昨日は3.11だったので、こちらの寺院にお参りしてきました。通称「ブル・テンプル(雄牛寺院)」という、大きなナンディー(牛神様)の像がある寺院です。バンガロールで一番有名な寺院、とのことなので、さぞかし門前町も大きくて、と想像して行ったら、鄙びた感じの丘の上にある寺院でした。丘の麓にはガネーシャの寺院がありますが、こちらは午前中で拝観時間がいったん終わり、あとは夕方5時から再開、ということで、閉じられた戸の隙間からガネーシャ様を拝んできました。
そこからちょっと丘を登り、楼門をくぐった所にあるのがブル・テンプルです。門前には、お土産物屋のような屋台店が2つあるだけで、お供え物を売る店もありません。ちょっと拍子抜けでした。でも、寺院に近づくと、真っ黒で巨大なナンディー像が見えてきます。
その牛神様に負けないぐらいかっぷくのいい僧侶が、英語で簡単な説明をしてくれて、「写真も撮ってかまわないから」とおっしゃるので、遠慮なくそばからアップを撮らせてもらいました。
しっかりとお祈りもして来ましたが、5年前にムンバイのバザールで3.11の第1報を聞いた時のことを思い出すと、何とも言えない気持ちになります。特に原発のことがまったくと言っていいほど負の状態から脱していない現状を思うと、5年掛かってこれならあと何十年かかることか、と暗澹とした気分に。その日本がインドに原発を輸出するなんてとんでもない!と、インド中の神様が怒ってくれないかしら、と思ったりしましたが、怒って反対しないといけないのは私たちですね。
ブル・テンプルへのお参りのあと向かったのは、ランガ・シャンカラという劇場。J.P.ナガルという地区にあり、ユニークな演劇活動を中心に、バンガロールの文化発信地となっている所です。実はこの劇場は、1990年9月30日に交通事故で亡くなった人気男優兼監督のシャンカル・ナーグを記念して作られたもので、今回は彼の夫人アルンダティ・ナーグに会いたいと思ってやって来たのでした。下の写真は1986年のインド国際映画祭(ハイダラーバードで開催された時で、”フィルモツサウ”という呼び名だった)で会った時のシャンカル・ナーグとアルンダティで、この4年後にまさかシャンカルが35才という若さで亡くなるとは、思いもよらなかったのでした。その後もアルンダティとは映画祭で何度か出会い、顔見知りとなっていたので、亡くなったあとは会うのがつらかったです。
今回、「インド映画完全ガイド」にこのシャンカルの写真を使わせてもらうため、アルンダティに連絡を取って、20年ぶりぐらいに音信復活となったのですが、昨年末まで連絡が取れていたアルンダティは、今回の旅行直前にメールを出してもまったく返事が返ってこず、バンガロールに到着後電話をしても全然電話に出ません。というわけで直接来てしまったのですが、劇場のマネージャーであるK.V.サンパト・クマールさんに尋ねると、今はムンバイに行っている、とのこと。今回は会えなくて残念でしたが、サンパト・クマールさんに劇場を案内してもらい、付属の本屋さんでカンナダ語映画のDVDを買ったり、レストランでお昼を食べたりして帰ってきたのでした。
劇場は、客席が急な階段状になっていて、ちょうどこの夜の公演をするグループがリハーサル中だったので写真が撮れなかったのですが、裏から見ると、というか入り口のホールから見るとこんな感じです。下はサンパト・クマールさんで、普段は右の正面にあるチケット売り場兼事務室で裏方に徹しているとか。
そして、レストランと、そこで食べたアッパム(米粉で作った、ケーララ州のパンケーキ)とホワイトシチューのランチ。アッパムは3枚も付いてくるし、ホワイトシチューもなかなかおいしかったです。バンガロールにいらっしゃることがあったら、演劇好きの方はぜひ訪問してみて下さいね。ほぼ毎晩、7時半から劇の上演があるようです。HPはこちらです。
そこから途中のフォーラム・モールを経由して、前日とは別のメトロの路線に乗りに行きました。ところが、バンガロールでは渋滞もひどく、少し長く乗ると必ず渋滞にひっかかるのですが、この日はまた一段とひどい渋滞に。そんな中、ぼんやりと車を観察していたら、オートリキシャの後ろに何やら見覚えのある顔が。何と、シャンカル・ナーグの顔が描かれているではありませんか。気がついて注意して見たら、いくつも違うパターンの写真が使ってあって、これは何!とちょっと驚きました。ランガ・シャンカラに行ったのをシャンカルが喜んでくれたとか??
その後メトロから降りてホテルに帰る時も探してみたのですが、全然見つからず、というわけで、不思議な出来事でした。メトロの方は、渋滞で時間を取られて駅に着いたのがもう5時半頃になってしまい、沿線風景はあまりよく見られなくて残念。でも、ちょうど仕事の引け時の車内は結構混み合っていたりして、メトロが生活に根付いているのがわかります。もっと縦横無尽にメトロが走る日が来たら、また乗りに来ようと思いつつ、バンガロールを離れたのでした。