鄭容順の直言!

日頃気が付いたこと徒然に。

午後4時15分、もう夕方です。

2011-10-29 16:54:50 | 直言!
つまり私が生まれて1年と少しで産声をあげた新聞社、大和タイムスの始まりだった。戦争という中で言論の自由もなかった戦前、戦争に負けたが言葉が自由に使える。書きたいものは何かを書くことができる。
心の鬱積がセキをきったように外に出て行く。話したい。書きたいと
思う人がたくさんいただろう。
書くことも言葉の表現である。
私は戦争が終わったとき後、半月で満1歳になるときだった。
日本植民地支配から解放された朝鮮人は国に帰っていった。
それでも朝鮮人のための帰国船はない。
釜山で待っている中国・朝鮮半島の日本人引揚者を連れて帰るために空の船でいくより帰国する朝鮮人を乗せた。
日本人の引き上げが終わると朝鮮人の帰国はストップした。
国に帰った朝鮮人たちはやはり故郷の混乱した政治と貧困に失望しコレラなどの病気も蔓延し職もない。帰国した男性たちはまた密航船で日本に戻ってきた。
この数は数えきれない。こうした現状に思いとどまった在日コリアンの帰国に対する歴史の足跡がある。帰国当時を語ればこんな話がどこからとも出てくる。
3世たちはこんな歴史は知らないだろう。
だが2世は見たり聞いたりして知っている。
だから素直に日本国籍をとれない。心のわだかまりがある。
言葉では上手く言えないが親が歩いた人生の足跡を踏んで生きている。

先日、あるところで取材したがこの人の半世紀もそうだった。
日本の敗戦後、国に帰国するもののまた家族を置いて父親は日本に舞い戻っている。もちろん密航船である。

混沌とした世相で生まれた大和タイムス、しかし人々たちは自分らしく生きることができる希望に満ちていただろう。
現在はデジタル化してインターネットで新聞を読むことができるがやはり新聞は紙の上に印刷された活字から見るものが心に入ってくる。心に染みとおる。
文字と文字の間に作成している人たちの心が垣間見ることができる。
この記事は真実なのか。足を運んだのか。駆け出しの記者が書いたのかもわかる。
駆け出しでも足で歩いて1人でも多く会って取材していく中で記事の本筋が見えてくる。そして記事には何が大切かもわかってくる。
それはありのまま伝えられているものである。
ともすれば記事の中に隠されたものがあると見えているときもあるがなかなか本音が出せないものもあるがそこはきりりと鉢巻をしめて読者は何が知りたいのか。本当のことは何かを読者が望んでいる。
そんなことを頭の中で思いめぐらせながら皆さまの祝辞を聞いていた。

プログラムはまだ2つ残っていたが奈良ロイヤルホテルを出た。
12時から始まった式典、会場を出たのは1時10分、行きしなはタクシーを利用したが帰りはバスにしようと奈良市役所前のバス乗場まで歩いた。
1時25分のバスに乗って近鉄奈良駅に戻った。
歩いている途中、車の中でプープーと鳴らす人がいる。
よく見ると元奈良新聞社の副編集局長、ジャーナリスト・ネットを一緒に立ち上げた人、先輩だった。驚いて私も手を振った。
まだプログラムが終わっていない式典会場に駆けつけたのだろうか。

ずっとたったままだったのでいきつけの喫茶店に寄って休憩することにした。
読みかけの文庫本を少し読んだが30分もすると疲れてきた。
文庫本はこの間から読んでいた本は面白くないので途中だが読むのをやめた。
今日から新しい文庫本を読み始めたがやはり面白い、
喫茶店を2時前にでてスーパーで足りない食材を急いで買ってバス乗場に来る。
中循環バスは6つ向こうを走行している。しばらく待つときた。
自宅に戻るともう3時前。シャワー浴びて荷解きしてパソコンを開いて雑用するともう4時です。
5時前になってきました。
急いで夕食の支度です。
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