前評判の高かった韓国映画『アシュラ』が、来年3月4日(土)から公開になります。 本当なら公開の少し前、2月半ばくらいにご紹介するのが順当なところなのですが、試写を見た興奮が冷めやらず、これを書かないと年が越せない! というわけで、早々とご紹介してしまいます。出演がファン・ジョンミンにクァク・ドウォン(あの「ふっくら鬼畜」)、とくれば演技への期待感がすぐマックスになってしまうのですが、これに加えて今回はチョン・ウソンが化けました! チュ・ジフンも、『コンフェッション 友の告白』以上にキレてます!! と、何だかエクスクラメーション・マークの在庫がなくなりそうな、そんな凄い作品でした。まずはデータからどうぞ。
『アシュラ』
2016年/韓国/133分/韓国語/原題:아수라
監督/脚本:キム・ソンス
主演:チョン・ウソン、ファン・ジョンミン、チュ・ジフン、クァク・ドウォン、チョン・マンシク
配給:CJ Entertainment Japan
パブリシティ:スキップ
※3月4日(土)より新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
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舞台となるのは、架空の都市アンナム。うだつの上がらない刑事ハン・ドギョン(チョン・ウソン)は、不治の病に苦しむ妻をかかえ、その治療費を工面するためにも、専横的な市長パク・ソンベ(ファン・ジョンミン)の手先となって動いていました。市長の不正を告発する裁判が行われる日も、検察側証人として出廷する予定の男を”棒切れ”という情報屋(キム・ウォネ)に捕らえさせ、痛めつけさせて、「やっぱり証人にはなれません」と検事に電話させる仕事をこなしていました。おかげで市長は満面の笑みで裁判所を出て来ます。一方、検事たちは苦り切っていました。
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ところが、このドギョンの裏仕事をかぎつけた上司ファン班長(ユン・ジェムン)が、「俺にも甘い汁を吸わせろ」と割り込んできます。おまけに、棒切れをうまく逃がそうとしていたところに後輩の刑事ムン・ソンモ(チュ・ジフン)がやってきて、事情を知らないまま棒切れを逮捕しようとしたからますますややこしいことに。4人が古いビルで攻防戦を繰り広げているさなか、ドギョンと争っていた班長は勢い余ってビルから転落し、死亡してしまいます。ドギョンは、争いの中で棒切れが意識を失い、倒れていたのをいいことに、班長を突き落としたのは棒切れだ、ということにして事をおさめようとしました。
ところが、ドギョンと市長の関係は検察の注視するところとなり、市長の立件に燃える検事キム・チャイン(クァク・ドウォン)が部下のト・チャンハク(チョン・マンシク)らを率いて、本格的な捜査を始めます。検察に目を付けられたドギョンは裏仕事に動けなくなってしまい、かわりに市長の手足にならせるべく、ソンモを辞職させて市長のもとに送り込むことにしました。最初は渋っていたソンモでしたが、市長のおかげでアルマーニのスーツや車が手に入ると、だんだんと意識が変わり始めます。ソンモには、泥臭い上に兄貴風を吹かせるドギョンが目障りに見えてきました。一方ドギョンは、検察側のアジトに連れ込まれ、「市長が、殺人の教唆をした、と言っている言質を録音してこい」と迫られます。ますます横暴になる市長、検察側の執拗な追求、暴走するソンモ...ドギョンはさらに追い詰められていきます...。
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まず、チョン・ウソンの化けっぷりに拍手を送らざるを得ません。ナレーションも担当していて、冒頭の街の景色にかぶせて深い声のウソン節が聞けるのですが、刑事として登場した姿はまるで別人のよう。やさぐれて、薄汚く、眼差しも負け犬の目そのもの。セリフも一言毎に「シ×××」や「ケ×××」を連発し、ドブの臭いが漂ってきそうな雰囲気の刑事です。そして、かなりの部分で、チョン・ウソンは受けの芝居に徹しています。というのも、ファン・ジョンミン演じる市長のキャラが常軌を逸しているぐらい強烈で、ドギョンは彼に尻尾を振る(と言うより、もっと下品に「彼の〇〇をなめる」と言った方がピッタリ)役という設定のため、その卑屈感が常につきまとっているからです。こんなチョン・ウソン、『私の頭の中の消しゴム』(2004)ファンが見たら、ひっくり返るのではないでしょうか。劇中で笑顔のシーンは一度だけ。43歳という実年齢をもろ出ししている顔のしわは、本作の光の当て方を工夫した撮り方でさらに際立ち、体重をそぎ落としたと思われる頬のこけ方と相まって、くたびれ切った男の表情を如実に見せてくれます。勇気あるチョン・ウソンの挑戦に、すぐにでも主演男優賞をあげたくなってしまいます。君は韓国の西島秀俊だ!
