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白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

月夜のピアノ・マン (その10)

2024年10月28日 19時57分06秒 | 星の杜観察日記
 光さんが翌日、神馬の馬運車と一緒に戻ると言うので、サクヤさんの運転で、都ちゃん、鷹史さんと住吉に帰って来た。明日は夏祭り。学校の友達がたくさん神社に来る。提灯飾りの用意は先週から始まっているし、宵宮の露店は今夜から営業する。

(都と瑠那、夕方まで時間ある?)
「ありますよ」
「あるけど何?」
「お祖父さんが、神社に来る人増えるから、庭を一通り、裏まで見て回ってって」
 花盛りの夏の庭のパトロール。都ちゃんと一緒に。楽しい仕事だ。
「でもサクヤさん、今日は馬にも乗ったし、疲れてない? 大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。ファームに行くと、私、元気になるんよ。お医者さんも、お腹が重くなる前はたくさん運動していい、言うてはったし」
 妊婦の適切な運動に、乗馬トレッキングや山歩きは入るだろうか。
(無理しないこと。具合悪そうならすぐ母屋で休ませるからね?)
「鷹ちゃんまでイケズ言わんといて。せっかく久しぶりに都ちゃん来たのに。一緒に庭、見たいやないの」
 乗馬スボンにスウェットシャツのサクヤさんは、着物姿の時よりかなり活発、というかお転婆だった。この人、こんな和風のおうちに生まれなかったら、バスケの選手とかになってたかも。
 
 桂月庵の駐車場に車を入れて、庵に声をかけると咲さんと葵さん、希さんが顔を出した。
「運ぶものがたくさんあるの。手伝って」
 運ぶもの?
 桂月庵の台所に焼き菓子の甘い匂いが満ちていた。
「白いティーセット、3組でいいんだよな?」
 トレイに茶器を載せて、のん太が母屋からカチャカチャ運んで来た。
「ティーポットも持って来てくれた? 良かった。人数多いから、ポットひとつじゃ足りないと思って。のんちゃん、ありがとう」
 葵さんに御礼言われて、デレデレしている。のん太、あんた、何やってんの。
 葵さん愛用の、木苺模様のティーセットの出番らしい。5客しかないから足りない分は白いセットだ。
「桂月庵でお茶会ですか?
「ううん。せっかく都ちゃんもいるんだからお外でティーパーティーしましょう」
 葵さんがはしゃいでいる。草の上に敷物でも敷くのかな?と思っていたら、桂月庵の裏手の蔓バラのパーゴラの横に、敷石をモザイク模様に敷き詰めたパティオが出来ていた。そして白い錬鉄の唐草模様のテーブルが3つに椅子が9つ。
「都ちゃんが来るまでに、ここを作ってしまおうって、お父さん、張り切っていたのよ?」
 葵さんに耳打ちされた。光さん、今回の夏祭り、張り切り過ぎじゃないか。ジャズバンドに新しいスタジオに、神馬にパティオ。
 テーブルに茶器を並べて、お茶の準備を手伝っていると、サクヤさんと都ちゃんに手招きされた。パティオの奥、母屋と桂月庵の間の野菜畑のスペースに、明るい黄色の石の塀と、石積みが出来ていた。
「お祖父様がね、ここのコーナー、瑠那に任せるって。ロックガーデンとハーブガーデン」
 サクヤさんの言葉に、私の心の猫耳と猫シッポがピンと立ってしまった。ロックガーデンにハーブガーデン!
「都ちゃんに相談してね、どんな庭なら瑠那が喜ぶかなって、咲さんとかみんなで写真集とか集めてデザインしたんよ?」
 何それ、うれし過ぎる。ローズマリーで生け垣作って、ジャニパーやネズのブッシュ、ラベンダーはもちろんたくさん植えて、カモミール、レモングラス、お料理に使えるようなディルにチャイブ。ロックガーデンには、咲さんのイングリッシュガーデンと馴染むような草丈の短い花をいろいろ植えたい。
「都ちゃん! ありがとう! 咲さんも! サクヤさんも、葵さんも、希さんもありがとう!」
「おいおい。光さん手伝って、パティオとかロックガーデンの石積んだの、俺と鷹史だぜ?」
「のん太も鷹史さんも、ありがとう! めちゃくちゃうれしいです!」
(都のアイデア、大当たりだな。瑠那は庭を一番喜ぶだろうって)
 すごい、すごい。私の庭。私が好きに作っていい庭。施設でも勝手に花壇作ったりしてたけど、でもこんな風な絵本に出て来るような庭、憧れだった。光さん、ありがとう!
 パティオで、アップルパイとダージリンのお茶会をしながら、私はぽわーんとしていた。住吉に来て、毎日クリスマスみたいに、お洋服や本やCDをもらっていたけど、馬に乗ったり、いろんな新しい体験して来たけど、なんか一番うれしい。私の庭。私の好きな花。
 お茶会を片付けた後、みんなで東側の東屋と水辺のコーナーに歩きに行った。ご近所さんにも人気の散歩コースだ。迷子になる人もいるので、案内板など整備している。木道を設置した湿地園の奥に、円柱型の木材で円弧を作って土を入れた、和風の庭園が出来ていた。
「都、ここ、光さんが、あなたの好きなもの植えていいって、作ってくださったんよ」
 希さんが案内した。
「ほら、こうして区切ってあるから、いろんな種類、植えられるやろ。ホタルが好きな花、山から持って来たりするやん。そういう株をここで養生して増やして欲しいって」
 都ちゃんとホタルが作る庭園。素敵だ。
「良かったなあ。また、この庭に帰って来られて」
 都ちゃんは声が出て来ないようだった。10年ぶりの住吉の杜。もともと植物の多いここの庭が好きだったけど、ますます好きになってしまった。これからは私や都ちゃんも庭作りに加担出来るのだ。
「雑木林も、あなた達が散歩しやすいように、遊歩道を作るって言ってたわよ、光さん。なんだか、あなた達が来て、この庭も息を吹き返したみたいね」
 咲さんがにっこりした。うれしい。私たちの庭だ。私は何と言っていいかわからなくて、都ちゃんの両手を取って、ぎゅうっと握った。都ちゃんもぎゅうっと握り返してくれた。すごい。来年はもっとこの庭が好きになる。
「俺たち、いろいろ借り出されそうだな」
 のん太がボヤくと、鷹史さんが背中をドンと叩いた。
(労働も下宿代のうちやろ、居候)
 のん太は中学生の時から、食費だけで住吉に居候しているらしい。
「そういうお前は、婿養子」
 のん太が、鷹史さんの背中をドンと叩き返した。一同がどっと笑った。あれ、そう言えば私、鷹史さんの言葉、聴こえてる。いつから聞こえるようになったんだっけ?

