りして木の下闇に消えて行った。
「ここの守衛さんて感じですね」と紀野がコメントした。
「ニワトリと猫とカラスもだよ」
 豊が付け加えた。半分冗談で言ったのに、どうやら真面目な話のようだ。

 暗い石段を足を滑らせながら10分ほど登ったところで、空の見えるところに出た。タイルを敷き詰めてちょっとした広場になっており、広場の奥に鳥居が立っていた。広場にカンテラを2つ灯して、パーティーでグラスハープを演奏していた小学生3人組と、瑠那と村主が待っていた。
 下から石段を上がって来た4人が広場に足を踏み入れた途端、広場を囲む杉の木立から一斉にカラスが飛び立った。ああ、ああ、ああ、と鳴きながら広場の周りを数百羽はいるかと思われるカラスが、木から木へと飛び交っている。
「はいはい。早く上がっちゃって。カラスの糞を浴びたくないでしょ。ここを閉じちゃうから」
 瑠那がオガタマノキの緑の枝をくるくる回した。全員が広場に揃ったところで、広場の一角の笹薮の根元にその枝を刺した。小学生たちがその一角の側に立ててある黒い三角の石の前に、三方に盛った塩や米、スルメ、酒などをお供えした。キジローが紙垂を振り、サクヤが鈴を鳴らした。
 銀ちゃんが肩からかけたトートバッグから笛を取り出すと、幽玄な調べを吹き始めた。
「えっ、何が始まるの?」
 里菜は少し怯えて周囲を見回した。相変わらず頭上では大量のカラスが飛び交っているが、先ほどより少し、声が小さくなったように聞こえる。
「タラちゃんに挨拶するんだよ」
「びっくりさせたら悪いから、ちゃんと説明しておかないと」
「……タラちゃんの前に、人間にもちゃんと説明しておかないと、びっくりするでしょ……」
 小学生たちが口々に言う。
「どういうことだい?」
 紀野が村主に尋ねた。
「そこの石に眠ってる“モノ”がいるんらしいんです」
 代わりにキジローが説明した。
「眠りながら、この山を守ってくれてはるらしいんにゃけど、“変わったもの”が来ると驚いて暴れはるかもしらんくて」
 サクヤが付け加えた。
「変わったものって、我々のことかい?」
 紀野が尋ねると、村主がニヤッとした。
「お前ら3人揃って“ロイヤルストレートフラッシュ”だからな」
「???」
 3人が頭に疑問符を付けていると、小学生が声を上げた。

「始まった!」
「しっ」
「ここに立ってていいの? 溺れない?」

 黒い石の周囲が揺らめいて見えた。カンテラの灯りに照らされて、それは水の流れのように見えた。石からコポコポと湧き出し、広場の四隅まで水が拡がった。見えない壁があるように、広場を底辺に水の四角柱がどんどん高さを増してゆく。水は青く微かに燐光を放っているように見えた。あっという間に全員、水の柱の中に閉じ込められた。
「へえー、冷たくないね。なんか温かい」
「ホタルみたいに光ってる。綺麗」
「息出来るんですねえ」
 小学生たちははしゃいでいる。かなり特殊な状況のはずだが、誰もパニックにならず落ち着いて面白がっているのが、かえって異常な感じがする。里菜は思わず豊の手を握った。
 鳥居の天辺を少し越したところで、水の柱の上面は上るのを止めた。
「あ、こっちを見てはるよ」
 サクヤの言葉通り、水の柱の内部、一番高いところに2つ、光の球が揺らめいていた。
「お客さんが来てます。友人ですのでよろしくお願いします」
 キジローが目に向かって呼び掛けた。小学生たちは、目の方にひらひら手を振り出したので、紀野たちもマネして手を振ってみた。目しかないのに、水の柱の上部が揺らいで、何だか頷いたように見えた。
 笛の音が止んだと同時に2つの光の球が消えた。少しずつ水の柱が低くなっていき、最後はすべて黒い石に吸収された。瑠那が広場の四隅を回って、地面に刺していた4本の緑の枝を回収した。一同、黒い石に向かって柏手を打って一礼した。

