汨羅の観察人日記(一介のリベラルから見た現代日本)

自称『リベラル』の視点から、その時々の出来事(主に政治)についてコメントします。

野党政権奪取私論2ー野党共闘への期待ー今後の管政権

2020-09-24 13:36:50 | 政治全般

ここでは、安部晋三が再度政権を投げ出した理由について分析してみる。これによって、その後始末をする管政権の命運が左右されるからである。

安部晋三が腹痛を理由に再度政権を投げ出したのは、①出鱈目な新型コロナ対策への批判によるストレス ②新型コロナ渦による経済不振とそれに関係する日産の経営危機の可能性が見えてきたこと ③を見る会の再告発受理の可能性 ④菅原前経産大臣の検察審議会による強制起訴の可能性 ⑤河合夫妻事件の全容解明 ⑥野党一本化が進み選挙での大幅議席減が見えてきた の以上6点であろうか。

上記のうち③~⑤は政権の法律参謀とも言われた黒川氏不在による影響あり、野党が何故黒川氏のクビを取りに来たかというのがわかるというか、野党の作戦勝ちとも言えるであろう。

⑥について、昨今の世論調査の結果から以外な感を持つ人も多いと思うが、世論調査は選挙を占う上で参考にはなるが分析資料としては十分ではないと言える。これは、選挙制度と選挙で重要なのは投票する人と後援会等実働部隊にあるということに起因している。なお、これについえては「三春充希(はる) ⭐みらい選挙プロジェクトにおいて非常によい定量的な分析がなされているので、これを参考にされたい⇒(みらい選挙プロジェクトリンク

以上①~⑥が安部晋三が政権を再度放り出した大まかな理由であろうが、管首相はこれらに対処しなければならない辛い立場にあることを承知した上で総理の座を引き受けたのだから大したものだと思う。が、野党はここが攻め所であろう。まさに、この点が小沢一郎氏が「現在の菅政権については「あんなひどい安倍政権をそのまま引き継ぐなんてとんでもない。菅義偉首相の新しい体制も非常にもろい部分を多く含んでいる」と批判した。」と指摘した背景にあるのであろう。⇒時事通信記事リンク


国益とは何かー防衛費の伸びに寄せてーその2

2020-09-24 11:57:06 | 政治全般

その1では、本邦の政策重点について述べたが、今回は、昨今日本を風靡している「中国脅威論」について言及する。なぜなら現在、文教費や少子高齢化社会対策予算を差し置き、予算の伸びが大きいのが防衛費であり、その膨張のロジックは中国への脅威への対応だからである。

結論から言えば、米中新冷戦と言われるような、冷戦時代の日ソ関係のような厳しい敵対関係にあるかと言えば、否であろう。なぜなら、中国は旧ソ連と異なり資本主義体制の打倒を目指し世界革命を狙っているわけでもなければ、中国の政治システムを世界標準とすべく策動しているわけでははないからである。つまり、イデオロギーや宗教といった、絶対と絶対の戦いではないので、妥協の余地が十分にあるという意味で冷戦時代の日ソ関係のような厳しい敵対関係ではないと言える。もう一点軍事的な面で言えば、旧ソ連は日本本土侵攻能力を有していたが、今の中国はせいぜい南西諸島の一部島嶼に戦力を投射できるか否か程度の軍事的脅威であろう。この面でも中国脅威論は疑問だと言わざるを得ない。

よって、アメリカの善悪二元論的宣教師的外交に日本が引きずられ、日本も拳をあげて対中脅威論を唱えるのは、私個人としては相当疑問である。日本としては、善悪二元論的対応ではなく、日本にとり利益が大きい方策をとるべきであろう。ここで利益が大きいと言えば、日本にとり経済的利益が大きい、則ち日本社会が豊かになる方策をとるということであり、その方策は、これまたアメリカのイデオロギーでもあるのだが、自由貿易体制の維持であり、日本はアメリカに引きずられ中国を排除するような経済政策は採るべきではないということになる。

このように書くと、なにやら対中融和路線のように聞こえるかもしれないが、基本的に相互に折り合うことができる問題については、折り合うようにするのがよかろう。折り合えない問題といえば、近代国家成立以降は、主権と領土である。に中相互に、この譲れない線を認識しつつ関係を深めてゆくというのが、今後の日中関係のあるべき姿になるのではないだろうか。

このように論考して行くと、日本の対中姿勢は19世紀的な勢力均衡論的スタンスで臨むべきということになる。則ち、日米安保体制を基軸として、中国とアメリカのバランスをとりながら、東アジアにおける不安定要因を除去しつつ国際社会を上手に泳いで行くという身の処し方である。それが、少子高齢化による国力低下に遭遇する日本が、自国の利益を最大限追求しつつ、国民の幸福を最大限追求し得る方策であろう。