白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

3.家なき子たち

2009年08月10日 14時43分57秒 | 神隠しの惑星
F.D.(銀河連邦紀元)2524年   ヴァルハラ星系第七惑星 イドラ


 地平線が不自然に明るい薄緑に輝いていた。嵐の兆候だ。急がなければ。
 ジンは砂埃で見通しの悪い通りから、さらにうす暗い路地に入った。緊張で口が渇く。何度、通っても慣れないものだ。連邦警察法の通用しない辺境にあって、さらにこの惑星はとびきりの無法地帯だ。頻発する磁気嵐のために宇宙船が発着できるのは月に10日もない。結局、この星に集まるのは腕利きのゴロつきばかり。宙港に近いこの盛り場は、そいつらの溜まり場なのだ。

 背後に気をつけながら小路を3つほど抜けて、”ロンの店”の黄色いランタンを見つけた時、ジンはほうっと息をひとつ吐いた。
 ドアを押すと、カロカロと木のベルが鳴った。
「へえ、らっしゃ……や、ドクター、ご苦労さんです」
「荷物、来てるか?」
「へい、これでがしょ?」
 マスターが両手で抱え上げたコンテナをどすんとカウンターに上げた。
「おい、ていねいに扱ってくれよ。精密部品だぜ」
「へいへい、当店はお食事、お泊り、人手の斡旋、ブツの受け渡し、何でもお引き受けしやすがね。まったく毎度どーもでござんすよ」
「ぼやくなよ。礼ははずんでるだろ」
 ジンは銀貨を5枚、カウンターに載せた。マスターは1枚ずつ噛んでみて、ニヤリとした。
「これこれ、本物のベリル合金じゃないとね。ドクターを疑うわけじゃないが、あんたは目利きじゃないからねえ。うちはチェックはお断り。カードも電子マネーもお断り。今のご時世、どーれも役に立ちゃしねえ」
「耳タコだよ。だからこっちも苦労してベリル銀貨を調達してるんだ」
 マスターが気圧計と小さなモニターをひょいと見上げた。
「ドクター。センサーが大分下がってる。急がないと、ここで荒くれもんと一晩過ごすハメになりますぜ」
 マスターは自分の言葉で何かを思い出したらしい。急に神妙な顔をして、ジンの方に身を乗り出した。
「ドクター。ドクターはドクターでやんしょ?」
 ジンは自分が何を聞かれているのかわからなかった。
「ちょっとこいつを見てやっちゃもらえませんか」
 マスターはジンの腕をつかんで、ぐいぐい、二階に引っ張り上げた。
 大分、慣れたがロンに直接触られると怖気づいてしまう。腕に生えた細かいうろこが、ランプに照らされてぬらりと光る。その手のひらは生温かく、長い爪がジンの腕に喰い込んだ。

 ジンは故障したポンプかボイラーでも見せられるのかと思っていた。しかし、そこにいたのは床にうずくまった一人の子供だった。
 悪臭のする湿った毛布にくるまったうす汚れた顔は青白く、半開きの瞳に生気が無い。
「おい、死んでるんじゃないのか?」
 ジンは声を潜めた。
「早晩そうなるでしょう。さっき大きな貨物船が宙港に着いたんで」
「それで?」
「まあ、20人は行儀の悪いヤツがここで寝ることになるでしょう。こいつは自分の身を守る元気もねえし」
 ジンは頭が真っ白になった。とんでもないぞ。死にかけた病気の子供を引き受けるなんて。自分は砂漠のドームに一人暮らしだ。ガキの面倒なんて見られない。
 断れ、断るんだ! と自分に言い聞かせた。
「父ちゃん、マーメイド号のご一行様がお着きだよー」
 階下から少年の声がした。どやどや、ドスン、バタン、と荷を下ろす音もする。
「急がないと嵐が来ますぜ」
 ロンは低い声で迫るように言った。
 ジンは観念した。ワナにはまったような気持ちだ。
「わかった。こいつを引き受けりゃあいいんだろう」

 子供を毛布ごとミニ・ソーサーに運び込んで砂漠をめざした時には、空はほとんど黄色く光っていた。岩山のシルエットを黒々と浮き出して、低空に輝く光の帯が出来ている。その帯の上には暗く、鈍く光る雲の層。

