「本日の『男の料理教室』の先生は、名探偵スペンサー先生です」
「スペンサーのサーは、詩人と同じように”S”だ。ボストンの電話帳にのっているぜ」
「あ、ありがとうございま~す。そのせりふを1度生で聞きたかったんです」
「こんなことで感動するなよ。いったい何で、この俺がこんな料理イベントに出なくちゃいけないんだ」
「スペンサー先生、この企画で1番要望があったんです」
「え、この企画って!これで何回目だ!」
「今回が1回目です...」
「1回目!!どこの誰が要望したんだ...俺はやっぱり帰る」
「スペンサー先生、スミマセン、私の勝手な要望でお招きしました。今回は、私の顔に免じてよろしくお願いします」
「お前さんの顔なんか、どうでもよい。このエプロンなんとかならんか」
「えぇぇ!お気に召されませんでしたか?ブルックス・ブラザーズの特注のエプロンですが...」
☆シャルドネ姫とスペンサーの仲間たち
私は、ラム・カツ用に買っておいたラム・ステーキを叩いて柔らかくした。
メリケン粉をまぶし、卵につけ、パン粉をまぶした。ジュリア・チャイルドのいう、充分に衣がついた頃合を見る計らってわきにおき、ジャガイモの皮をむきはじめた。
別のフライパンでカツレツにかかった。ジャガイモが平均して茶色になると、ふたをして火を弱くし、充分に火を通した。
カツレツが茶色になると、油をこぼしてシャブリぶどう酒と新鮮なハッカを加え、ふたをして火を通した。
スーザンが、2人分の酒を注ぐために、一度だけ台所へきた。
フェタ・チーズと熟したオリーブでギリシア風サラダを作り、ラム・カツレツを取り出してワインで煮詰めている間に、スーザンがテーブルの用意をした。
火をとめると、無塩バターを一かたまり濃縮ワインを入れてかきまわし、カツレツにかけた。
あたためたシリア風のパンとカリフォルニア産バーガンディ半ガロンで食事をした。
《約束の地 / ロバート・B・パーカー (菊池 光 訳 早川書房)》
☆Chablis Les Deux Rive / OLIVIER LEFLAIVE FRERES
「聞いた話じゃ、お前さんはシャルドネが好きらしいなぁ」
「そうなんです。だから、今回はスペンサー先生がシェパード夫婦の危機を助ける『約束の地』にシャルドネ、つまりシャブリが2回(1回目はカキ貝6個とシャブリ)登場するので、このメニューを選びました」
「選んだのはいいが、古くないか?」
「ジュリア・チャイルドのレシピより、新しいのではスペンサーさん」
「・・・」
「私は、この『約束の地』、その前の『失投』で、スペンサー先生のファンになった思い出の時期であり、そのときの料理レシピです」
「なんかしらないけど、ありがとうよ」
「スペンサー先生は、ビール党でアムステルをいつも飲んでますね。アムステルは日本じゃなじみがないんですが、アメリカでもなかなか手にはいらないんでしょう」
「アムステルを知らないのか?俺は見つけるとまとめ買いしているのさ。オランダのビールで今じゃハイネッケンの傘下になってしまった」
「いつも飲むビールは常に銘柄をだしているが、ワインの場合はバーガンディまたは白ワイン、そして、ちょっと料理にこだわったときにシャブリの名前がでてくるだけですよね。バーガンディはフランスのブルゴーニュの英語読みで、ピノノアールのことを言っているのはわかるんだけど、白ワインというのがわからないです。シャブリ以外なんでもいいのですか?」
「そんなことは、パーカーの親父(生みの親)に聞いてくれよ。でも、7年前に逝ってしまったからなぁ...(ちょっと悲しそうな表情をみせたと思いきや)そんなことはどうでもいいだろう!」
「わ、わかりました。でも、私は通称シャルドネ・マニア。一応、今宵のシャルドネ姫を紹介させてください」
「何、シャルドネ姫?」
「1984年、白ワインの最高の造り手ドメーヌ・ルフレーヴより独立したオリヴィエ・ルフレーヴ。このシャブリの”ドゥー・リヴ=二つの川”と名前は、シャブリ地区にあるスラン川両岸のキンメリジャンとポルトランディアンの二つの土壌から造られた葡萄をブレンドして造られたことを語っています。ステンレス発酵、マロラクテック発酵のワインです。スペンサー先生、テイスティングしましょう!」
グラスにシャブリを注ぎ、スペンサーに渡すとテイスティングをはじめた。
「緑がかった透明色、香りはほんのり甘さ、南国の香り?これは本当にシャブリなのか?」
「そうです。シャブリです。でもシャブリにしては、酸味がまろやかで少し南よりのテイストで、シャブリらしからぬお味で。多分スペンサー先生の料理にはぴったりだと思います」
☆ラム・チョップ・カツ
