香港から戻りました。香港を発つ直前まで、「キネマ旬報」次号(4月5日発売)の『ダンガル きっと、つよくなる』特集のゲラ校正をしていたため、最後に空港のマック・カフェから携帯で訂正箇所を送信した後は、何だか抜け殻のようになって飛行機に乗り込みました。本当は、香港版『ダンガル』こと『打死不離3父女』のDVDを買って、その感想も交えながらこの<予選:その3>である<最終予選>を香港滞在中に書こうと思っていたのですが、なじみの廟街のDVD屋さん精美唱片に行ったら「未出(メイチョッ=まだ出てない)」と言われてしまいそれも挫折。うーん、中国盤は出ているという話だったのになあ。その代わりに『Bajrangi Bhaijaan』こと『把[女也]帯回家』を勧められたので、すでに持っているものの39香港ドル(約550円)だったし、買ってしまいました。以前こちらで書いたのでご存じでしょうが、『ダンガル』は中国、香港、台湾でそれぞれの中国語タイトルがみんな違うため、中国盤を持ってきて香港で売る、というのは普通のDVD屋ではやっていないのです。ポスターを付けておきますが、上から順に、香港版、中国版、台湾版です。
(ポスターはこちらのサイトからコピーして貼り付けたのですが、ブラウザによっては画像が出ないものがあるようです。私のスマホでも空白になってしまうので、そんな場合は、元のサイトをご覧になってみて下さい。なお、念のためタイトルを書いておくと、香港版『打死不離3父女』、中国版『摔跤吧!爸爸』、台湾版『我和我的冠軍女兒』です)
漢字は見ると意味がおわかりかと思いますが、ちょっとわかりにくいものを説明しておくと、「父女」は「父と娘」ということです。「3父女」は3組の父娘がいるのではなく、「父と娘2人で合計3人」という意味で、同じような表現に「両公婆(夫婦)」があります。中国版の「摔跤」はレスリングのことだそうで、今回私も初めて知りました。「爸爸」はお父さんです。台湾版にある「冠軍」は優勝、第1位のことで、準優勝、第2位は「亞軍」と言います。キャッチコピーもいろいろ違っていて面白いですね。
さて、『ダンガル きっと、つよくなる』紹介<予選>の最後は、監督紹介です。アーミル・カーン作品は、『きっと、うまくいく』(2009)や『PK ピーケイ』(2014)のラージクマール・ヒラニ監督以外は、監督の影がどうしてもうすくなってしまうのが難点ですが、さすが「Mr.パーフェクト」だけあって、アーミルはいつも実力派の監督とタッグを組んで仕事をしています。今回のニテーシュ・ティワーリー監督も、実はすごい経歴の持ち主でした。
(c)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
ニテーシュ・ティワーリー監督の生年は調べたのですがわからずじまい。身長や体重まで出ているサイトにも「生年月日:不明」とあって笑ってしまったのですが、あとで述べる奥さんのアシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー監督の生年月日が1979年10月15日なので、ニテーシュ・ティワーリー監督も40歳ちょっと過ぎぐらいかな、という感じです。生まれは北インドの中央部マディヤ・プラデーシュ州のこれまた中央部にある町イタールシー。そこで初等&中等教育を受けたあと、ムンバイのインド工科大学(Indian Institute of Technology=IIT)に進学します。ご存じの方も多いと思いますが、IITはインドの理科系大学の名門で、今では全国に23校が展開しているのですが、ティワーリー監督が卒業したIITBことIndian Institute of Technology Bombayは2番目に開校したIITで、2018インド大学ランキングでは1位に輝くすごい大学なのです。
冶金学と材料科学分野で学位を取り、この名門大学を1996年に卒業したティワーリー監督は、世界的に知られたアメリカの大手総合広告代理店レオ・バーネット社に入社します。その後映画界に転身するまで、彼はそこでクリエイティブ・ディレクターとして勤務するのです。奥さんのアシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー監督ともその職場で知り合ったとかで、職場結婚したあと2人とも映画界に転身というか転進するわけですね。なお、ご夫妻には、男女の双子のお子さんがいるそうです。
その第1歩となった監督第1作が、スマッシュヒットした『Chillar Party』(2011)で、タイトルは『ガキんちょ党』とでも訳せばいいのでしょうか、子供たち10人が主役の作品です。あるインタビューでティワーリー監督が語っていたところによると、この作品の共同監督であるヴィカース・バフル監督はレオ・バーネット社時代のクライアントだったそうで、この子供映画を作るアイディアを持っていたため、2人で脚本に取り組み完成させたのだとか。ところが、映画化の話が出ても、「子役を10人も使うなんて」と誰も監督を引き受けたがらず、結局脚本を書いた2人が監督もやることになったということです。ところで、ヴィカース・バフル監督と表記してしまったのでおわかりになりにくいかと思いますが、この人、日本で監督作品が公開された時は「ビカース・バール」と表記されたんですね。そう、あの『クイーン 旅立つわたしのハネムーン』(2014)の監督なのです。因縁というか、いろんなご縁がつながっているのですね。
(c)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
