
小布施を3年ぶりに歩きました。
長野県で一番小さな市と、ガイドさんから聞きましたが、
江戸の雰囲気が街中で感じられる落ち着いた場所です。
今回は28年前に訪れた葛飾北斎の『八方睨みの鳳凰図』のある岩松院に行きました。
この図は何と畳20畳に描かれ、天井に吊るされています。
28年前には本堂に寝転がって、じっくりと観賞しましたが、今回は椅子に座って見ることになっていて
少々首が疲れてしまいました。
『八方睨みの鳳凰図』は北斎晩年の作で、88歳から89歳にかけての作品です。
よくその年齢で畳20畳の大作を描けたものです!
鳳凰図はその名の通り、どこから眺めても鳳凰が自分を睨んでいるように見えるのです。
確かに迫力あり!
使われた絵の具や金粉、金箔などは150年以上の歳月を経て、かなり剥落してきているそうです。
鳳凰の目は燦々と黄金に輝いています。目の部分の絵の具はヒ素がふんだんに使われている、ということでした。
だから、、、ね。と納得してしまうほどの『睨み』方で、ずっと見ていると、ちょっと怖くなってしまいます。
その後、北斎館という北斎の作品を集めた美術館にも行きました。
北斎は1814年頃から、『北斎漫画』という主に町民の生活や人々の表情、動植物などを描き始めました。
北斎館に収蔵されている北斎漫画は1ページに10から20ぐらいの小さな絵がかいてありますが、
その中に描かれている町民の表情が生き生きとしていて、思わず笑ってしまうほどです。
ここでの『漫画』の意味は『思いつくままに描いた絵』ということだそうです。
北斎の『北斎漫画』はヨーロッパ、特にパリで注目を集め、
『ジャポニズム』(日本ブーム)が巻き起こったそうです。
では、北斎漫画はどのように欧米に伝わったのでしょうか。
実はヨーロッパに輸出した日本の陶磁器を包装した紙が「北斎漫画」だったということです。
面白いエピソードですよね。
北斎はとってもユニークで洒落た江戸っ子だったようです。
またお金に無頓着で、一生お金が流れてしまう、、つまり貧乏生活が続いたそうです。
引っ越し魔として有名で、一生に93回も引っ越しをしたそうです。
名前(画号)が変わることも30回。
北斎は人物画、風景画、歴史画、漫画、春画、妖怪画、百人一首、あらゆるジャンルに作品を残していますが、
それらに挑戦する時に、自分の実力を試すため、名前を変え新人の振りをしたそうです。
すごくチャレンジングな人だった、ということですね。
<参考>http://ja.wikipedia.org/wiki/葛飾北斎 ウィキペディア『葛飾北斎』

さて、小布施は『栗』で有名です。
おみやげは旅の楽しみのひとつ。
今回は最も歴史の古い『甘精堂』で栗羊羹を買い、栗アイスクリームを食べました。
また、おばあちゃん(主人の母)おすすめの『竹風堂』のくりどら焼き10個を購入。
竹風堂のお向かいの造り酒屋『桝一市村酒造場』で北斎ゆかりのアトリエの名を取った
「碧い軒」(いの字はパソコン上になしです)という大吟醸生酒を買いました。
ちょっと辛口。試飲させてくれます。


さて、最後に小布施の穴場スポット。
昭和9年建造の新生病院礼拝堂。
蔦の絡まるチャペルとして有名でしたが、昨年改修工事が終わったそうです。
ガイドブックには古い礼拝堂が載っていたのですが、行ってみると新しいの礼拝堂になっていました。
(ちょっと残念!)
新生病院はカナダの聖公会から派遣された若き医師スタート博士が結核治療のために来日。
この地に病院と礼拝堂を建て、結核撲滅を願い、地域医療活動を進めたそうです。
ここのところ、神戸や築地、立教女学院などで、聖公会のチャペルを見る機会に恵まれていますが、
昭和、あるいは昭和以前に建てられたチャペルはデザインに共通点があるような気がします。
小布施では教会と病院がしっかりと地域に根付いているような気がしました。




