【阿多羅しい古事記/熊棲む地なり】

皇居の奥の、一般には知らされていない真実のあれこれ・・・/荒木田神家に祀られし姫神尊の祭祀継承者

付記4b: 頭が良くなる薬

2024年03月01日 | 歴史

 

四歳にして、すでに女官候補に挙がった。何のことはない、「倭国王の宝物」を所有する源氏の血統である私を、一生、宮内庁で管理しようというのだ。

お妃教育ならぬ女官教育の「いろは」として、まず、児童用に書き下された古事記を読むことから始まった。十畳ほどの狭い部屋に八人掛けのテーブルと椅子があるきりの所で、隣席に座った家庭教師のような若い女官が古事記の一節を朗読して、それを私が復唱するというものだった。しかし、何しろまだ字が読めない歳であったし、家ではせいぜい桃太郎や猿蟹合戦の絵本を読み聞かせてもらうくらいだったので、「ヤマトタケルノミコトのゴシュッセイ」の話は私には難解過ぎた。
それにまた、さらなる重圧は、我が家が皇居からかなり遠距離にあって、事有る朝は真っ暗なうちに起こされたせいで、いつも極度の睡眠不足だったことだ。私が三度目くらいに同じ箇所で読み間違えた時、女官は溜息をついて、「もう、いいわ」とついに教本を投げた。

 

 

私のほうは、少々不服だった。べつに私自身の物覚えが悪いわけではなく、寝不足の脳に意味不明な言語の羅列が浸透し難いのだ、と膨れっ面で訴えた。すると、女官は邪鬼のような形相になって、テーブルの上に武官らが持っていたのと同じ「針」を置いたのだった。「今度、間違えたら、これよ」
この時すでに、侍従や護衛官から砒素を塗った針で何度も刺されたことがあった私は、此処でこれ以上反抗するのは得策ではないと直感した。もし悲鳴を上げたとしても、廊下にいるのは裕仁や東久邇盛厚が私を監視させるために付けた護衛官だろう。今、目の前に置かれた針には毒が塗ってないかも知れないが、ドアの外にいる男が持っている針には塗ってあるに違いない。

 

 

ところが、女官は私が大人しくなったのを見ると却って増長した様子で、薄ら笑いを浮かべながら、スカートの脇ポケットから何やら小型の容器を取り出したのだった。それは一辺が四、五センチ角くらいの平たい物で、蓋を開けると真ん中で二つに仕切られており、左右の窪みにそれぞれ白い粉末が入っていた。

「こっちはアレなんだけど・・・ これは、何だと思う?」意味深長に女が訊いてきたが、私は息を呑んで首をすくめた。
「頭が良くなる薬よ」そう言って、女はきゃらきゃら笑った。

 

 

咄嗟に逃げようとしたが、不幸にも椅子が高くて、瞬時に降りられなかった。片腕を女に掴まれて、針で刺された。にわかに正面の窓を覆っていたカーテンがうねって壁と混ざり合い、絵具を溶いたように流れて、座っていた椅子が消えた。
恐らくこの時、私の体は床に落ちたのだろうが、後のことを覚えていない。「頭が良くなる薬」と女が言ったのは覚醒剤だった。