現在、将棋の藤井聡太棋聖の王位戦に注目が集まっていますが、少し前、6月から7月にかけては、囲碁の本因坊戦での井山裕太九段が注目の的でした。「本因坊文(もん)裕」という号を持つ井山裕太九段は、こちらでもわかるようにここ10年ぐらい、多くのタイトル戦に勝ち抜いて一時代を画してきました。中国が発祥の地である囲碁は、日本以外に韓国や台湾でも人気が高く、かつて韓国の趙治勲(チョ・チフン)や上海生まれで台湾育ちの林海峰らが来日して、いくつものタイトルを奪ったことをご存じの方も多いかと思います。ああいう静かな対局も高度なエンタテインメントなのですが、今回韓国からやってきたのは、「闘碁」と言ってもいいような力わざの囲碁勝負の映画。劇中で主人公が「早く打て!」と叱られるシーンがあるのですが、本当に、盤面に碁石が飛んでいくような印象を受ける対局シーンがいくつも登場します。まさにアクション碁とでも言えばいいのか、碁石を武器に人の肉体が闘っているような囲碁映画です。ではまずは、作品のデータをどうぞ。
『鬼手(キシュ)』 公式サイト
2019/韓国/韓国語/106分/原題:신의한수:귀수편/英題:THE DIVINE MOVE 2: THE WRATHFUL
監督:リ・ゴン
出演:クォン・サンウ、キム・ヒウォン、キム・ソンギュン、ホ・ソンテ、ウ・ドファン
配給:ツイン
※8月7日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほか全国で順次公開中
ⓒ 2019 CJ ENM CORPORATION, MAYS ENTERTAINMENT ALL RIGHTS RESERVED
お話は、1988年から始まります。少年グィスと姉スヨンは、父が自殺し、母も彼らを捨てて去ったため、囲碁のプロ棋士ファン・ドギョン(チョン・インギョム)の家に住み込み、こき使われる毎日を送っていました。時たまドギョンは、父に囲碁を習っていたグィスの相手をしてくれるものの、容赦なくグィスを攻めては完膚なきまでにたたきのめします。反対にドギョンはスヨンにはやさしかったのですが、それは下心があったからでした。そして、体も心も傷ついたスヨンは自らの命を絶ち、スヨンの形見のお財布を握りしめたグィスは、ドギョンの家を飛び出して列車でソウルへと向かいます。ソウルに着くと碁会所に行き、小銭から賭け碁を始めたグィスは大人たちをすべて負かしますが、そんなグィスをじっと見ていた男がいました。それは一匹狼の棋士ホ・イルド(キム・ソンギュン)でした。かつて長城の占い師(ウォン・ヒョンジン)と賭け碁で戦い、左手を切り落とされたイルドは、グィスの才能を見抜き、彼を山寺に連れて行って鍛え上げます。
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こうしてグィスは、イルドと組んで賭け碁勝負をしていきますが、落ち目の工場主に勝った時などは後味の悪い思いを味わい、おまけにその工場主が子供の眼前で自殺したとあっては、グィスには耐えられませんでした。しかし、グィスの読み通り打てば勝てると知っているイルドは、さらにプサンの雑草(ホ・ソンテ)と呼ばれる昔なじみのプロ棋士に闘いを挑みます。見事に勝ったものの、後をつけられたイルドとグィスはプサンの雑草とその手下に狙われ、グィスに「分け前だ」と預金通帳を渡した直後にイルドは命を落とします。その後山寺に戻ったグィスは、囲碁の腕と体とを鍛え上げ、一人前の大人に成長します。やがて下山したグィス(クォン・サンウ)は、イルドから聞いていた彼の知人トン(キム・ヒウォン)のもとへ。トンは賭け碁の試合の仲介者としてお金を稼いでいる調子のいい男で、こうしてグィスはトンと共に、イルドの仇を討つために賭け碁の世界へと飛び込んでいきます....。
