大自然の立山から、こんにちわ。
今回は、2024年11月30日をもって廃止予定の「立山トンネルトロリーバス」に乗車するために、大観峰まで来ました。東京から新幹線で長野駅へ、そこからアルピコ交通の特急バス「雷鳥ライナー」で扇沢、続いて「関電トンネル電気バス」で黒部ダムに進み、「黒部ケーブルカー」、「立山ロープウェイ」と乗り継いで、ようやく「立山トンネルトロリーバス」の大観峰駅に到着です。
立山黒部貫光「立山トンネルトロリーバス」
大観峰13時45分発
トロリーバスの改札前で待機すると、出発時刻の概ね10分前に乗車改札が始まりました。ホームに向かうと、トロリーバス8000型とご対面。この便は3両体制のようです。3両で1列車として運行します。
まだ出発までは時間があるので、トロリーバスを色々と観察してみましょう。
屋根上には、2本の架線が見えます。
一般的に鉄道の架線は1本ですが、トロリーバスではレールがないために、変電所への帰線が必要です。そこで架線は、プラスとマイナスの2本となるのです。当然、トロリーポールも2本あります。
車内の様子。
近年珍しくなったツーステップタイプです。座席は2列-1列の配列で、輸送力の必要な混雑時にも対応しています。
トロリーバスらしいものを探すと、前方運転席にありました。電圧計です。
推測を含みますが、左側から、制御電源の直流24Ⅴ電圧計、蓄電池走行用の直流96Ⅴ電圧計、架線電圧の直流600Ⅴ電圧計と思われます。架線電圧計は0Vを中央に配置し、両側に針が動くタイプです。これはトロリーバスの終点は、ラケット形状の軌道になっており、往路と復路でプラスとマイナスの極性が変わるためです。今は600Vを右側で指していますが、終点に到着して戻ってくる際は、左側に針が触れます。
そのうち、ブーンとコンプレッサの動作音が聞こえてきました。
目を閉じると、いわゆる電車の中にいるようです。運転席の計器には、圧力計が配置され、それによると圧縮空気は、7~8Kpaで制御している模様です。左側から、ブレーキ圧力計、速度計、電流計、元空気ダメ圧力計です。上記画像では、停車しているのにブレーキ圧力が0になっていますが、これはパーキングブレーキ(スプリングブレーキ)を使っているためです。
運転席頭上には、バックミラー。
この用途は、トロリーポールの監視を行うためだそうです。予想ですが、ベンチレーターのように上に開いて後方を見るのではないでしょうか???
車両後方に付いている2つの円筒形のものは、トロリーレトリバー。
トロリーポールと紐で繋がっています。もしもポールが架線から外れてしまった場合、負荷がなくなったポールは急上昇しますが、レトリバーが急上昇を検知して、紐を巻き取り、ポールを下げる作用を行います。仕組みとしては、ゆっくりとした動きは無視して、急な動きには反応する、車のシートベルトと同じだそうです。
車内に戻り、頭上には降車押しボタンがありました。
これは、2018年に廃止された「関電トンネルトロリーバス」にはなかった設備です。かつて「立山トンネルトロリーバス」には途中駅「雷殿駅」が設けられており、ここで降車する際はボタンを押していました。ボタンには「雷殿駅停車押しボタン」と表記しています。今は雷殿駅が廃止されたので、使う機会はありません。雷殿駅はトンネルの中にあり、主に登山客が乗降していたそうです。
最後に、全般検査施工の表記です。
施工年月は令和6年2月。ちょうどアルペンルートが冬ごもりをしている時期です。雪に閉ざされた冬の立山ですが、大きな車両保守はこの時期にやっていたのですね。それから施工場所は室堂整備工場。「関電トンネルトロリーバス」は大町の野口工場まで運んで大きな検査を行いましたが、さすがに「立山トンネルトロリーバス」は山から下すような行程は組んでいないようです。
さて、出発時刻になりました。
赤色だった信号機は、まもなく緑色に変わり、駅員さんの合図で列車は出発。立山トンネルへと進行します。
立山トンネルは、関電トンネルとは違い、トンネル断面が小さいのが特徴です。
路肩部分は狭く、壁が近いので速度感を味わえます。カーブがきつい箇所もあります。ホイールベースは5800mm。長尺車の部類に入りますが、プロの技で巧みにスルスルと曲がり、モーターの音を響かせて走行します。ちなみに8000型の制御方式はVVVF制御です。運転士さんがアクセルを踏むと、踏み込んだ量に従って加速をします。変速はないものの、いわゆるバスと同じです。「関電トンネルトロリーバス」の古い100型や200型は抵抗制御なので、アクセルがノッチになっていました。手動進段ならぬ、足動進段です。どんな乗り心地の加速をしていたのでしょう。
列車が進行すると、右カーブの先に青色の照明が見えてきました。
ここは破砕帯です。
