白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

もろびとこぞりて (その1)

2024年12月19日 00時23分23秒 | 星の杜観察日記
 クリスマスをあと3日に控えた日曜日、競馬場はバラエティーに富んだ服装の人々で賑わっていた。まずは普通にカジュアルな冬服の人々。ダウンジャケットやウールのコート、マフラーやニットキャップなどで防寒している。その他にいかにも競馬オヤジな面々ももちろん多い。コーデュロイやツイードのジャケットでおめかししていたり、ジャージやナイロン素材の作業服だったりするが、特筆すべきは帽子の着用率である。パンチングや何かのロゴの入ったキャップなど。ギャンブルで身を持ち崩したような身なりの悪い人間は実はほとんどいない。一方、初めて競馬場に来た人が驚くのは、意外なフォーマル着用率の高さである。まあ、そんな格好をしているのはたいてい“関係者”である。競馬会の役員や馬主、調教師など。その他、イベントを賑やかすためのマスコットやゆるキャラの着ぐるみや、キャンペーンガールらしいコスチュームの美女もいる。
 だからどんな服装でもありの競馬場なのだが、その中でもその人物の装いと外見は一際華やかで人々の目を引いていた。仕立ての良い身体の線にぴったり合った真っ白なジャケットと膝上のプリーツスカートのスーツ。ジャケットのカラーとスカートの裾周りにネイビーブルーのサテンのテープがぐるりと巡らしてある。黒いロングブーツと黒い手袋が全身のファッションを引き締めている。艷やかな長い金髪は斜めに編み込みしてサイドテールにしている。そして髪を垂らしているのと反対側の側頭部に真っ白な鳥の羽とサテンのブルーのリボンをあしらった白いファシネーターをつけていた。
 最初、紀野はそのファシネーターに目を引かれた。英国やパリの競馬場でなら珍しくないが、ここは日本だ。そして服装が白とネイビーなのに、その女性の印象がなぜか“赤い”ことに興味を引かれてしばらく観察した。驚いたことにその女性は虹彩が朱いのだ。アルビノで目が朱い人物を何人か知っているが、それとは色合いが違う。猛禽やサギのような目だ。見事な金髪だが脱色したようには見えない。顔立ちや肌の色が白人という気がしないが、日本人にも見えない。というより“人間”に見えない。
 あまりぶしつけにジロジロ見てしまっただろうか。その女性は電光掲示板を見ていた視線をくるっと翻して、紀野をじっと見つめた。綺麗な鳥みたいだな。しばらく見惚れてしまって、ややあって自分の視線がかなり失礼だったと気づいた。謝罪するにしても、何語で話しかけるべきだろうか。とりあえず英語? いや、外見は日本人離れしているが、佇まいは“外国人”ではない。自分などよりよほどこの場に馴染んで見える。しかし何か失礼な視線の言い訳をしなければならない。
「失敬。お嬢さん。でも未成年は馬券買えないんですよ?」
「ご親切にどうも」
 その女性はニヤリ、と形容したくなるような、いささか女性らしくない笑みを見せた。
「ご心配有り難いが、私は成人だ。当年とって83歳」
 紀野は一瞬聞き間違えたか、からかわれたかと思った。しかし女性の瞳を一瞬過った寂しげな表情を見落とさなかった。83歳? どう見ても20歳前後、均整のとれた端正な顔は幼くさえ見えて、高校生といっても通用しそうだ。
 どう返答するのが一番失礼がないだろう、と紀野が逡巡していると、細身の青年が駆け寄って来て女性に声をかけた。
「きささん! おひとりですか? 織居さんや谷地田さんは?」
 その青年も一際人目を引く端正な顔に、洗練された身なりをしていた。チャコールグレーのスーツに青灰色のカシミヤのコート、純白のカシミヤマフラー、黒のラムスキンのグローブに身を包んでいる。青年は女性を守る体で、紀野と女性の間に割って入ったが、すぐ人懐こい笑顔で笑い出した。
「紀野さんじゃないですか。失礼。きささんが不逞な輩に因縁つけられてるのかと」
「怜吏くん!」
「れーくん、知り合いか」
「はい。ちょっと妙なご縁で」
「君に競馬の趣味があるとは知らなかったよ」
「僕の馬が走るんですよ。3番人気のヤチダアリエス。僕が取り上げた子なんです」
 御曹司に乗馬の趣味があるのは何かの折に聞いていたが、馬のオーナーになるほどとは知らなかった。
「ご紹介しましょう。こちらは南部きささん。僕の馬の元々の持ち主です。代々神馬を祀ってらっしゃる社家の方なんです。そしてこちらは紀野秀久さん。えーと、ご職業は何でしたっけ。研究者?」
「魔法使い」
 朱い目の女性が言い当てた。
「同業者がうちにいるぞ。どうせ知り合いだろう」
「同業者?」
 青年がキョトンとした顔をした。
「カシスだ」
「ああ、確かに」
 青年がポンと片方の手のひらにもう片方のこぶしを当てた。
「きささん、鋭い。それにしても今日は一段とお綺麗ですね。紫さんのお見立てですか?」
「ゆかちゃんがアスコットでは女性はみんなこんな服装だと言うから」
「お似合いですよ。口取りの時は僕と一緒に出てくださいね」
 青年は女性に微笑みかけた後、視線を紀野に転じた。
「それに引き換え……紀野さん、そのトレンチコート、もはや第2の皮膚ですね。世界中、家でも山でも砂漠でもその服装でしょう」
「僕は馬券買いに来ただけなんだから、何でもいいんだよ」
「せっかくだから僕の馬、買ってくださいよ。皐月賞の後故障して夏の間厩舎で休んでたんで、穴馬扱いですから当たれば大きいですよ」
「穴馬扱いの割に人気が高いんだね」
「神馬の血統ですからね。菊花賞では惜しくも2位でしたが、今日はやりますよ」

