ご要望がありましたので全文掲載することにしました
お暇なときにでもご覧くださいませ!
(紙面の方には今年のト・オン・カフェ個展での
DMに使った絵を掲載していただいておりますが
モノクロなのでこらにはカラー版を再度掲載してみました)
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若手アーティストファイルⅩ
「市民的芸術」 本田 征爾 中村一典(ト・オン・カフェ、美術批評)
「市民としての自覚をもち、その生活はあらゆるボヘミアン的、反市民的なアナーキーに反し、徹頭徹尾市民的であった。」
この一文は、画家クレーの人柄にたいする彼の知人による回想である。この文章は美術批評家の千足伸行氏が書いたクレーの評伝の中で引用されているものだが、クレーの市民生とは平凡や没個性を意味しているのではない。大衆性とは違う”市民性”なのである。芸術活動における精神的自由さと、普段の生活での淡々とした落ち着きや慎しさを愛することこそが、クレーの持っていたすぐれて市民的な態度であった。
本田征爾の作品や彼の人物像に触れるとき、彼が敬愛するクレーの中にあった”市民性”に近いものを感じる。多少日本的なニュアンスが加わり”町人性”といってもよいかもしれない。クレーと同じように音楽や文学を愛で文化的豊かさを楽しみ、生活にポリシーを持ちながらけっして奔放さや華美を追い求めはしない。本田を知っている人であれば、いかにもアーティストらしい個性的な風貌である彼の印象とは結びつかないと思うかもしれない。しかし、彼の作家活動があくまで一市民としての活動であるという点に、彼の作品の価値や本質があると感じる。彼の作品からはクレーの影響がすぐ見て取れるが、それは表面上だけではなく内面的、人間的な類似性も強く感じさせるのである。
本田征爾は、1977年京都府長岡京市で生まれている。彼の生家は呉服関係の仕事をしており、彼の父親は大のモーツァルト好きであったという。「小さい頃モーツァルトをさんざん聴かされて嫌いになってしまった」と彼は苦笑交じりにいうが、彼の音楽への尽きることのない興味の源泉はここにあるのだろう。また京都という環境や父親の仕事などモノづくりと流通という関係に馴染んでいたことが、現在の本田の顧客のニーズに応えていくというスタンスに繋がっているかもしれない。
高校卒業後、北海道大学の水産学部に入学することになるが、その理由は海の生物が好きだったからだという。海の生物に興味を持ったのは、それぞれの生物がもっている不思議なフォルムや色に惹かれたからであった。「外見の方に興味があったからあまり研究者向きではなかった」と彼は振り返るが、アーティストとしての意識が芽生えはじめたのも大学時代である。学生の時間があるうちにしてみたいと思っていた日本一周をしたときに「人はやりたいことをやっていいんだ」と感じ、そこからアートという表現へと向かっていくことになる。
2002~03年には、まぐろ延縄調査船に乗り半年近い期間を海上で過ごすことになった。すでに制作活動という方向が見えてきた時期に、さまざまな国や海で多くの魚や生物、色彩に出会う体験ができたこと、また海上で制作をするという方法を見つけたことはとても有意義であっただろう。それをクレーが1914年にした北アフリカへの旅と同じように彼の中にずっと強く残っていくはずである。「色彩が僕をとらえた。僕はもはやこれをつかもうと手をのばす必要はない」というクレーの言葉と同様、彼の中でつかんだものがなくなることはない。彼はこの後、船に乗る時期と展覧会をする時期を交互にし、大阪と札幌でコンスタントに展示を重ねている。
本田の作品は幻想的であるが、単なるフィクションではなくリアリティやユーモアが散りばめられている。彼が作品でとりあげている海に生息している生物やマレー獏、キノコなどは、実際に存在しているものだが、見る者を不思議な気持ちにさせるものたちである。そのフォルムや色、柄には、どこか私たちを引き寄せて魅惑しながら、同時に少し不気味な気持ちにもさせる要素がある。その取っ掛りを本田は巧みに使い平面作品や、オブジェを制作している。そのミニアチュール的な作品サイズもあり「作品」というよりも、大切にしたい宝物というような佇まいである。その宝物を見ながら、私たちは想像力をふくらまし悦に入ることができるのだ。
2011年以降は乗船をひかえ作家活動をメインに据えて活動している。彼の制作を常に下支えしているのは、彼の文化的な刺激への欲求である。それは文化を嗜好したいと願う市民性でもある。彼はそのような嗜好性を作品に色濃く反映させることで、作品を魅力的にしている。彼の作品はピュアなアマチュアリズム性を一方で感じさせ、他方ではさまざまな芸術ジャンルの嗜好のキメラ的な融合、なんでもあり的な面白さを感じさせる。彼の文化的嗜好の旅は続くだろう。そしてその旅とともに私たちは彼の新しい作品と出会うことになるのである。