「スペンサー先生、先におことわりしておきますが、今回は骨付きでお願いします」
「なんで骨付きなんだ。俺のレシピ通りにやるんじゃなかったのかい。ステーキ用のラム肉じゃないと叩いて伸ばせないしぜ」
「すみません、近所の肉屋にはこれしかなかったので...」
「まぁいいか、作るぜ」
「この料理は、ガールフレンドのスーザンとパム・シェパードのために作った場面でしたね。そして、パムはこの料理に絶賛していましたね」
「当たり前だぜ、このラム料理は俺の自慢料理なんだ」
「私は、最初にこのレシピをみて本当に美味しいのかな?と疑問符でした」
「何を言いたんだ」
「ラム=ローズマリーが私の固定レシピで、ラムとハッカ(ミント)のイメージが初めてだったので、どうかなぁと思いました」
「それで、どうだった?」
「はっきり言いましょう!大変美味しゅうございました!」
「美味しいなら、美味しかったと早く言えよ」
「フライにしてからのシャブリのワイン蒸し、このときにハッカとバターを加えたソース。この三つ巴が強力なラムの味の引き立て役と感じました。そして、蒸す事でラム肉が柔らかく仕上がっていました。これは病みつきになります」
「そりゃそうだよ、俺のレシピだからなぁ」
「スペンサー先生は、この料理をバーガンディで召し上がっていますが、私シャルドネ・マニアは、料理に使ったシャブリと一緒に食べました。これが、また最高!今宵のシャルドネ姫に激惚れです」
「俺のレシピだからなぁ」
「確認していいですか、このレシピは”ジュリア・チャイルドのレシピ本”に出ていませんでしたか?」
「 ・・・ 」
☆フェタ・チーズ・サラダ
「おいおい、 文中では『フェタ・チーズと熟したオリーブでギリシア風サラダ』と書いてなかったか?フェタというのはギリシャの羊か山羊のチーズの塩漬けのことで、これはデンマークのオイル漬けチーズじゃないか。本当は2007年10月15日以降からはギリシャ以外で『フェタ』と名乗っていけないだぜ」
「すみません、いろいろ探したのですが日本ではこれしか手に入らなかったので、これでお願いします。私はサラダにのっけて、よく食べるんですよ。美味しいですよ」
スペンサーは呆れたように言った。「これは、カマンベールと書いてある缶入りチーズみたいなもんだぜ」そして、ひとつつまんで口に入れた。
「美味しいじゃないか!」
☆ナン
「スペンサー先生のいう”シリア風のパン”というのは、”ピタパン”のことですよね」
「”ピタパン”?、ボストンでは”Syrian bread”と言うんだ。でも、これはなんだインドのパンじゃないか」
「今回は、スペンサー先生にパンを焼いてもらおうと粉を水で混ぜて、こねて焼くだけの簡単なものを用意しました。どうでしょうか?」
「確かに水とこの粉を混ぜて、こねて焼くだけで簡単にできあがった。でも、味もそっけもねえぇな」
「今、ひとつでしたか」
「パンは、美味しいパン屋で買ったほうが俺は好きだよ」
「はい、わかりました」
「ちょっと、話はかわりますが、音楽の選曲も気になりますね」
「俺は、料理、お酒、本そして音楽が好きなんだ、特にJazzがな」
「スーザンとの海岸のシーンに4曲使うなんて、豪華じゃありませんか」
「あのときは一仕事を終えて、息を抜いたのでちょっと豪華に盛り上げたのさ。すぐ後に最大の山場の生き抜きでもあったんだ」
「今回の、選曲で気になったのは依頼人からパム・シェパードを探すよう頼まれて立ち寄ったバーでジューク・ボックスからエルトン・ジョンの歌が流れていて、スペンサー先生が『ジョニー・ハートマン、という名前を聞いたことがあるかい?』と尋ね、店のルディが『ああ、偉大な歌手だ。流行に押されてこんな糞みたいな歌を歌うようなことは、絶対しなかったよ』というセリフが印象的でした。エルトン・ジョンも偉大ですが、ここでジョニー・ハートマンが出てきたのにビックリでした」
「ジョニー・ハートマンがいけないのかい」
「この『約束の地』は、愛を語っているでしょう。シェパード夫妻の歯車がかみ合わない夫婦愛、スペンサー先生とスーザンのような結婚していない男女の愛。そうなると最後に聴きたくなる歌はジョニー・ハートマンの”My one and only love (この世で愛するただ一人の君)”でしょう...」
↓
♪Johnny Hartman & John Coltrane - My One And Only Love ("The Bridges of Madison" movie screens)
今宵の残り時間は、シャルドネ姫とこの歌を聴きながら楽しみます。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます