10月16日(金)から公開される中国映画『薬の神じゃない!』は、今年の私的アジア映画ベストワン!と言ってもいい作品です。実際に中国で2004年に起きた医薬品事件をもとにしているのですが、それをうまく脚色してある上、インドとのつながりがあちこちに出てきて、インド好き、インド映画好きとしては嬉しい限り。2018東京・中国映画週間(2018年10月)で上映された時は『ニセ薬じゃない!』という邦題でしたが、一般公開にあたって、中国語原題の直訳『薬の神じゃない!』に直されました。どちらも映画の本質を言い当てているのですが、まずはこの映画のデータからどうぞ。
『薬の神じゃない!』 公式サイト
2018/中国/北京語・英語/117分/原題:我不是葯神
監督:文牧野(ウェン・ムーイエ)
主演:徐峥(シュー・ジェン)、王伝君(ワン・チュエンジュン)、周一囲(ジョウ・イーウェイ)、譚卓(タン・ジュオ)、章宇(チャン・ユー)、楊新鳴(ヤン・シンミン)
配給:株式会社シネメディア
※10月16日(金)より新宿武蔵野館、池袋シネマロサ他全国順次公開
©︎2020 Cine-C. and United Smiles Co., Ltd. All Rights Reserved
舞台となるのは、2002年の上海の下町。「王子印度神油店」という看板の上がる小さな商店で、ホコリにまみれた商品に囲まれているのは程勇(チョン・ヨン/徐峥)という男です。チョンが売っているのは、バイアグラもどきの怪しいインド製オイルなのですが、全然売れず、そのため妻は小学生の一人息子を連れて出て行き、別の男と再婚。寝たきりの老父の面倒を見ないといけない上に、週一でやっと会える息子にせがまれるとプレゼントも買い与えねばならず、今では家賃も滞納している有様の崖っぷち男チョンでした。そんなチョンの所に、紹介を受けてやってきたのは白血病患者の呂受益(リュ・ショウイー/王伝君)で、インド製の薬が手に入らないかという相談を持ち出します。リュによると、現在の中国ではスイス製の白血病治療薬「グリニック」が使われているのですが、非常に高価で、1瓶数万元もするとのこと。それがインド製のジェネリック薬品なら2千元(約3万円)と20分の1で済むので、何とかインドとのつてを使ってこっそり入れてくれないか、というのがリュの依頼でした。謝礼の3万元(約45万円)につられてチョンはインドに飛び、NATDO製薬の社長に面会。すると社長は、「2千元は売値で、卸値は500元だ」と言うではありませんか。「だがこれは、代理店に卸す時の値段だ。中国では”ニセ薬”扱いされていて販売禁止だから、代理店はまだない」という社長の言葉に、「とりあえず100瓶買うから、それが全部売れたら代理店として認めてくれ」と頼み込み、チョンは上海に戻ってきます。
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薬を見て、リュは大喜び。しかし、「かくかくしかじかで、患者仲間に売れば確実に大儲けできる」というチョンの言葉にリュは、「逮捕が怖い」と乗ってきません。それを何とか説得し、娘が白血病患者で、ネット掲示板で人気者の劉思慧(リウ・スーフェイ/譚卓)という女性を宣伝担当にし、闇販売がスタートすると、案の定大人気に。やがて、英語の出来る劉牧師(リウ/楊新鳴)にインドとの交渉係になってもらい、代理店契約も無事締結できました。リウ牧師は、自分の教会の信者たちが高価な薬に困っていることに同情しており、手を貸すことにしたのです。そして、患者の青年で茶パツのため「黄毛」と呼ばれる彭浩(ボン・ハオ/章宇)も加わります。しかし、スイスの製薬会社は警察を動かし、チョンらの「ニセ薬」を取り締まろうとします。その担当となったのは、チョンの元妻の弟曹斌(ツァオ・ビン)刑事でした。こうしてチョンたちの活動も、だんだんと危うくなってきます....。
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このお話の元になったのは「陸勇事件」と呼ばれる出来事で、プレスに拠れば、「2004年、慢性骨髄性白血病患者の陸勇は、インドから安価な抗がん剤を購入し、同じ患者にも多く販売した。しかし、2014年、国の認可を受けていない”ニセ薬”を販売した罪で、彼は検察から起訴されたが、市民・関連団体から裁判撤回を要求するデモが発生し、翌2015年に起訴は撤回され、釈放された。この事件と本作公開をきっかけに、中国医薬業界に変化が起きた」のだそうです。主人公チョンが患者ではないなど、いくつかの部分でフィクションが入ってはいますが、基本的には「陸勇事件」に依拠しており、スイスの製薬会社名なども実際の会社を思わせる名前になっています。それにしても、「薬九層倍」と言いますが、先行薬品とジェネリック薬品では20倍ほどの値段の差があるとは。しかも、国家権力や警察権力と結びついてその利権を守ろうとする大手製薬会社の態度には、患者ならずとも怒りを覚えます。本作に登場する患者たちが、感染予防のため皆マスクをしているのも、コロナ禍でずーっとマスクをしなければならない今の私たちには、その気持ちがよくわかる描写です。
