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The old master painter.
私がこの曲を初めて知ったのは、ある海賊盤アルバムで、だった。
その海賊盤とは、ビーチボーイズ・・というか、ブライアン・ウィルソンの「スマイル」のブートレッグ。
まだ「スマイル」が公式には完成していなかった頃だ。
ご存知の方もロックファンには多いかとは思うが、「スマイル」は、長らく「幻のアルバム」であり続けたアルバム。
ビーチボーイズのアルバムとして「ペットサウンズ」の次に発表されるはずだったアルバムだ。
だが、「スマイル」制作中に、ビーチボーイズの音楽的なリーダーであったブライアンが精神的不調に陥り、完成しなかった。
ビートルズのアルバム「ラバーソウル」に刺激を受けたブライアンは、ビーチボーイズとして「ペットサウンズ」というアルバムを作り、その「ペットサウンズ」に刺激を受けたビートルズは「サージェントペパーズ」を完成させた。
すると今度は、「サージェントペパーズ」に刺激を受けたブライアンが、「サージェントペパーズ」を凌駕しようとして製作を始めたアルバム・・・それが「スマイル」だった。
「サージェントペパーズ」は今ではロックのアルバムの金字塔とされているアルバム。
圧倒的な評価を得、しかもその評価は今でも変わらない。
そんなアルバムに対抗しようとして製作開始されたアルバム「スマイル」のレコーディングでのブライアンのプレッシャーは相当なものだったはず。
なにしろ相手は世紀の名作「サージェントペパーズ」なのだ。
「スマイル」の製作では、様々な試行錯誤が繰り返された。
試行錯誤が続くうちに、ブライアンは精神的に追い詰められ、参っていってしまったのだ。
結局、当時の段階では「スマイル」は完成されることはなく、製作中止に。
ジャケットまで完成していたにもかかわらず・・・・だ(ちなみにトップ写真が、ビーチボーイズ版の「スマイル」のジャケットとして用意されていたものだ)。
だが、その試行錯誤のレコーディング段階では、多数のセッションのトラックが残された。
その後、完成しなかった「スマイル」は「幻の名作」とされ、なまじ完成しなかったからこそ、ファンの間では伝説的アルバムになり、そのアルバムへの関心はさらに高まっていった。
その結果、「スマイル」のために録音された色んな音源が、海賊盤として色々出回ることになった。
そして、「スマイル」セッションの海賊盤の音源を聴いて、ファンは自分なりに「スマイルの完成形」を想像するようになった。
結局「スマイル」は、21世紀になって、ブライアンが理解者の助けを借りて、ソロ名義で完成させたのは、ご存知の通り。
ブライアンが21世紀になって、たとえソロ名義ではあっても「スマイル」を完成させたことを知った時、私は感慨深くもあったが、それ以上に驚いた覚えがある。
「スマイル」はもう、永遠の「幻の未完成アルバム」であり続けるだろうと思っていたから。
もちろん、21世紀になって発表されたブライアンのソロ名義での「スマイル」は、本来それが出るはずだった1960年代のビーチボーイズ名義での「スマイル」とは、若干違うものではあっただろう。第一、制作者の年齢が違うし、声も昔と今では違うし、アルバム製作をとりまく社会環境も違えば、スタッフも違うわけだから。
ということは、1960年代にビーチボーイズ名義で「スマイル」が完成したら、いったいどんなアルバムだったろう・・という関心は、永遠に残ることになる。
少なくても、1960年代のビーチボーイズの「スマイル」の「公式完成品」は。
タイムマシンで1960年代に戻らない限り、それはもう不可能なのだから。
たとえ、1960年代のビーチボーイズの「スマイル」音源を集めて、それなりにまとめたバージョンは出ていても、それは少なくても「完成品」ではないのだから。
1960年代のビーチボーイズ名義での「スマイル」、それは・・・永遠の幻であるなら、ファンは、せめて1960年代のスマイルセッションの音源を聴いて、想像力を働かせるしかないのだ。