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そして、助演男優賞はもちろん、市長役のファン・ジョンミンと、検事役のクァク・ドウォン。ファン・ジョンミンのキレた役柄は、『新しき世界』(2012)や『ベテラン』(2014)(←刑事のくせにあのキレっぷり!)でも楽しませてもらいましたが、今回は悪魔的とも言える役でもうムチャクチャ。最後の最後まで、ハイテンションで突っ走ってくれます。一方、私にとっては『弁護人』(2013)で突然視野に入ってきた「ふっくら鬼畜」ことクァク・ドウォンは、今回の脚本では少々不完全なキャラなのですが、いつもながらの「おだやかに話し、苛烈に痛めつける」パターンは健在。この、お多福豆みたいな顔(上写真右)に欺されてはいけません。
こんな強烈個性のおじさん3人に囲まれたチュ・ジフンは、目立てと言う方がムリ、というものですが、『コンフェッション 友の告白』(2014)での演技レベルと同じぐらい、がんばっています。最初登場した時は、髪型が見慣れぬものだったせいもあってチュ・ジフンとは気付かず、だいぶたってから「あ!」となりました。『アシュラ』は「韓国版『アウトレイジ』」と言う人も多いのですが、チュ・ジフンのソンモはさしずめ、加瀬亮が演じた石原、といったところでしょうか。
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クライマックスの葬儀場シーンも、スプラッタも何のそのという演出ぶりで、全編にわたってアクションと美術が印象的です。アクションでは特に、チョン・ウソンのドギョンが激しい雨の中、市場から出て行ったトラックを追いかけるシーンが目を見張らせてくれます。試写室で見ていて思わず、「こんなシーン、どうやって撮ったの!?」と声に出してしまい、あわてて口を押さえる羽目になってしまいましたが、こんな経験は初めてでした。また、クライマックスシーンでは、アクションの振り付けとその場所とがピッタリとシンクロしていて、カメラワークも含めていい出来上がりになっています。全編の舞台となるアンナム市は、ソウル、インチョン、プサンなどの街から40年、50年以上経っている古い建物の街角や路地等を探してきて、その現実のロケーションをさらに彩度を落とす処理をしたものだとかで、特に路地や狭い通路の使い方が巧みでした。
こんな怪作を撮ったのは、かつてチョン・ウソン主演の青春映画『ビート』(1997)や『太陽はない』(1998)を撮り、同じくチョン・ウソン主演のアクション時代劇『MUSA-武士-』(2001)を撮ったキム・ソンス監督。近年の作品は『英語完全制服』(2003)や『FLU 運命の36時間』(2013)なので、こんな路線も撮れるとは思いも寄らなかったのですが、50歳を過ぎての突然開花でしょうか。韓国ではレイティングが「青少年観覧不可」になったようで、見る人によって評価が真っ二つに分かれそうな作品ではあるものの、この凄さはまさに「ヤバい」級。見応えのある作品を探しておられる方は、ぜひご覧下さい。最後に予告編を付けておきます。
映画『アシュラ』(2017/3/4公開) 邦題決定版ティザー予告編【公式】