今日も、無事終わりました。
何か、今思考が暗くなるパターンの時だな。
と思った。天気悪いから?
周りの人は充実して生きてるのかなあ、なんて、思う。
じゃあ私は?っていうと、まぁ、ぼちぼち。
(こう書く事自体ループしてて嫌いだけど書かさる時期!)
で。今日のguerrilla loveです。
まず、更新ありがとう😊
暗喩?比喩?
お久しぶりなキャラが登場する今回。
一つの物事(事実)に対する見方、
そしてそれらに対する他者の捉え方は、
人の数だけあるかもしれないし、
少なくとも見方は一つでは無い。
ただ、自分が惹かれる、信じてきた捉え方、
偏りがちな捉え方がずーっとあって、
それは実は違うのではないか?
もっと自由に物事は捉えられるのでは?
皆違う捉え方をしているし、
自分が思う事だけが正解ではないとわかってしまった今、
自分はどうしよう…
みたいな。
ふんわりとね。
そういうguerrilla loveなのかな?と。
言いたい事はなんとなくわかるわけです。
ただ、他の方みたいに具体的に何を話しているつもりなのかまでは、
私にはわからない訳ですが。
私は、なんですけどね。
一つの事実があったとして、
それに対する反応って様々じゃないですか。
(例で言うと一つのツイートに対するリプの仕方〇パターン的な)
同じことを見ていても皆違う感じ方をする訳ですよ。
人はたくさんいるから、重なる人もいて、
それが多数派とか少数派とかになったりすると思うのです。
そして自分は白か黒かみたいな見方をしがちで、
グレーが苦手なんですよね。
どっちなの?みたいな。
でも世の中には曖昧にあえてする、みたいな事もあるわけで。
そういう事もわかってきた中で、
十人十色な視点がある事もわかると、
自分の場合は、「どの視点で自分は見たいのか」が、わからなくなる瞬間があります。
そして、それと同時に、
人は見たいようにしか見ない、というのもまた事実だと思っています。
だから、自分というものがないとグラグラしてしまうのです。
自分の意見こそ正しい!
という強い主張に飲み込まれそうになるからです。
そうなると、色々な見方が頭の中にはくるけど、
自分がないからそのどれもに共感したり反発したりして、
自分は?みたいな感覚になります。
なので、guerrilla love読んでたら、
ああ、戸塚くんは決めたのだなぁ、と。
すごいなぁ。
応援しています。
戸塚くんのguerrilla loveにいつも救われるというか、
癒されるというか、
本当に戸塚くんがいて良かったです。
ありがとう!
明日も頑張ります。