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この後には、驚くような舞台がグィスに用意されており、占い師、雑草、ファン・ドギョンに対する復讐がけれん味たっぷりに描かれます。その間には、クォン・サンウの身体能力を見せつけるような、碁盤からは離れたアクションシーンも挟まれていて、見どころ切れ目なしという感じ。さらに加えて、グィスを工場経営者だった父の仇と付け狙うウェトリ(ウ・ドファン)の動きも加わり、あっという間の106分でした。ただ、ユニークな要素が盛りだくさんなエンタメ大作とはいえ、クォン・サンウは終始物静かで、碁盤に向かう時はもちろん、苛烈なアクション・シーンでも寡黙なまま。山寺でたくましい体に鍛え上げるシーンで登場して以降、セリフ数も少なく、表情もほとんど変化なしという、これまでのクォン・サンウ作品にはなかった役に挑んでいます。いつもの笑顔も捨てているわけですが、これがなかなかに魅力的で、今回も悪魔的な役柄を見事に演じているウ・ドファンと共に、観客を魅了すること間違いなしでしょう。
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ご存じの方も多いと思いますが、本作『鬼手』はチョン・ウソン主演の『神の一手』(2014)のスピンオフ作品です。本作の原題「신의한수:귀수편」のうち「신의한수」は『神の一手』の原題で、日本語タイトルは直訳と言っていいものでした。今回はそれに「귀수편」が副題として付いているわけですが、「귀수편」は「鬼手(グィス)編」という意味だそうです(宣伝を担当なさっている方から教えていただきました。감사합니다~)。英語題名も、「THE DIVINE MOVE 」が『神の一手』の英語題なのでそれに「2」を付け、さらに「THE WRATHFUL(激怒編?)」というサブタイトルを付けた、という形です。『神の一手』はチョン・ウソンとアン・ソンギら仲間たちとが力を合わせる戦いでしたが、今回はクォン・サンウ扮するグィスの孤独な戦いとなっています。とはいえ、前作にもコミカルなパートを担う賭け碁勝負アレンジャーのキム・イングォンがいたように、本作でもキム・ヒウォンが同様の役柄でいい味出しています。
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それにしても、囲碁勝負のシーンの石の置き方の速いこと速いこと。最初に書いたように、まさに「碁石が飛ぶ」という感じです。これは、演じる俳優たちも大変だったことでしょう。あと、ある勝負でどちらもが透明な碁石を使うシーンがあるのですが、立ち会っているトンが「どっちが勝ったんだ?」とつぶやいていましたから、区別がつかない碁石だったのでは、と思います。一瞬白黒の碁石に変わるシーンも出てきたので、見る人が見ればわかるのかも知れませんが、囲碁と遠い世界にいる私などには、前作よりもさらにわかりにくい碁盤の目でした。
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韓国では、盤面を人生に例えるのか、劇中の要所要所に囲碁用語とその解説が登場します。例えば、「世事棋一局 世の中は一局の囲碁勝負と同じだという意味」とか、「アタリ あと一手打てば相手の石を取れる状態」、「シチョウ 相手の石をアタリになるように追い続ける手」といった具合です。こういった画面をしっかり味わうには、鑑賞二度目にでもならないととても無理で、本作もオカワリを要求される作品と言えそうです。とはいえ、二度目に見ても断然面白い! リ・ゴン監督は、これが初の長編映画とのことですが、「企画段階から、どうすればリアリティを損なわず、囲碁とアクションが取り込めるか」を重要なテーマとして取り組んだとのことで、監督デビューとは思えない底力を発揮しています。この調子だと、「THE DIVINE MOVE3」もあるかも、と思わせる作品ですので、ぜひお見逃しなく! 3連休は修羅場本因坊で暑さを忘れましょう! 予告編はこちら、それからこちらには「全員濃すぎる!キャラクター映像」もありますので、予習用にどうぞ。