 来るぞ。
 嵐が始まると、一切通信が出来なくなる。ソナーもGPSナビゲーション・システムも効かない。ひどい時は砂塵で視界が5mも無い中を、マニュアルで砂漠の中の一点を見つけるなど考えただけでぞっとする。
 ジンは手早くサクヤにメイルを打って事情を説明した。彼女なら、医者だから何とかしてくれるだろう。いや、果たして医者なのか?
 辺境探査船のパイロットのようなこともしていたようだし、この星では何かかんか育てているようだが。もう20年のつき合いだが、未だにサクヤが何者なのかわからない。そもそもジンがこんな辺境に来るはめになったのも、サクヤに呼ばれたからだった。つまり今のところ自分の雇い主とも言える。とにかく、俺が12でサクヤと会った時、彼女はメディカル・スクールにいたんだから、工学博士の俺が診るよりマシだろう。
 後部席の子供はぴく、とも動かなかった。あと30分、嵐よ来ないでくれ。今、この砂漠の真ん中で立ち往生するハメになったら、この子は本当に死んでしまう。磁気嵐は、数日続くのが通常だった。

 ジンは、成り行きで引き受けた子供を、本気で案じている自分に気がついた。ソーサーに運び込むために抱き上げた時、一瞬、子供の眼が焦点を結んで、ジンの顔をじっと見つめたのだ。その瞳が思いがけず澄んだ深い緑色をたたえていたので、ジンは胸を衝かれた。この子は生きているんだ。薄汚い荷物なんかじゃない。一人の人間なんだ。子供は再び意識を失って、ぐったりとジンに身体を預けた。その軽さにショックを受けて、ジンは図らずも涙ぐみそうになった。待て、俺はそういう本能はなかったはずだぞ。ガキもいないし、ガキの趣味もないし……。

 リンゴン、リンゴンという通話音にジンは我に返った。回線を開くと雑音混じりの声が聞こえてきた。
「ジン、急いで。あと15分も持たないわよ」
「急いでるよ。診てくれるか?」
「治療槽の用意をしてるわ。その子がどこの星系の人間かわからないと、薬液の調合ができないの。外見の特徴は?」
「髪は茶色、眼は緑、黄色がかった肌だが、今は青白い。何箇所か骨折があるみたいだ。意識がないから言葉もわからん。身長は150センチってとこか。体重は40キロないぞ。ガリガリだ」
「わかったわ。一番、適合人種の多いタイプⅢを用意しておくから、一刻も早く、その子を連れてきて」
 話の通りは早くて助かるぜ、とジンは考えた。会った時から、そうだった。通りの良過ぎる奇妙な姉弟。サクヤとエクルー。 いつでも何でもお見通し、という顔をしていた。怖い姐さんだ。

