香港国際映画祭の報告の続きです。今回見た作品の中で、最も印象に残ったのが中国映画の『水印街(Trap Street)』。文晏(ヴィヴィアン・チュイ)監督の初監督作品です。
主人公の青年は地図を作る会社で働いていて、同僚と2人車ででかけては、街のあちこちを測量して回ります。そんな時いつも気になるのが、広林巷という街角に停まっている赤い自動車。それに乗り込むきれいな女性を見かけてから、彼の好奇心はさらに強くなるのでした。
そんなある日、にわか雨が降った時に、彼と同僚は雨に濡れて困っているその女性を車に乗せてやります。次の日、車を掃除している時に、青年は車の床に落ちた小さな箱を見つけます。中にはUSBが2本と、彼女の連絡先が。早速電話をして、彼女と会う約束を取り付けた青年でしたが、弾んだ気持ちで待ち合わせ場所に行ってみると、彼女の上司だという中年の男が待っていて、彼女から忘れ物を受け取ってくれと言われた、と言います。
彼女のことが忘れられない青年は広林巷に行ってみたりしますが、その行動が誰かから監視されていたなど、まったく気づきもしなかったのでした。
その後、彼女と付き合うようになった青年ですが、その身辺には次々と不可解な出来事が起こっていきます。政府の調査室らしき所に連れ込まれて、USBの情報を流しただろう、と責め立てられたり、父母の住む実家に戻ってみると、自分の部屋以外はもぬけのからだったり....。見えない包囲網が自分の回りに張り巡らされているのを感じた青年は、その原因が彼女だったと気が付くのでした....。
国家が一般人に対し、スパイの罪を着せていく過程が巧みに描かれていきます。主人公の青年自身、地図会社の仕事と共に、盗聴器発見業を友人と共にやっていて、要人が来た時の盗み聞きなどは日常茶飯事ということも伝えられていきます。主演の呂聿来(ルウ・ユウライ)は、日本でも『孔雀-わが家の風景』 (2005)でヒロインの弟役を演じたことで知られていますが、その気弱な雰囲気が本作にぴったりで、悲劇へと転がっていく主人公に痛みを感じずにはいられませんでした。
日本で大学に勤める中国人の先生たちが、中国に帰国したとたん音信不通になる、という事件も最近2件ほどありましたが、そういう現実ともつながるシリアスな作品でした。
もう1本印象に残ったのは、周豪(チョウ・ハオ)監督・主演の『夜(The Night)』。上の写真が周豪監督で、これを見ると大体どんな作品かおわかりいただけると思います。そう、主人公はゲイの青年で、階段状になった坂道に立って客を誘い、その体を売る、という生業をしています。そんな彼が知り合ったのは、同じ場所に立ち始めた同年代の娼婦。彼女は決して美人とは言えないのですが、自分を飾ろうとせず、顔もスッピンのまま客を誘います。2人はなぜか気が合い、客待ちの間にいろんなことを話すようになります。
そんな時、彼と一度関係を持った年下の男が、すっかり彼に恋してしまいます。こうして3人の間で、友情のような愛情のような感情が芽生えていくのですが....。
本作は何か物語を進行させるというよりも、周豪監督が自らを露出するための作品、という面が強いもので、部屋で着替える場面や、独り寝の場面が長々と描写されます。その時に流れるのが、テレサ・テンの歌「小小的水仙花」。さらに「夜来香」や「月亮代表我的心」も使われていて、1970年代・80年代のレトロな音楽に身をゆだねながら、ゲイの世界へと入っていく主人公が時には妖しく、時には美しく描かれていきます。
そういう自己愛に充ち満ちた作品なのですが、主人公と娼婦の間で交わされる会話が妙にリアルで、2人の人間らしさを感じさせてくれたりして、奇妙ながら面白い味のある作品でした。周豪監督は1992年生まれなので、まだ21歳か22歳。今後が楽しみですが、とりあえずこの『夜』はどこかのクイア映画祭か、レズビアン&ゲイ映画祭でぜひ上映してほしいものです。
中国映画は、このほか婁[火華](ロウ・イエ)監督の『推拿(Blind Massage)』、寧浩(ニン・ハオ)監督の『無人区(No Man's Land)』、■亦男(ディアオ・イーナン)監督作品で、ベルリン国際映画祭で賞を獲ったばかりの『白日焔火(Black Coal, Thin Ice)』などがラインアップに入っていたのですが、上映にも当たらず、またDVDもなし、ということで、主要作品が見られず残念でした。
唯一劇場で見られたのが、陳可辛(ピーター・チャン)監督の『アメリカン・ドリーム・イン・チャイナ』だったのですが、こちらは期待したほどではなくてがっかり。ドタバタした作りで、昔のしっとりと情緒のあったピーターの作品の面影はまったくありません。お話の盛り上げ方もいまひとつ私の好みに合いませんでしたが、「私たちの教授方法を盗んだ」というアメリカ側の訴えに対し、敵地に乗り込んで反論するクライマックスは圧巻でした。
香港国際映画祭は4月7日(月)に終わってしまいましたが、この報告はもうちょっと続きます....。