 翌日、光さんが神馬2頭と、羊を1頭、仔ヤギを2頭連れて、谷地田ファームの峡一郎さんとソーセージ工房のお兄さん2人、どやどやと賑やかに帰って来た。境内に馬場を作って、神馬をお目見えするコーナーと別に、ファームの動物ふれあいコーナーを作るらしい。それにファーム名物のソーセージやハムの露店。
 お祭りのイベントと並行して、夏越のお祓いや、茅輪くぐりなど神社の行事も目白押し。鷹史さんとサクヤさんは真っ白の狩衣姿で活躍していた。2人の周りにはカメラマンとカメラもった女子たちが群がっていた。やれやれ。
 私の本番は夕方からだ。早めの夕食を摂って、さっとシャワーを浴びて、縫い上げた浴衣を着た。クラスメイト達も三々五々集まって来た。お揃いの浴衣のメンバーだけじゃなく、お祖母さんの浴衣とか子供の頃の浴衣を伸ばしたとか、みな思い思いに楽しんでいる。咲さんが都ちゃんの浴衣もサプライズで縫っていた。深い藍色に白で向日葵の大きな花を描いた生地。それにオレンジの博多帯。くるくる巻き毛の髪をアップした都ちゃんにとても似合っている。
 二の蔵のスタジオも、ライトアップして準備万端。サクヤさんもきーちゃんも、光さんも山元さんも、浴衣に着替えてステージでリハーサルしている。私の出番は一曲め。うまく声が出るだろうか。
 葵さんも、咲さんも、希さんも浴衣を着ている。みんな似合ってる。のん太もちゃっかり、咲さんに浴衣を着せてもらって、葵さんと写真撮ったりしている。あんた、何やってんの。
 私、このうちに来て、良かったな。たくさん、いろんなものもらったけど、でももらうだけじゃなくて、これからは私も何か返せるようになりたい。お花植えたり、歌歌ったり、これから生まれる赤ちゃんの世話したり。ピアノの忌明けだって、きーちゃん言ってた。これまで悲しいことたくさんあったかもしれないけど、これからのこの杜の時間に、私がいられるのがうれしい。きっと私にも出来ることがある。

 輝く星に心の夢を
 祈ればいつか叶うでしょう

 きらきら星は不思議な力
 あなたの夢を満たすでしょう






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