 サクヤのドームに着くのと、磁気嵐が来るのがほとんど同時だった。誘導のマイクの声がジャミングしたと思ったら、生の呼び声が聞こえた。長い黒髪を風に乱して、サクヤはハンガーまで迎えに出ていた。
「こっち。できるだけ、頭を動かさないように」
 毛布でくるんだ子供を治療室に運ぶ。2mばかりの長さのカプセルが口を開いていた。
「服、そのままでいいわ。膿が癒着してるみたい。そっと寝かせて」
 フタが閉じて薬液が満たされるのと同時に、メディカル・スキャンが始まった。
「わ、肋骨が2本折れてる。鎖骨、尺骨も骨折。打撲も上半身が中心みたい。栄養失調もひどいわ。でも、この外傷は最近のものね。リンチにでも遭った?」
 ジンは子供の外傷にも、やせ細った外見にもショックを受けていた。まだ10、11歳ってとこだろうに。治療液の中で漂う肢体は、枯れ枝のようにポキリと折れそうだ。
 スキャンが検出した骨折箇所に少しずつカルシウムが析出してギプスを形成していく。皮膚から吸収されて骨の再形成を助けるタイプだ。アームが壊死を起し始めた組織を取り除き、殺菌ジェルパックを手際よく塗っている。
 ジンは生々しい外科治療にちょっと気分が悪かったが、カプセルの性能にも感銘を受けていた。
「何度かあんたのドームに来ていたが、こんな最新のメディカル・ブースを持っていたとは知らなかったな」
「何にもない辺境の地にあなた方をひっぱり込んだ責任上、ね。自給自足よ」
「あなた方? 俺の他にもいるのか?」
「いずれね。今、エクルーがスカウトに行っているの」
 会話しながらも、ジンの眼はずっとカプセルの中の子供に据えられていた。さまざまな色のスキャニング・ライトに照らされ、青白く光る液体に浮かぶ姿は、人間離れして美しかった。しかし、その生命感の無さにぞっとする眺めでもあった。
「助かると思うか」
「外傷はね。もう骨折も固定したし、すぐ動けるはずだけど。栄養失調の方が深刻だわ。どういう事情か聞いた?」
「ロンの話では、5日前に着いた避難船から下りた連中と一緒に宿に来たらしい。この子供の言葉は誰もわからなかったし、どういう事情で船に乗ってたか、知っている人間もいなかった。最初、この子供は妹と一緒だったが、もう立てないほどの衰弱ぶりで、3日前に死んだ。宿の連中が埋葬してやろうとしたが、この子がとりすがって遺体から離れようとしなかったらしい。そのうち、匂いもするし、不衛生だ、と騒がれ始めて、ムリヤリ引き離して死体を埋めた。ケガはその時のものだ」
 悲惨な話に、サクヤは眉をひそめた。
「この子の言葉、ジンは聞いた?」
「いや、眼を開けたところだって一瞬見ただけだ」
 サクヤはためいきをついた。
「この薬液が効けばいいんだけど。こういう時、エクルーがいたらねえ」
「そういやアイツ、大学の時、どこの星系の人間だろうとダチを作ってたな」
 サクヤはくすくす笑った。
「あなたもけっこう対抗していたわよね。4星系、地方言語で11マスターしたから、あとひとつで年の数だ、とか言って」 ジンはちょっと赤面した。
「コロニーのラボ育ちだから、こまっしゃくれていたんだよ」
「でも、あなたの方がエライわよ。エクルーは話が通じるだけで、ほとんど読み書きはできないんだもの。読めるのは6言語くらいじゃなかったかしら」
 外傷の手当てが済んで、汚れた薬液をいったん排水して、新しい栄養液がカプセルを満たした。センサー・アームが伸びてきて、両手首や胸、頭に取り付いた。シリンジ・チューブが上腕に差し込まれて、点滴を始めた。
「俺、エクルーは犬、猫、とでもしゃべってるんじゃないかと思ってたな」
「ふふ、そうかもね。しゃべっているというか……何だか通じちゃうみたいね」
「テレパシーみたいに?」
「そうなのかも」
 ジンは今まで一度も彼らに聞いたことがなかった。どこから来たのか。何者なのか。そして、今、いったい何歳なのか。二人の外見は20年前と少しも変わらなかった。若くみえる、とかそういうレベルではなく、まったく変わらないのだ。
「さ、これで何かあればアラームが知らせてくれるわ。食事にしましょう。どうせ、あなた、今日は帰れないわよ。看病を手伝ってもらうわ」


 サクヤが食事の支度をしている間、ジンはシャワーを浴びてエクルーの服を借りて着替えた。ドームの外では嵐が吹き荒れている。磁気嵐のせいで、外部との通信は一切遮断されている。外気温センサーは-30℃を指していたが、ドームの内部は温かく快適だった。

 着替えて食堂に戻ると、サクヤが食事を並べていた。その姿を見ながら、改めてジンは不思議に思った。
 妙齢の女性と嵐に閉じ込められて二人きりだという緊張感がまるっきりない。華やかな美人ではないが、切れ長の目をした端正な女性だ。出会ったとき、自分がガキだったからだろうか? 大学ではサクヤもエクルも二人ともごく目立たない学生だった。飛びぬけた成績を取るでもなく、そこそこ凡庸な論文を書き、専門外のいろいろな研究室に出入りしていた。若い研究者や院生によく顔を知られていたが、さりげなくゼミの中に溶け込んでいる。だが、どういう履歴の人間なんだか誰も知らない、そういう二人だった。