 青年の予言通り、ヤチダアリエスは優勝して5億の賞金をものにした。馬主に配当される分はすべて厩舎に投資するつもりらしい。表彰式で白いスーツの女性が青年と並んでカメラのフラッシュを浴びていた。他人事ながら紀野は心配になった。83歳というのが本当なら。こんな風に注目されて大丈夫なのだろうか。

 表彰式の後で、紀野は青年に声をかけられた。
「クリスマスイブにヤチダファームで祝勝会、というか身内のパーティーをやるんです。紀野さんもいらっしゃいませんか。冬休みだし、豊くんも誘う予定なんですが」
 朱い目の女性がきょとっと首をかしげた。
「豊とも知り合いなのか?」
「ああ。紀野さんは、豊くんの“今の”保護者なんですよ」
 青年の言葉に、女性は改めて紀野をじっと見つめた。
「そうか……なるほど。それは……改めてよろしく。私は……豊の“元の”保護者と昔馴染みで……つまりまあ、豊のことを“うちの子”だと思っているもので」
 女性の瞳に湛えた表情が、またとても寂しそうだったのが紀野の気にかかった。豊の“元の”保護者のことは豊から切れ切れに聞いていた。状況や事情は説明されたが、人となりなどは話してくれなかった。
「豊の高校の友人たちも招待するつもりだ。“授業参観”だと思って、ぜひパーティーに来てくれ」
 やれやれ。授業参観なら保護者の義務だな。パーティーのような騒がしくて晴れやかな行事は全般的に苦手だが、そうとばかりも言っていられない。クリスマスなんてものに自分は無縁だと思っていたが、紀野はパーティーに行く気になった。 
「身内の集まりだ。盛装の必要はない。普段着で気楽に来てくれ」
 やれやれ。初対面の朱い目の美女に、すでにこちらの暮らしぶりが把握されている。紀野は肩をすくめた。 
 

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« STOP! 桜さん! (その8) | トップ | もろびとこぞりて (その2) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