破砕帯というと、映画「黒部の太陽」に代表されるような関電トンネル(大町トンネル)建設の苦労が浮かびますが、ここ立山トンネルも破砕帯と戦った場所です。軟弱な地層による崩落の危険性、止まらない大量の冷水。ルートを変えて掘り始めても結局は軟弱層に当たり、実際に現場が崩落したこともあったそうです。最終的には、注入した薬剤で固めてから掘削する対策が功を奏し、破砕帯を突破することができました。当時は前進することが極めて困難だった50mを、私を乗せた列車はあっという間に通り抜けます。
破砕帯を抜けると、行き違い信号場に接近しました。
信号所に入るための信号機は、黄灯が2つ点灯しています。警戒現示です。トロリーバスは無軌条電車と言われ、鉄道に分類されますが、この警戒現示こそが鉄道であることを証明しているかのようです。本来、有効長の短い交換場所は、安全のために上下列車は同時に進入が出来ないのが原則ですが、この警戒現示を出すことによって、速度を抑えて同時に上下列車が進入することが許されるのだそうです(詳しい方に聞きました)廃止になった「関電トンネルトロリーバス」は、警戒現示が無かったので、対向列車が収まるまで信号所の手前で停止する必要がありました。こちらは運行開始が新しいためか、スマートな信号システムとなりました。
来年以降、トロリーバスは廃止され、代わりに電気バスでの運行になりますが、鉄道ではなくなるゆえに、この警戒現示がどうなるかは、興味深いところです。
信号所から出発する信号機の現示は、赤色。
対向列車の到着を待ちます。
徐々に、対向列車の前照灯が見えてきました。
大観峰行きが到着。あちらの便は、2両体制での運行です。
ある意味、トンネル内での行き違いは、イベントのようなものです。
車内の乗客たちの多くは、こちらを見ていました。おそらく、こちらの乗客も同様でしょう。
ここで、側壁に取り付けられた白色に黒十字の標識が目に入りました。鉄道標識のようです。
後で調べてみると、これは「列車停止標識」というそうで、列車が進める限界を示すのだとか。赤信号ギリギリまで進行すると、対向列車の進路を支障してしまうので、ここまでに停止するよう設けられているようです。さて、信号は緑になりました。列車はモーター音を響かせて出発します。フロック部(分岐箇所)を通過する際に、一瞬だけ架線電圧計が0Ⅴになるのが確認出来ました。
「速度制限解除標識」もありました。
解除標識があるということは、手前に「速度制限標識」もあるはずですが、こちらは見逃しました。
大観峰駅からの所要時間は10分。
3.7Kmを走り抜け、まもなく終点の室堂駅に到着です。
室堂駅に進入。
左側がプラットホームで、右側には車庫があります。
架線の極性が変わりました。
架線電圧計の直流600ボルトが左側を指しました。
終点の室堂駅に到着。
日本で唯一残っていた、トロリーバスの旅を終えました。
トロリーバスが、法規的に鉄道に分類されるのは承知していますが、それでもやはり、見た目はバス。でも、その中身を深く掘り下げていくと、結局は鉄道であることに納得をしてしまいます。トロリーバスは、どうしても特殊な車両を使い、インフラの整備も大変で、経済性の観点から、内燃機関のバスには勝てません。走行するのに排出ガスを出さないという環境性能から選択され、近年まで「関電トンネルトロリーバス」「立山トンネルトロリーバス」として生き残ってきました。この「立山トンネルトロリーバス」も、最初からトロリーバスだった訳ではなく、環境保全の目的から1996年にディーゼルバスから転換したものです。しかし、電気バスという選択肢が普及し始めた現代において、トロリーバスを継続していくのが難しい点は、心情的には寂しいものの、致し方なく受け入れるしかありません。今回の廃止も、要因として「部品の調達が難しくなったこと」が報道されています。
さて、気になるのが、「立山トンネルトロリーバス」の代替が、「関電トンネル電気バス」のような車載パンタによる超急速充電方式になるのか、最近普及しているEVバスのように、チャデモ規格による急速充電方式になるのかということ。「関電トンネル電気バス」と比べて、距離も短いですし、勾配も大きくないので、後者でもいけるのではないかと考えもしますが、実際のところはわかりません。発表までのお楽しみです。
※「関電トンネル電気バス」の車両は、車載パンタによる超急速充電の他に、チャデモによる急速充電にも対応しています。
最後に、標高2450mの高原に位置する、室堂駅。
駅前には「立山玉殿の湧水」の碑のもとに地下水が流れ、山の貴重な水資源として活用されています。
この湧水は、立山トンネル掘削の際に、湧き出したものだそうです。50年以上もの間、トンネルから湧き続け、ディーゼルバス、トロリーバスと共に時代を経過してきました。2025年からは電気バスに変わりますが、湧水は変わらず静かに湧き続けるはずです。いつまでも続く湧水のように、立山トンネルバスの発展をお祈り致します。
<撮影2024年8月>
参考文献
日本のトロリーバス 著者 吉川文夫
天空にかける橋 -神の山に挑んだ男たち- 脚本・絵コンテ 石岡ショウエイ 作画brz