『Chillar Party』は、その後UTVとサルマーン・カーンの製作会社が製作に名乗りを上げ、2011年7月8日に公開されます。チャンダン・ナガル・コロニーという住宅地に暮らす小学生の悪ガキどもの日常が描かれるのですが、YouTubeで部分的に見てみると、子供たちがすごいスラングを使ったりしていて、大人は口あんぐり、というシーンが出てきます。ポスターは大勢の子供たちがパンツ姿で勢揃いしていて、わんぱくでお下劣な雰囲気満載。サルマーン・カーンもカメオ出演しているようで、サルマーンたじたじ場面もYouTubeで見られたりします。この、元気のいい、本音でしゃべる子供たちがうけたのか、『Chillar Party』は製作費の8倍の興行収入をあげ、さらにインド国家映画賞(National Film Award)で最優秀児童映画賞、最優秀子役賞、脚本賞まで獲得してしまいました。素晴らしい転進第一歩となったわけです。
その後、ティワーリー監督は児童映画作りの才能を見込まれてか、2014年には『Boothnath Returns(幽霊王が帰ってきた)』も監督します。前作『Boothnath(幽霊の王)』(2008)では、アミターブ・バッチャンが幽霊に扮し、シャー・ルク・カーンとジュヒー・チャーウラーと小学生の息子が引っ越してくるゴアの旧家に出没して大騒ぎを起こす、というお話でしたが、それを踏襲しながらも、今度はムンバイのスラムを舞台に政治もからめながら幽霊の王(ブートナート)を活躍させるお話にしてあります。アミターブ・バッチャンは再度主役を演じたものの、シャー・ルク・カーンとジュヒー・チャーウラーのような大スターは出なかったので、興収は前作ほどではなかったのですが、こちらもまずまずのヒットとなりました。
(c)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
そして、3本目の監督作『ダンガル きっと、つよくなる』で大ブレイクするのですが、その間にティワーリー監督は、2本の映画の脚本を書いています。1本はシャード・アリー監督(『踊り子(Umrao Jaan)』(1981)のムザッファル・アリー監督の息子)の『Kill/Dil(心を殺せ)』(2014)で、ゴーヴィンダー、ランヴィール・シン、アリー・ザファル、パリニーティ・チョープラーが主演したもののこちらはヒットせずの作品になりました。もう1本が、妻のアシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー監督の作品『ニュークラスメイト』(2016)で、この作品は2016年の埼玉SKIPシティ国際Dシネマ映画祭で上映されました。『ダンガル きっと、つよくなる』の公式サイトには、この作品は「コメディ映画」と紹介されていますが、ユーモアは多く含まれているものの、決してコメディ映画ではありません。そう断言できるのは、私が字幕を担当したからです(笑)。
2016年に映画祭上映される時はこちらでもご紹介したほか、さらにその前にこちらでもご紹介しています。これらの記事に書いたつもりだったのですが、この映画が公開される時の「Filmfare」誌の紹介文の中に、アシュヴィニー・アイヤル・ティワーリー監督がこの映画を作るきっかけとなった出来事が紹介されていました。それは、インドの女子中学生の作文で、ちょっとうろ覚えなのですが、「赤ちゃんが誕生する時、男の子だと産婆さんから、”おめでとう、男の子ですよ(ムバーラク・ホー、ラルカー・フアー・ハィ)”と言われる。でも女の子だと、”女の子だよ(ラルキー・フイー・ハィ)”としか言われない。私も”おめでとう”と言われて生まれたかった」というような内容で、監督はこれに衝撃を受けたのでした。そして、「女の子だから」「お手伝いさんの娘だから私もお手伝いさんになる」という主人公の娘の考えを、主人公である母親が自分も学業に挑戦することで変えさせていく、というこの作品を作ったのです。字幕を作りながら、ユーモアをまぶしつつ盛り込まれた主張に感心したのですが、ただ、母親が地方長官に会いに行ってすんなり会えたりするシーンや、娘ががんばって最終的には地方長官になる、というくだりに、ちょっと安易すぎる気もしたのでした。
(c)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
その同じ欠点が『ダンガル きっと、つよくなる』にも少し見られることを、今度の「キネマ旬報」の文には書いたのですが、でも『ニュー・クラスメイト』と比べると格段に練られた脚本になっていて、さらに演出力も出色のものとなっています。だからこそ、インドでも、そして中国でも大ヒットとなったのでしょう。『ダンガル きっと、つよくなる』はいよいよ来週、4月6日(金)からの公開です。来週はこのブログも、<準決勝戦><決勝戦>へと進んでいきますので、お楽しみに。
『我和我的冠軍女兒』のタイトル名で見ております。
香港では、そう、『打死不離3父女』のタイトルでした。
私的には、『我和我的冠軍女兒』のタイトル名に一票!(誰からも投票案内はされておりませんが..笑)
ニテーシュ・ティワーリー監督についての解説、次回日本語字幕で見る時の参考になります。
私のまわりの映画好きな人達に、つい本作の布教活動をしてしまうのですが、
「見たら、子役のお姉ちゃんの方、ちゃんと覚えておいて下さいね。」と、つい、次の出演作『隠藏的大明星』(Secret Superstar)の配給があるかどうかもわからないのに、一言余計に宣伝する自分です。
『私と私の金メダル娘』に一票、ですか。
タイトルは本当に難しく、今回ギャガさんはよく『ダンガル』という原題カタカナ書きをメインタイトルを選んでくれたな、と感謝しているところです。
父の物語であり、娘(たち)の物語であり、家族の物語でもあるので、それを包括するタイトル、というのは本当に至難のわざですね。
いよいよ今週、6日金曜日からの公開なので、ブログ記事「準決勝」と「決勝」を現在準備中です。
拙ブログは、『バーフバリ』の時もそうだったんですが、公開後にお役に立つようになっていますので、またたくさん訪問して下さるものと、公開を楽しみにしています。
追加で配るチラシもギャガさんからいただいたので、まだまだダンガル、じゃなかった、まだまだガンバル、なのでした。