昨日は用事で横浜に行って来ました。西口辺りは随分綺麗になりました。平成になる前後に青春したとこです。バブル期の真っ只中、勢いと贅沢と夢と元気と未来がふんだんにありました。ボンビーナのあやパパは今も昔も贅沢とは無縁です。今は煌びやかな街よりも、蛙無く田舎の方がしみじみ良いと思いますが、若い時は都会に憧れ、恋愛に恋していますので、頭の中は週末デートの事で溢れて返っています。
まあ、若い時はそのぐらいでないと、ダメだとも思います。が、最近は男性ホルモンの足りない感じの若者が多い?ので、世の中、どうなってしまうのだろうかと、要らぬ心配をしてしまいます。あやパパだけでしょうか?
あやパパは、田舎者なので、子供の頃の親の世代振り返ってて見ると、野蛮な連中がそこかしこに沢山いました。朝来市に有名な?夏祭り「地蔵祭り」と言うのがあります。
祭りが近づくと、道往く人々に見てもらおうと通りに面した家々は座敷を開放して(そのように最初から建築してある)そこに、生花やら、絵画、いろいろな手作りのディスプレイ(例えばヤクルトの空容器で作った巨大なゴジラとか、使用済みの割り箸で作った、部屋一杯の龍とか)を飾り、どんなもんだい!と自慢しながら縁台で豪快に飲んでました。
この展示に命掛けて、勝った負けたの騒ぎも沢山あったようです。出店も町中が出店みたいになって、大晦日の御徒町みたいな賑やかな中にあって、子供騙しのテキ屋のオッサンとかに悪い事をいろいろ教えてもらったりしましたね。時代もおっさん達も元気でした。あの頃、川縁を走っているあやパパのようなおっさんは、居なかったと思います。田舎った?!。
そんな祭りも地域産業の衰退と共に年々縮小して今は祭りとは言うものの、お地蔵様からクレームが来そうな低調ぶりです。時代が、政治が、今の若い者が、悪い!だけでない、人間の細胞一つ一つが弱っている感じです。
粗雑な、昭和のエネルギー波動は昔を思い出す心の中にしか残っていないのかなー。なんて、新しい横浜駅前見て思いました。足が痛いのでこの連休中も走れるかどうか微妙になり、気持ちが弱気になっていますね。
足は、だいぶ回復しました。6割ぐらい。でもまだ養生です。明日1日はおとなしく。走れないならば走れないで、走れない時に出来る事すれば良いのです。本でも読んで大人しく。読む本は「ホノルルマラソン攻略」ですね。あるんだろうか?
石地蔵 時代を眺め 何思う 都会と田舎 つかず、離れず あやパパ