アクション映画や政治問題・社会問題を扱った生々しい作品などで秀作ぶりを発揮する韓国映画ですが、心洗われるような秀作がやってきました。11月19日(金)から公開となったイ・ジュニク監督作『茲山魚譜-チャサンオボ-』(2021)です。映画の題名は、ソル・ギョング演じる映画の主人公丁若銓(チョン・ヤクチョン/1758-1816)が著した書物のタイトルから取ってあって、「茲」は「黒」という意味であり、「黒山魚譜」、つまりは丁若銓の流刑先黒山島の魚類一覧というわけです。黒山島は朝鮮半島西南端の街木浦(モッポ)の西側海域にある島の一つで、こちらのサイトに地図も含む紹介が載っています。木浦の西側海域には大小たくさんの島があるのですが、黒山島はそれらから一段と外海に出た所にある比較的大きな島で、木浦からは直線距離で約100㎞、島伝いに半島本土に逃げ戻ろうにも難しい位置にあるため、流刑先として最適だったのでしょう。そんな予備知識を仕込んでおいてもらって、まずは映画のデータと簡単なストーリーをどうぞ。
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
『茲山魚譜-チャサンオボ-』 公式サイト
2021年/韓国/韓国語/モノクロ/126分/原題:자산어보
監督:イ・ジュニク
主演:ソル・ギョング、ピョン・ヨハン、リュ・スンリョン、イ・ジョンウン、ミン・ドヒ
配給:ツイン
※11月19日(金)よりシネマート新宿ほか、全国順次ロードショー公開中
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
1801年の朝鮮時代。第22代国王正祖(チョンジョ/チョン・ジニョン)が1800年に亡くなったあと、王位に就いたのはまだ10歳になるかならぬかの純祖(スンジョ)だったため、曾祖母の貞純(チョンスン)王后が実質的に権力を掌握していました。貞純王后とその一派は天主教(カトリック)を西洋の邪教とみなし、信者たちへの迫害を開始します。その対象には正祖の側近だった人々も含まれ、学識豊かな丁若銓(チョン・ヤクチョン/ソル・ギョング)、丁若鍾(チョン・ヤクチョン/チェ・ウォニョン)、丁若鏞(チョン・ヤギョン/リュ・スンリョン)の丁三兄弟も迫害の対象になりました。次男の若鍾は逮捕されてのち処刑、長男の若銓は黒山島に流刑、そして三男の若鏞も康津(カンジン/木浦の東南に位置する地域)郡へと流刑になります。
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
船に揺られ、黒山島に到着した若銓を迎えた島の役人・別将(ピョルチャン)のオム(チョ・ウジン)は居丈高な小人物で、若銓を冷たくあしらいますが、島の人々は偉い学者様の来島に戸惑いながらも親切に接してくれます。若銓は、一人暮らしの未亡人で面倒見のいいカゴ(イ・ジョンウン)の家に受け入れてもらえることになり、だんだんと島の暮らしに慣れていきます。好奇心旺盛で調査好きな学者気質を取り戻してみると、若銓にとってこの島は、美しい自然と豊かな海洋生物が存在するこの上ない研究対象の宝庫でした。そのうちに島の若い漁師張昌大(チャン・チャンデ/ピョン・ヨハン)と知り合いになった若銓は、昌大が向学心旺盛で、知識に飢えていることに気がつきます。こうして若銓は昌大から海の生物に関する知識を、昌大は若銓から学問を教えてもらうというバーターが成立します。当初は流人である若銓を拒絶していた昌大も、学問をしたいという欲求には勝てず、海の生物誌を本にまとめたいと考える若銓に協力しては、見返りに漢字や漢文の意味を教えてもらっていました。実は昌大は、科挙の試験を受けて役人になることを密かに考えていたのですが、その背景には彼の出自が引っかかっていました...。
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
若銓が島に着いてからの約1時間は、見ていて本当に心が洗われるようなシーンが続きます。互いに教え合い、学び合う、という行為を介して、どんどん心が近づいていく若銓と昌大。中年女性と言ってもいい年齢ながら、広い心と大いなる親切心、そして時折見せる初々しい表情とで、やがて若銓の心を捉えていくカゴ。昌大の幼な馴染みのボンレ(ミン・ドヒ)や昌大の母(パン・ウンジン)のような村人たち、そしてギョッとするような魚やタコ、イソギンチャクなども次々登場して、若銓の驚きや喜びがこちらにも伝わってきます。さらに、康津に流された弟の若鏞とも連絡が取れ始め、弟の弟子が来訪するなど、心弾む出来事が描かれていきます。昌大が若鏞のもとに出向き、その学識を賞賛されるシーンなどは、見ている方も胸を張りたくなるほどです。しかしながら、それで終わればおとぎ話、その後につらい現実が襲ってくるのですが、それによって当時、朝鮮時代の陰の部分がわかることで、物語は一層の膨らみを見せてくれます。
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
イ・ジュニク監督は大好きな監督で、特に『黄山ヶ原』(2003)と『王の男』(2005)が私のお気に入りだったのですが、本作『茲山魚譜-チャサンオボ-』で時代劇大好き三部作が揃いました。特に本作は、ごく一部を除いてモノクロで撮られており、その映像が心にしみ入るようで、一番好きな作品になりそうです。ソル・ギョングがこれまで時代劇に出演したことがなかったのは意外でしたが、素晴らしい学者&おじさんぶりで、何をしていても一幅の絵になっているのはさすがです。一方ピョン・ヨハンは若さがはち切れるような最初のパートから、分別くさくなる後半まで、これまた見事に演じ分けていて、底知れぬ実力と魅力を感じさせられました。この2人の拮抗した演技力がものすごいエネルギーを発していて、他作品では得られない満足感を与えてくれます。
ⓒ 2021 MegaboxJoongAng PLUS M & CINEWORLD. ALL RIGHTS RESERVED.
それから、きっとパンフレットにも収録されていると思うのですが、マスコミ試写配布のプレスに掲載されていた中野泰筑波大准教授による「『茲山魚譜』とその博物誌的魅力」は、本作が気に入った方には必読の解説です。「茲山魚譜」には図がなく、すべて文字だけで説明されている、というのは驚きで、どのように記述されているのか、また図が付けられなかったのはなぜなのか等々、この解説からは多くのことを学びました。実は配給会社ツインの公式ツイッターのサイトには、下にコピペした図が本作の宣伝期間中付けられていて、私はてっきり、「茲山魚譜」の中にある図だとばかり思っていたのでした。どなたの絵かわかりませんが、本作中に登場するエイやタコがちょい古色が付いた感じで描かれていて、本作のイメージにピッタリです。
YouTubeには予告編もアップされていますが、「本編タコシーン」と称する動画は後半が予告編になっていますので、それを貼り付けておきます。もうひとつ、「本編」シーンがありましたので、予告編が重なりますがそれもどうぞ。
『茲山魚譜-チャサンオボ-』 本編タコシーン
ピョン・ヨハン、巧みに糸を操り魚を捕る漁夫の自然な演技/映画『茲山魚譜-チャサンオボ-』本編映像
あと、メイキング映像があるのですが、これは必ず本編を劇場でご覧になってから見て下さいね。ということで、リンクを貼っておきます。このメイキングを見ると、皆さんも絶対イ・ジュニク監督を好きになりますよ~♥。では、劇場で心ゆくまで、『茲山魚譜-チャサンオボ-』の水墨画的世界をお楽しみ下さい!