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主演が、私が「中国三大コメディアン」と呼んでいるうちの1人シュー・ジェンなので(あとの2人は黄渤/ホアン・ボーと王宝強/ワン・パオチェン^^)、笑わせてくれるシーンも多く、特に前半は楽しく見ていられます。後半はそれから1年後のお話となり、かなりつらいシーンもあるのですが、最後に感動のシーンが待ち受けています。これらの笑いと涙とハラハラドキドキが、実に巧みに案配されていて、これが長編デビュー作だというウェン・ムーイエ監督の手腕に舌を巻きました。中国で、2018年の興行収入第3位に入ったのもうなずけます。製作費が7500万元(約11億円)で興収が31億元(約47億円)と、製薬会社ほどじゃないですが、大いに稼いでくれたわけで、それだけ中国人観客の心を捉えた作品、と言うことができるでしょう。
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さて、それで、「インド映画ファンも必見!!」というタイトルなんですが、ニセ薬ならぬニセ・キャッチコピーだと疑っているあなた、映画が始まって5分でのけぞりますよ。何と、オープニングタイトルにこの歌が流れるのです。「♫アーンケーン・クリー・ホー・ヤー・ホー・バンド、ディーダール・ウヌ・カー・ホーター・ハィ(目を開けていても閉じていても、彼女の姿は見えている)♫」そうです、シャー・ルク・カーン主演作の『Mohabbatein(様々な愛)』(2000)の曲ですね。2000年のインド映画興行収入第1位の作品で、シャー・ルク・カーンとアイシュワリヤー・ラーイのカップルを背景にして、カレッジの男女3組の愛が描かれる、というものでした。カレッジの学長であり、アイシュの父親役としてアミターブ・バッチャンも出演、という豪華版で、中国では『情字路上』というタイトルで知られています。『薬の神じゃない!』では、最後のエンドクレジットにちゃんとヤシュ・ラージ・フィルムズの名前があり、版権もクリアしていることがわかります。この歌のシーンを付けておきましょう。
Aankhein Khuli | Full Song | Mohabbatein | Shah Rukh Khan, Aishwarya Rai | Lata Mangeshkar, Udit N
そして、インドのシーンはおそらくムンバイでのロケだと思うのですが、前述の通り製薬会社が出てきます。そのシーンでは「NATDO Pharma Ltd」という看板が一瞬写るのですが、これはインドの薬に詳しい人には「あれ?」の名前なんですね。実在の「NATCO」という有名な製薬会社があり、ここは抗がん剤のジェネリック薬品をいろいろ出している会社なのです。「陸勇事件」の時のインド側の製薬会社がここなのかどうかは調べ切れませんでしたが、登場する社長は男気のある、とても誠実なインド人として描かれています。演じているのは、インドの脇役俳優シャフバーズ・カーン(Shahbaz Khan)という人です。今回宣伝の方がご親切にもキャプチャーで取った画像を送ってきて下さったのですが、下がアリー社長です。演じる俳優がイスラーム教徒なので、役もイスラーム教徒にしたのかも知れませんね。
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このアリー社長の描き方というか、堂々たる振る舞いの描写には、「インド人を公平に描いてくれてありがとう!」と思わず手を差し出したくなってしまいました。1962年に中印国境紛争での交戦を経験し、また最近ではラダック地方での衝突が記憶に新しいインドと中国ですが、こういう描写はそれ以前の仲の良かった両国関係を思い出させます。このジェネリック薬品購入に関しては、まさに「Hindi-Chini bhaai-bhaai(インド人と中国人は兄弟)」という精神が生きていたのかも知れませんね。
