露草
くきくきと折れ曲がりけり蛍草 松本たかし
露草の背伸びを競ふ空き家かな 拙
〈はねのように かるかったのか/あの はるかな ところから/おちてきて/よくも つぶれなかった/あおぞらの しずく…〉。詩人のまど・みちおさんが「青空の雫(しずく)」とうたったのは、ツユクサの花である。
月草、蛍草、帽子草、蜻蛉(とんぼ)草に碧蝉花(へきせんか)…と、ツユクサには実に多くの異名がある。澄んだ秋空のような花弁の青と、おしべの黄の鮮やかな対比。帽子や蜻蛉などの羽にもたとえられるかたち。万葉の昔から人々の目を魅了し、想像力をかきたててきたからこそ、多彩な名を持つのだろう。
ツユクサにすれば、魅了したいのはもちろん、人ではなく虫である。植物学者・稲垣栄洋さんの『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)によると、ツユクサの六本のおしべはチームプレーの名手なのだそうだ。
鮮やかな三本の黄色のおしべは、実はおとり。それにハナアブがひき付けられたすきに、地味な色で長く伸びた残りのおしべが花粉をしっかり付けてしまう。朝咲いて昼までには閉じ、はかなさを象徴する花だが、あれでなかなかしたたかなのだ。
まどさんの詩はこう続く。〈…いまも ここから/たえまなく/ひろがっていく/なみの わが みえます/あの そらへの/とめどない/おもいなのでしょうか〉。
ツユクサの花をじっと見つめていれば、そんな「空へのおもい」が、確かに見えてくるようでもある。
東京新聞 コラム