しーさるの鉄日記

駅降り行動:あいの風とやま鉄道、日本海ひすいライン


あいの風とやま鉄道の駅降りで入善に着いたのは11時近くだった。黒部宇奈月温泉で時間を要したからな。あいの風とやま鉄道と日本海ひすいラインは以下の順序で駅降りしていった。数字は黒部からの駅数。

2入善-1西入善-3泊-7青海-4越中宮崎-6親不知-5市振-8糸魚川-10浦本-9梶屋敷ー12筒石-11能生

西入善は山側駅舎の相対式、下りホームからは跨線橋が駅舎手前に延びている。入善は山側駅舎の2面3線だったが、中線が撤去された。高校生の利用が多いが、西入善では誰も降りず、ほとんどが黒部・魚津方面へ向っていた。湧水の里らしく、駅近くでは水が湧いていた。

泊は海側駅舎の2面3線、朝は3番線からの上り、夜は1番線からの下りがあるが、大抵2番線で富山系統と直江津系統が並列停車する。2番線に既に列車が停車していると、後から来る列車は5分前から徐行したり停車したりする。
越中宮崎は海側駅舎の屋根なし島式、駅舎とホームは跨線橋で結ばれている。駅舎からは数分で海岸へ行くことができる。ホームからは国道沿いにドライブインが並んでいるのが見えるが、駅舎とは逆側である。

新潟県に入るとすぐに市振に到着、ここからはえちごときめき鉄道日本海ひすいラインになる。市振は山側駅舎の島式で駅舎とホームは直江津寄りの構内踏切で結ばれている。駅から歩いて10分のところには道の駅があった。市振を出ると長いトンネルが連続するようになる。
親不知も山側駅舎の島式で、駅舎とホームは構内踏切で結ばれている。国道、高速道路は海側を切り抜けるので、駅舎は旧国道に面いている。名所親不知はトンネルで通過するので、車窓からは見ることができない。
青海は昔からの橋上駅舎の島式ホーム、山側にも島式ホームがあるが使われずに閉鎖されている。

糸魚川は、海側が片面、山側が切欠構造の2面4線、2番線は不規則に使われる。また大糸線も4番線を使うのが基本だが、3番線を使うこともある。以前は海側しか駅舎がなかったが、新幹線高架の下に山側駅舎のアルプス口を開設、海側の駅舎も改築され、橋上駅舎とつながった。アルプス口の中にはジオパルなどが作られた。ジオパルではキハ52を静態保存、Nゲージの巨大ジオラマやプラレールの広場が作られた。
巨大ジオラマが有料にしてもいいくらいの出来、運転体験はもちろん、模型に搭載されたカメラで乗っている気分が味わえる。また、ジオラマは直江津駅、能生の蟹市場、筒石駅を再現、市販のストラクチャを使っているものの、スケールは模型イベントの大手メーカー規模でじっくり見るには時間が足りなかった。また、ジオラマ以外にもNゲージ、プラレールの車両が展示してあり、地方の鉄道模型展示施設としては相当な出来となった。アルプス口の一部は昔あったレンガ車庫を復元、キハ52がそこに収まり線路が延びているが、ガラス窓枠で見にくかった。それでも、新幹線駅の高架下に静態保存というのは大評価なんだけどね。

糸魚川始発で先行と35分しか差がないと、1618発を侮っていたら、もう30人ぐらい乗っていた。糸魚川~直江津間の増発は正解、それなりの行き来があるのだろうな。でも3両が単行になったから輸送力は減ったことにちがいない。
梶屋敷は海側駅舎の2面3線だったが、中線が保守車両の引込み線になってしまった。浦本はホーム築堤下に海側駅舎のある相対式、富山方面ホームへは山道みたいなところを少し歩くことになる。浦本を出ると、またトンネルが続く部分に入る。

能生は2面4線で、築堤下に海側駅舎のある構造、内側2線を使うのが基本だが、データイムの3往復は外側2線を使う。筒石は言うまでないが、トンネルの中の相対式、ホームから40メートル上にある駅舎まで10分以上かかると思ったが、5分で上がることができた。駅舎近くには北陸道が通っていた。

能生に18時に着いて、旧北陸本線部分の駅降りは終了、信越本線などとつなげると、米原から新潟の村上までの全駅の駅降りが完了した。

糸魚川で夕食を食べた後、1947発の列車で泊へ。泊からは417系で富山へ向った。そのあと、富山から高岡まで往復、両方ともIRいしかわ鉄道の車両だった。

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