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とは言え、トンデモなインド人も登場します(笑)。と言うか、主人公のチョンが、買った薬をムンバイ(多分)から上海まで送るのにトンデモな方法を使うのですが、その時に登場するのが上の写真のコックさん(こちらも、宣伝担当の方がわざわざキャプチャーで画像を用意して下さいました。ありがとうございました!)。その方法は映画を見ていただくとして、上の太ったおじさんに見覚えはありませんか? 実はこの人、プラバースの主演作『SAAHO/サーホー』(2019)に出演していたんですよ! ほんの短いシーンなのですが、さて、どのシーンの誰に扮していたでしょう? おわかりになった方は、ぜひコメント欄まで答えをお寄せ下さい。賞品はありませんが、コメントをアップして称えます(笑)ので、お早めにどうぞ。というわけで、このおじさんのお名前は伏せておきますね。
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インド好き、インド映画好きの人も必見の作品、という意味がこれでおわかりいただけたと思いますが、ほかにもチョンの店の看板にヒンディー語、しかもデーヴァナーガリー文字で「भारत भगवान तेल की दुकान के राजकुमार(バーラト・ハグワーン・テール・キー・ドゥカーン・ケー・ラージクマール/インド神油の店の王子←何のこっちゃ?)」と書いてあるなど、インド好きの心をくすぐるシーンがいろいろあります。そして同時に、中国語圏映画好きの心をくすぐりまくってくれるのが、出演者の1人チャン・ユーのカッコ良さです。チャン・ユーは、一昨年から昨年にかけて話題になった中国映画『象は静かに座っている』(2018)の主演男優の1人として注目され、口ひげのダンディーな姿を日本の観客にも焼き付けたのですが、本作ではまったく違う姿「黄毛」(上写真の左端)で登場します。私もプレスを読むまで気がつかなかったほどで、うーむ、うまい俳優さんだ、とあらためてうなってしまいました。この『薬の神じゃない!』で、チャン・ユーはアジア・フィルム・アワードの助演男優賞を受賞し、金馬奨でも助演男優賞にノミネートされました。
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そうそう、もう一つトリビアが。チャン・ユー演じる「黄毛」の故郷がどこか、彼が買う列車の切符の行き先でわかるのですが、「えっ、そこなの!?」という町なのです。最近の映画の題名にも入っている町で、なぜそこにしたのか、監督に聞きたい気持ちが抑えられません。チャン・ユー自身の出身地が近くではあるのですが、それででしょうか? そんなこんなで、見どころ満載の『薬の神じゃない!』。本年はコロナ禍のために、映画好きの皆さんはきっと満たされない気持ちでいらっしゃると思いますが、本作はそのお気持ちを補って余りある作品です。ぜひ、劇場でご覧下さいね。最後に予告編を付けておきます。
映画『薬の神じゃない!』予告編
<追記>映画サイト【BANGER!!!】にも、この作品の紹介を書かせていただきました。ちょっと重なっている部分もありますが、こちらもチェックして下さいね。
本日ようやく『薬の神じゃない!』を観て参りました。
上映館が少ないのは残念ですが、とても面白かったですね。
さて、サーホーにも出てきたあの方は、強盗に入られたムンバイの宝石店の店長さんでしたね。
インドのシーンも思ったより多くて、目を凝らして観ました。
こちらでのインド他アジア映画の情報と共に、今後もトークショーやイベントなど、お話を伺えることを楽しみにしております。
そして...
ご回答、ビンゴ!です~♥。
『SAAHO/サーホー』でわけわからん男どもに襲われ、カウンターの下に身を潜めるなどしていた宝石店店主こそが、あの怪しい密輸船のコックなのでした。
俳優さんの名前はバーラト・バーティヤー(Bharat Bhatia)と言います。
IMDbのアドレスだけ付けておきますね。
https://www.imdb.com/name/nm7707369/
エンドロールでは「Fat Shef: Bharat Bhatia」と出てきて、思わず笑ってしまいました。
『薬の神じゃない!』自体もお楽しみいただけたようでよかったです。
ラストの護送シーンでは、私も泣いてしまいました。
公開直後の土・日は結構いい入りだったようなので、上映館が広がってくれることを願っています。