「お疲れ様。雪がひどくならないうちに母屋まで上がりましょう」
 キジローが一同に声をかけた。
「なんか温泉に入ってるみたいだったねえ〜。水から出たら寒い」
「地下水は一年中同じ温度だと言いますからねえ。夏に浸かると涼しいのかもしれませんね」
「都ちゃんはあの柱に“登れる”んでしょ? 私もやってみたい」
「もう少し仲良しになるまで待ちなさい。いくらなんでも、初対面でのぼらせてかくれないでしょ」
「え、ケチー」
 口々に今の体験の感想を言いながら、カンテラと懐中電灯で夜道を照らしながら石段の天辺まで上がった。境内には電灯が灯っていて明るいので、里菜はちょっとほっとした。ここは“生活”の場だ。さっきまで異世界に行ってるみたいだった。
 母屋に入る前に紀野は村主の袖を引いて捕まえた。
「ちょっと待った。ロイヤルストレートフラッシュってどういう意味だ?」
「だからさ、お前ら3人、お前が金、ボウズが木と水、嬢ちゃんが土と火で、五行まかなえるんだよ」
「あ」
「ボウズの中身はここでは顔馴染みだが、嬢ちゃんはちょっとどえらいもん隠してるしな。天変地異起こす前に、面通ししてもらったわけだ」
「ふうむ」
 紀野は感心した。話の内容よりも村主がここでの生活にすっかり馴染んでいる様子にだ。何だか表情も以前より柔らかく見える気がする。

「お腹すいたでしょう。おでんが大鍋3つ、炊けてますから」
「いつも取り合いになるから、鍋ひとつは丸ごと大根と卵にしたんよ」
「コロッケと唐揚げも大量にあるし」

 母屋ではハンドベルと善戦していた大柄の男子高校生がジリジリしながら待っていた。
「腹減ったー。何しとったん」
「キャベツ寄越せ。角切りでいいやろ」
 食堂にはガスコンロ3つにそれぞれ大鍋がクツクツ煮えていた。
「寒かったでしょ。早く手を洗ってらっしゃい」
 大人数で食卓を囲む。クリスマスパーティーの時もそうだったが、賑やかな雰囲気に紀野はまた軽く目眩がしていた。
「タタラに会えたか?」
 きさが紀野に声をかけた。
「あ、あれ、タタラと言うんですね。ああいう存在にしてはずいぶん友好的でびっくりしましたよ」
「あいつもここに来て長いからな」
「鹿もニワトリも、こちらの言うことわかってるようですね」
「それは別に珍しくないだろ? そら、席につけ。この間も思ったが、お前、いつも“寒そう”な顔しているな。たっぷり喰っていけ」

「あー、また仲良くしてる」
「鏡ちゃん、紀野さんにかまい過ぎ。その人もいい大人なんだから」
 2人が話していると、口々に茶々が入った。 
「食べよ食べよ」
「もち巾着欲しい人」
「唐揚げこっちに回して」
 
 大人数の食卓の迫力に押され気味になりつつ、紀野はだいぶん健闘した。
 僕が金。豊くんは木と水。里菜さんが土と火。2つのスピリッツを抱く未成年を2人も抱えてしまって、ちゃんと面倒見られるんだろうか。紀野が考え込んで箸が止まると、すかさず左右から器に食べ物を盛られる。
「ご飯お替りいかがですか?」
「足りなかったらお魚でも焼きましょうか?」
「漬物も食べてください」
「キンピラゴボウもありますよ」
「ほら、肉も喰え」
 これは何の競技だろうか。里菜くんも周囲に勧められて、いつもよりたくさん食べている。
 食卓の魔法。ここはエネルギーに満ちている。確かにこれは僕には足りない成分かもしれないな。豊くんと里菜くんが、ここで栄養補給させてもらえるのは有り難い。それにしても急に周囲が賑やかになったな。やれやれ。紀野は溜息をついた。
 この先どうなるか、まださっぱり見通し立たないが、明るい部屋にいて温かいもの食べてるだけで、ちょっとだけ楽天的な気分になれる気がする。子供がたくさん食べているのを見るのはいいものだな。こんなのは年寄り臭い感傷だろうか。やれやれ。
 紀野はまた溜息をついて、キジローに勧められた巨大な稲荷寿司にかぶりついた。


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