悲しみの城からの脱出

親からの呪縛から自分を解放するためのブログ

いろんなブログを見て思うこと

2024-12-21 18:30:00 | ひとりごと

この頃、いろんなブログを

読んでて思うことがある。

最近の若い人たちは、

子供の頃から共感や寄り添いが

当たり前のようにされて

育ってるんだなということ。

 

 

だからなのだろうか?

ちょっとでも反対意見を言うと

 

ひどい

 

と当事者の代弁者になって、

周囲の擁護者たちが責め立てる。

何なんだろう?この違和感…。

ずっと、違和感を感じ続けてた。

その違和感の理由が…

 

 

共感や寄り添いに慣れた

人達が増えていること

 

 

なのだと、最近、気付いた。

別に、良い悪いではない。

ただ、そういう人が増えたと

いう事実に気付いたと言うだけ。

でも、たまに、思うことがある。

 

 

たぶん、そうやって

共感・寄り添い続ける

だけだと優しさではなく

甘やかしになるんじゃないか?

 

 

自分で気付いたりしないと

いけない人も共感してくれる

人ばかりの中にいると、

甘えてばかりになることもある。

これは、自分では、なかなか、

気付くことはできないのでは

ないだろうか?

 

 

これは、複雑性PTSDを抱え、

機能不全家庭で生まれ育った

碧音だから、そう感じるのか?

たまに、疑問に感じることもある。

もちろん、共感・寄り添いが必要な

タイミングの人もいるだろう。

でも、それは、所謂、ぬるま湯の

環境でもあるのだ。

そこで傷の舐め合いをするのは、

とても居心地のいいものだ

 

 

碧音自身、そのような環境に

身を置いていたのでよく分かる。

ただ、碧音は、たった半年で、

その環境から出てしまった。

それは、三カ月後に、こんな

考えがよぎったからだ。

 

 

たしかに、居心地はいい。

だけど、ここにいて

前に進めるのだろうか?

 

私は、前に進みたいので

あって、傷の舐め合いが

したいわけではない

 

 

結局、この考えが頭に浮かんで

3カ月後に、その環境から

離れることにした。

特に、そこにいた人たちが、

嫌だったわけではない。

逆に、すごくいい人たちばかりだ。

 

 

 

でも、共感・寄り添いをしてくれる

人ばかりの中にいると、前に進む

気持ちが萎えてしまうのだ。

おそらく、これは碧音の性格も

関係していると思う。

だから、離れただけの話。

 

 

たまに、子供を支配しようとしてる

親の擁護をしてる人を見かける。

同じ親として共感できるのだろう。

だけど、かなり、行き過ぎでは?

と感じることもある。

 

 

 

虐待されて育った母親が、子供を

支配しようと成年後見制度と

利用しようとしていたのを見て、

ゾッとした。

ブログ内のコメント欄に情報を

書いてた人がいたため、そう

動こうとしていたのだ。

 

 

 

子供は大学生。

発達障害があり、お金を使い

すぎてしまうと悩んでたとしても

成年後見人制度はやり過ぎだ。

それに発達障害と言っても、

もしかすると、複雑性PTSDによる

後天的なトラウマ反応が発達障害に

似た反応が出ているに過ぎない

可能性だってあるのだ。

 

 

でも、子供を自分の好きなように

支配したい親は、いろんな理由を

つけては支配するための情報を

集めようとする。

そして、そういう親は、碧音の

母親のように、外では可哀想な

自分を演じることで周りを味方に

しようとする。

そういう親を甘やかすのが、

共感・寄り添い第一の擁護者。

 

 

正直、そういう親を見ると、

気持ち悪さしか感じない。

この嫌悪感は、おそらく、

母親に対する気持ちとリンク

しているのだろう。

 

 

 

何でも、そうだが、優しさや

共感・寄り添いも、誰彼

構わずやっていいことではない。

なぜなら、自分で考えるべき

ことも放棄してしまうことが

あるからだ。

 

 

 

つらそうだから、寄り添って

ばかりでは、自分と向き合う

ことから逃げてしまうのでは

ないだろうか?

見守る厳しさも必要だと思う

碧音である。

 

 

コメント
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