「どうぞ、座って? ちょうど良かった、今日の昼、イドリアンの子が食糧を届けてくれたのよ。食品庫が空っぽだったから。エクルがいない時は、私、あんまり食べないものだから」
「そういえば、あいつに小言を言われてたな」
「でも実際、必要ないのよ。若い頃みたいに代謝しないんだから」
 あらためて、サクヤは何歳なんだろうという疑問が頭をもたげる。20にも見えれば、40にも見える。でもふっと300歳ぐらいに見えることもあった。
「どうぞ。採れたてのものばかりよ。サバ芋に夏瓜に青豆。あとアビの首肉」
「つまり、何だ?」
「つまり、植物の根と実と種。それから鳥の肉」
 見たことの無い食べ物ばかりだった。
「ジンはどうせ、Cレーションのような合成食ばかり食べてるんでしょう。自分の住んでる土地の食べ物を摂らないと、エネルギーがもらえないのよ」
「医者と思えん非科学的なセリフだな」
 と言いながら、黄色っぽいものを齧ってみる。
「へえ、うまいもんだ」
 しゃくしゃくした歯ごたえと甘みがあって、意外にうまかった。次は茶色い煮物に手を伸ばす。
「ジンこそ、テラ・フォーミングの学位を二つも持ってるくせに。自給率の向上と地産地消は、植民成功の二大要素でしょう?」
「まあなあ。でもこの星は植民星じゃない。宙港の回りに住んでる余所者は、100%外地から持ち込んだ食糧に頼ってる。第一、ヤツらがここの作物を買いたたくようになったら、原住民は餓死するぞ」
「今まではね」
「これからは違うってのか」
「多分、あなたに来てもらった理由はそれもあるの」
 それにはジンも驚いた。
「俺は物理工学の方で呼ばれたんだと思ってたんだが。今のところ、転送装置の開発ばっかりやらされてるぞ」
「あなたが乗りたくなければ、この話はおしまい。でも興味があれば、あなたの知識と経験をすべて駆使して助けてもらいたいの」
「助けるって何を?」
「この星を……かな?」

 食事を片付けて、サクヤが赤い液体を持ってきた。
「ジンはもうアルコール飲めるようになったのかしら」
 ジンは、ちょっと顔を赤くした。
「飲めるよ。エクルーと飲んでひっくり返ったのは12の頃の話じゃないか」
「これはそんなに強くないけど、疲れが取れるから」
 とグラスをひとつ渡された。
「何の酒だ?」
「ペヨの実よ。あなたんちのドームの玄関にも生えてなかった?3mくらいあるサボテンみたいな植物」
「あの実、食べられたのか。確かによく動物が齧りにきてたなあ」
 居間に音楽が流れ始めた。
「何だ、これ?」
「あの子供が落ち着くように音楽をかけて、と頼んだの。でもセバスチャンの趣味はちょっと嵐の夜向きじゃないわね。バッハのパルティータじゃ暗すぎるでしょ」
 サクヤが隣室のコンソールに向かって、何か指示を与えていた。
 今度は数人の人の歌が掛け合いをやっている賑やかな音楽になった。楽器も数種類入って、楽しげだ。
「今度はどこの音楽だ?」
「この星の春祭りよ。脊梁山地の西の村で録音したの。集団お見合いを兼ねた、豊作祈願のお祈りってとこね。あなたが来るちょっと前にあったのよ。来年は一緒に見に行きましょう」
「たいしたもんだ。食糧といい、祭りといい、あんたはここの生活に馴染んでいるんだな。何年住んでいるんだって?」
「まだ3年よ」

 ジンは黙り込んだ。いったいどこから聞けばいいのか。
「あなたは何も聞かないのね」
 サクヤがにっと笑った。
「正体がバレて困るようなら、20年近く経ってあなたの前に現れないわ」
「バレて困るような正体があるのか?」
 サクヤはちょっと天井を見上げて、嵐の音に耳をすませた。
「そういえば、ないわね。正直に説明しても、それ以上追及されようがないわ。第一、私達、自分でも正体を教えて欲しいくらいなのよ」
 サクヤは飲み物の盆を手に取った。
「続きは、あの子の病室で話しましょう」



「ミズ・サクヤ」
 円筒の上にお椀を伏せたような形のロボットが、飲み物のピッチャーと青豆のボウルをトレイに載せて病室にしずしずと入って来た。どうやら足元はローラーらしいが静かなものだ。
「あら、ありがとう、セバスチャン」
「こいつがセバスチャンか。初めて顔を見るなあ。いつも侵入許可の出迎えご苦労さん」
「こちらこそ、丁寧なご挨拶、恐悦至極でございます」
 サクヤが肩をすくめた。
「どうもプログラミングした人の好みがクラッシックだったらしくて、万事この調子なの」
 セバスチャンはなめらかな手つきで、細いアームで危なげなくピッチャーやボウルを病室の小さなテーブルに並べた。
「この身体は、本当はセバスチャンの手足のひとつなんだけど、本体の頭脳で直接オーダーを出してるから、一番近いのよね。後、端末が何人いるんだっけ」
「庭師が7人、メカニックが9人、ラボ・アシスタントが5人でございます。メカニックが2人、だんな様と航海中です」
 ジンが声をひそめて聞いた。
「だんな様ってのは何なんだ?」
「エクルーのこと。私のこともレイディとか呼ぶから、やっと直させたのよ。端末ロボットにもそれぞれ、ヘンな名前がついていてとても覚えきれないわ」
「では、何か御用があればいつでもコンソールからお呼びください」
 セバスチャンはトレイを身体に収納して、しずしずと部屋を出て行った。
 サクヤはひそひそと言った。
「とか言って、どうせカメラとマイクでモニターしてるのよ。まったく過保護というか、執事の鑑というか……」
「後者でお願いします。」
 間髪を入れずセバスチャンの声がコンソールから答えた。
「立ち聞きするのは、良い執事とは言えないわよ」
 サクヤが脅すように言った。
「失礼いたしました。では、ごゆっくり」



 ジンはまだ声をひそめたまま言った。
「高性能なのに、外観は200年前のスタイルだなあ。あれもプログラマーの好みか?」
「最終的には選んだ私の好み、ということになるかも。完全に人間と見分けのつかないサイボットを選ぶこともできたんだもの」
「そういうことを言うとヤツが喜ぶだけじゃないか?」
「まあ、いいじゃない、たまに執事にゴマをすっても。あの顔がかわいいでしょう、オタマジャクシみたいで」
 確かに頭部に小さな丸いレンズが2つ離れた位置についていて、その真ん中に半月形のスピーカーがある。間の抜けたスマイルマークに見えないこともない。だが……オタマジャクシ?
「……あんた、それ、ホメ言葉になってないぞ」


 サクヤは治療槽の側面を指差した。
「ほら、ここがマイクになってて、外の音が聞こえるの。そのテーブル、こっちに移動しましょう。この子も会話に参加している気分になれるでしょう?」
 子供はまだ眠ったまま、薬液の中を漂っていた。賑やかな祭りの音楽も、その耳に届いているのか、いないのか。
「さて、まず何から話しましょうか」
「まず、俺が何をする予定か、だな」
 サクヤはしばらく水槽の中の子供を見ていた。
「順序だてて話すとね、まず、私とエクルーのいた星は昔壊れちゃって、もうないの」
「うん」
「それで、その星の生き残り、というか子孫がいないか探しているの」
「うん」
「で、それらしい子がひとり、ペトリにいることがわかったのね」
「ペトリって、あの隣りの惑星か?」
「そう」
 ジンが身を乗り出した。
「あそこ、人が住めるのか?」
「救命ポッドか何かで漂着したらしいんだけど」
「でも、あそこはここより磁気嵐がひどくて、保険局のレスキュー船でも下りられないって有名だろう?」
「そう。それで、太陽のフレアとか黒点活動とか観測して、ペトリに行くタイミングを計っているんだけど」
「けど?」
「のんびりしてられなくなって」
「何故だ?」
 サクヤはあくまでのんびりした調子で言った。
「ペトリもね、壊れちゃうことがわかったの」






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