ましてや、私が「スマイル」セッションの音源を収録した海賊盤を入手した時は、まだブライアンがソロ名義での「スマイル」の製作にとりかかっていなかった頃。
まさか後年ブライアンがソロで「スマイル」を完成させることになるなんて、想像もしていなかった頃。
そう・・その頃は・・私もまた・・世界中のビーチボーイズファン、ブライアンファンと同様に、見果てぬ「1960年代のビーチボーイズ名義でのスマイル」を、1960年代のスマイルセッションの音源を聴いて、完成しなかった「スマイル」を追い求めていた頃。
そして自分なりに1960年代のビーチボーイズ名義での「スマイル」をあれこれ想像して楽しんでいた頃。
私が「スマイルセッション」の海賊盤を入手したのは・・多分1990年代だったと思う。
そのCDには、当然のことながら、1960年代のオリジナルスマイルのセッション音源が多数収められていたが、もちろん、その海賊盤は膨大なオリジナルスマイルセッションのほんの一部でしかない。
その海賊盤には、2枚組でありながら、収録されていたのは数曲分。
そのかわり、同じ曲の多数のテイクが収められていた。もちろん、どれも未完成。
あくまでも、曲の断片でしかない。
で、その海賊盤に、何種類ものセッションテイクが収められていた曲が、「オールド・マスター・ペインター」であった。
あとから分かったことだが、この曲はブライアンのオリジナルではない。
古いヒットソングをブライアンが取りあげ、「スマイル」収録のためにカバーしたのだ。
だが私が「スマイルセッション」海賊盤を買って聴いてた時は、この曲はてっきりブライアンのオリジナル曲だと思って聴いていた。
聴きながら、ともかくそのメロディが魅力的で、大好きになった。
オリジナルスマイルセッションのオールドマスターペインターは非常に多くのテイクが収められてるので、CD1枚聴き終わるまでに、同じ曲の断片を何度も聴くことになった。
そのせいもあり、この曲は深く私の中に刻み込まれた。
この曲の完成形を聴きたかった・・と、その海賊盤を聴くたびに何度思ったことだろう。
ましてやブライアンのオリジナル曲だと思っていたものだから、こんな素敵なメロディが埋もれているのはポップス界の損失に思えて仕方なかった。
まったく、そのへんのことを考えると、「知らない」ということは悲しい。
その後年月が経過し、ある日ブライアンがソロ名義で「スマイル」を完成させた時、まず私が思ったのは、この「オールドマスターペインター」がどういう形で完成したのか、そして私がかつて聴いていたのが「断片」だったものだから、この曲の全体像が聴けるのが非常に楽しみだった。
そう、セッションではメロディの断片しかなかった「オールドマスターペインター」は、完成版「スマイル」では、この曲はフルで収録されると私は思っていたのだった。
もちろん古い「オリジナルスマイルセッション」で使われたいくつかの曲は、ビーチボーイズ版「スマイル」の製作が中止になった後のビーチボーイズのアルバムに小出しに使われていったので、「スマイル」に入るはずだった曲の1曲1曲は、私はある程度知ってはいた。
だが、この「オールドマスターペインター」が、その後のビーチボーイズのアルバムで、小出しであれ発表されることは・・・なかった。
まあ、今にして思えば、「オールドマスターペインター」はカバーだったのだから、仕方なかったのかもしれないが、当時この曲がブライアンのオリジナルだと思ってた立場の私としては、ますます気になっていた。
「他の曲は、ビーチボーイズのアルバムで小出しに発表されてるのに、なぜオールドマスターペインターは発表されないのだろう。あんなに良いメロディなのに」
そう思うと、なまじ発表されないぶんだけ、この曲への思いは強くなっていった。
だから、ブライアンがソロ名義で「スマイル」を発表した時、「やっとオールドマスターペインターの完成形が聴ける」と思ってしまったわけだ。しかも「フル」で。
で、ともかく、21世紀になって発表されたブライアン名義の「スマイル」を買って、聴いてみた。
すると・・・
あれれ・・・???
