「タゴール・ソング」をご存じでしょうか。「タゴールなら知っているけれど」とおっしゃる方は多いと思います。「タゴール」とは、フルネームだとローマナイズで「Rabindranath Tagore」となるので、日本では「ラビンドラナート・タゴール」と表記されることが多いインドの文学者です。下はwikiのサイトから取った晩年の写真ですが、1861年5月7日カルカッタ(現コルカタ)に生まれ、1941年8月7日に80歳で亡くなっています。
日本版wikiには、「インドの詩人、思想家、作曲家」と紹介されているのですが、これは正確とは言えません。文学の範疇に入る仕事だけでも、詩、小説、戯曲、評論、エッセーなど、様々な分野で作品を残している人です。アジアで初のノーベル文学賞を受賞した時の評価対象が詩集「ギータンジャリ」だったので、「詩人」と紹介されがちですが、「文学者」の方がピッタリです。とはいえ「文学者」という紹介だけではこれもタゴールの全貌を知らしめることにはならず、wikiにある「思想家」であり、さらには幼稚園から大学まである学園をシャンティニケトンの地に作った「教育者」でもありました。日本版wikiの最後にある「作曲家」という肩書きは、タゴールが自身の詩に曲をつけて、人々が口ずさめるようにしたことから、挙げられたものでしょう。今回ご紹介する映画『タゴール・ソングス』では、このタゴールが自分の詩に曲を付けた数々の歌と、その歌を愛する人々の姿、それに1913年にノーベル文学賞を受賞したあと5度にわたって日本を訪れたタゴールが結ぶ、日本とインド、およびバングラデシュ(タゴールの生前は現在のインド、バングラデシュ、パキスタンともに同じイギリス領インドだった)との縁を描いています。まずは映画のデータをどうぞ。
『タゴール・ソングス』 公式サイト
2019/日本/105分/ベンガル語、英語/ドキュメンタリー
監督:佐々木美佳
製作・配給:ノンデライコ
※4月18日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
監督の佐々木美佳さんは、東京外国語大学の卒業生で現在26歳。大学での専攻はヒンディー語だったのですが、在学中にベンガル文学と出会ってベンガル語を学び、ベンガル文化をいろいろ知っていく中でタゴールの文学やタゴール・ソングにも親しんでいったそうです。ヒンディー語は北インドの中央部にある諸州で話される言葉ですが、インドの公用語となっているため、インド人ならほぼ全員が理解できます。これに対しベンガル語は、今はインドの西ベンガル州とバングラデシュとに分かれてしまったベンガル地方で話される言語で、ヒンディー語とは文字も発音も、そして文法や語彙も違います。共通する単語も多いものの、ヒンディー語を知っていてもベンガル語はまったく違う言語として学ばねばならない、いわば英語とフランス語、あるいはスペイン語とイタリア語、といった感じの関係の両者です。
そんなヒンディー語とベンガル語の関係ですが、ヒンディー語の話者は自分たちがインドの主流というか中枢である、と思っているものの、ベンガルに対してちょっと引け目も感じています。それは、イギリス領インド時代最初に首都に選ばれたのが当時のカルカッタで、1858年から1912年まで首都だったこと、そしてその頃のカルカッタでは「ベンガル・ルネッサンス」と呼ばれる文化が花開いたことで、カルカッタを中心としたベンガル地方の方が文化的先進地域である、という共通認識があるためです。さらに、首都がデリーに移ったと思ったら、1913年にはタゴールがアジア初のノーベル文学賞受賞者となり、ベンガルの文化的優位はゆるがぬものとなりました。というわけで、微妙な関係にある両言語と両文化なのですが、タゴールのことはインド国民全員が知っています。なぜなら、インド国歌はタゴールの作詩によるものだからです。少々ゆっくりヴァージョンの国歌なのですが、歌詞がヒンディー語、ローマナイズ、英語訳と付いている動画がありましたので、ここに貼り付けておきましょう。日本語訳も知りたい方は、日本版wiki「ジャナ・ガナ・マナ」を参照して下さいね。
National Anthem: India - जन गण मन
そしてもう一つ、実はバングラデシュの国歌もタゴールの作詩によるものなのです。インド国歌の方はヒンディー語というよりサンスクリット語みたいな難しい歌詞でしたが、バングラデシュの国歌はわかりやすいベンガル語になっています。「アマル・ショナル・バングラ、アミ・トマイ・バロバシ(わが黄金のベンガルよ、私はお前を愛する)」という歌詞も、こちらで日本語訳を見ることができます。このバングラデシュ国歌の動画も、付けておきましょう。
National Anthem of Bangladesh - Amar Sonar Bangla - আমার সোনার বাংলা
という風に、タゴールの詩は国レベルでも愛されているのですが、ベンガル地方の人々はもっと個々人の思いを込めて、タゴールの詩に曲を付けたタゴール・ソングの数々を愛しています。本作『タゴール・ソングス』ではそんなシーンをいくつも目にすることができ、幼い子供から老人まで、そしてちょっと調子っぱずれの人からプロの歌手の心にしみるような歌声まで、いろんなタゴール・ソングを聴くことができます。最後に予告編を付けておきますが、タゴールについてもっと知りたい方は参考文献を紹介したこちらの拙ブログ記事を参照して下さいね。
『タゴール・ソングス』予告編 / Tagore Songs_Trailer
このあとも、タゴール・ソングやタゴール・ダンスのことをまたアップしていきますので、ベンガル好きの方はお楽しみに。