叔父が亡くなったと聞いたとき
ワタシは大阪にいたので
同行できなかった
しかも
父から電話があった時は
夜だったのでホテルにいた
それに
すでに父は
車で3時間以上もかかる
隣県の田舎の斎場にいて
1泊して
翌日の葬儀の後
火葬場に参列してから戻るといい
ずいぶんお酒も飲んでいるような
話しぶりだった
訃報を知らせる為もあるが
実家の金魚にエサをあげてきて欲しいらしく
ワタシが実家へ行かれないというと
1日ぐらい餌がなくても
金魚は死なないだろう
と言って電話を切った
翌朝またも
前夜と同じ内容の話をして
金魚に餌をあげに行って欲しいという
朝方、ハイハイしながらトイレに行く程
随分呑んだのだそうだ
父はまた一人なんだなと
聞かなくてもわかる
49日の法事は
父に同行して斎場へ向かった
高速道路を使っても
車で2時間以上はかかる
道案内をしてくれる
父にはほんとに感心した
一度通っただけの道だというのに
頭の中に地図を描き
それをなぞるように
目印の橋や店まで
記憶していて
「ここを右じゃ、これは左じゃ」
と
迷うことなく
車を走らせた
道中
あの女性から何度も電話があった
父が心配なのか
私といることが不安なのか
とにかくやたら頻繁にかけてくるので
父も
「こんなに再々かけてきたら、充電がなくなるでー」
といった通りに
斎場に着いた頃には
父の携帯の充電は
本当になくなった
女性は
この頃も実家にはいなかったのだ
つづく
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