確かに「オールドマスターペインター」は収録されていた。
だが・・
私が「オリジナルスマイルセッション」の海賊盤で聴いていたメロディは出てきたものの、出てきたのはほんの一瞬だけであった。メロディの一部だけが流れ、しかもすぐ別の曲のメロディに変わってしまった(ちなみに、つながった別の曲というのもカバーで、しかも誰もが知ってるスタンダード曲だった)。
まるで、曲と曲のつなぎでしかないような存在だった。
「こんな良いメロディなのに、もったいない・・」
と思いながら、解説を読んだり、曲のクレジットを見たら・・
この曲はカバーであることがわかった。
アメリカの古いポップソングをブライアンが掘り起こして、自らアレンジを加えて、「スマイル」の中の「曲と曲をつなぐブリッジ」みたいな演出で収録した感じだった。
そうか・カバーだったのか・・・。
ということは、オリジナル音源がネット上で見つかるかもしれない。そう思い、ブライアンのソロ版「スマイル」が出た頃、ネットで調べてみたら、出てきた出てきた。「オールドマスターペインター」が。
しかもこの曲は、色んな大物シンガーたちによって数多くカバーされてきているようだった。例えば、フランク・シナトラやペギー・リーなど。
1949年の曲で、作詞はヘブン・ガレズピー、作曲はビーズリー・スミスによるもの。
1960年代のビーチボーイズ版「スマイル」に収録されたとしても、当時ですでに20年近く前の曲だったことになる。
過去の歴代の歌手によるボーカルバージョンを聴いたうえで、あらためて「スマイル版」での短いインストバージョンを聴いてみると、この曲は「スマイル」の根底に流れていたテーマの中で大事な存在であったのだろう。大作「スマイル」の構成や演出に欠かせない要素であったのだろう。
じゃなかったら、あれほどのアルバムに収録するはずもない。
完成した「スマイル」の中では、ほんの一瞬しか流れない「オールドマスターペインター」ではあるが、「スマイルセッション」のブートレグでは、この短い一節だけでも多数のテイクがあり、それぞれのテイクに試行錯誤の跡が見てとれた。
そう、この短い一節だけでも、セッションでは膨大な時間を費やして、あれこれ試していたのだ。
それを知っていると、いかに「スマイル」が、細部に至るまで全身全霊をかけて製作されていたかがうかがい知れる気がする。
歴代の多数の歌手によって歌われていた、「オールドマスターペインター」。
ボーカル入りのフルバージョンを改めて聴いてみると、やはり素敵で魅力のある曲だ。
メロディにかわいさ、親しみやすさがあって。
もしも「スマイル」でこの曲に初めて出会った方は、この曲のフルバージョンを一度聴いてみることをお勧めする。
いくつか紹介しておく。
Peggy lee のバージョン
https://www.youtube.com/watch?v=FjEeAuTIKXc
Frank Sinatraのバージョン
https://www.youtube.com/watch?v=cli9u08eeVo
Mel Tormé のバージョン
https://www.youtube.com/watch?v=5OFbrjdxAWk
Dick Haymes のバージョン
https://www.youtube.com/watch?v=nuv6xC9MgiU
それがわかってて入手するのは、よほどそのミュージシャンに愛情や関心があるからですよね。
鮎川さんがいかにレノンのことを愛してるか、よくわかります。
ミルクアンドハニーは、私も発売日に買いました。
特にグロウオールドウィズミーには泣けました。
完成したら、レノンの代表曲のひとつにもなりえた曲に思えました。
正直、ヨーコさんの曲はあまり聴いてないので、ヨーコさんの曲に関してはわたしはあまり語れません。
というか、あのアルバムを聴いてた時、どうしてもあの悲劇を思い出してしまい、辛くてしょうがなくなったもんです。
だから、LPは持ってますが、CDでは買い直してないのです。
ともかく、聴いてて辛くなるアルバムでした、、、。
「未完成音楽の味わい」は、そのミュージシャンのファン歴が長く、公式盤・海賊盤その他あらゆる音源を聴き込んでいること。
そのミュージシャンの人間・生涯・思想・音楽を徹底的に知り尽くして、深い愛情を抱いていること。
これらが無ければ、「未完成音楽の味わい」は、あり得ないことです。
今回、だんぞうさんが、このアルバムの紹介・解説・感想をされていらっしゃることを読み、ブライアンに対して、とっても熱い愛情を抱いていらっしゃることがわかります。
「未完成音楽」が、そのまま公式アルバムになる、極めて稀少な例もありますね。
私が知る例は、ジョン・レノン&ヨーコ・オノ『ミルク・アンド・ハニー』です。
今さら説明することもありませんが、80年12月8日、ジョン・レノンを急襲した最悪の悲劇のために、リハーサル音源のまま、84年発表、公式アルバムとなった遺品です。
ジョン・レノンのエピソードは、事欠きませんが、このアルバムにおけるヨーコ・オノのエピソードで、私が大変感心したことが1つあります。
始めに私は、ヨーコ・オノによるアバンギャルド前衛的音楽は、嫌いです。
しかし、このアルバムにおけるヨーコ・オノ楽曲の幾つかは、ジョン・レノン亡き後、改めてレコーディングされて収録されているということです。
即ち「口先だけによる音楽」から、最愛の夫であり戦友であったジョン・レノンを 亡くした悲しみ苦しみを込めて「心の底からの音楽」に切り替えたのです。た
ヨーコ・オノによる、このけなげな態度だけは、私は高く評価します。