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限界に来ると精神的な余裕がなくなる180221

2018-02-21 18:46:55 | 社会

 費用対効果、という言葉がある。役所の仕事は必ずしも費用対効果を最善にするという発想であってはならない。しかしながら、さっこん庶民が税金で苦しんでいる姿を見れば、費用対効果を考えてもいいところがあるだろう。

 

 役所の仕事はあってもなくてもいいようなものならないほうがいいと言うべきであるけれど、国民が贅沢なのか、欲が深いのか、「あれをしてくれ、これをしてくれ」というので(あるいはその欲望に)付け込まれて税金が高くなる傾向がある。

 

 みんながもう少し質素に倹約して暮らせば増税でこれほど苦しまなくてもすんだことだろう。しかしそうならないようにGDP神話は企業政治官僚を巻き込んで経済成長を第一に掲げインフレを至上主義のように考えるので、庶民も欲に染まり、「ああしたい、こうしたい、こうなったらいい」と狂ったベクトルともいえる夢物語に浮かれ、みんが一体となって、結果悪夢のように借金は(必ず)増えて、増税は避けられないのだ。そしてもう限界に達してしまったのがさっこんの姿である。

 

 とするなら、さびしくても費用対効果を考えなくてはならない。まず、役所のための予算ではないということ。そこをまずしっかりと念頭に置かなければならない。つぎに国民にとってどんなメリットがあるかということであろう。

 

 きょうの中日新聞に「戸籍と番号制」という題で、マイナンバー制度に伴うシステム運用費に言及した記事があるけれど、まあこれもそのひとつで、費用対効果を無視したあからさまな役所のための税金の使いようではないかな。


 さらに所得の把握にしても、仮にマイナンバーなしでも、年金受給者の口座差し押さえは簡単にできるし、この国に資産5000万円以上の国民(準富裕層というらしい)が何人いるかなんて記事が書けることからもかなりのことがわかるのだ。

 

 時の流れで、すべての国民の所得を微に入り細に渡り把握したいお役所の、潔癖症とでもいうことだろうか。今はそういう神経質な時代なのであろう。

 

 

 

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自由であることは偏った考えにとわれないことである180203

2018-02-03 18:58:58 | 社会

 吉岡忍さんが「言論抑圧はなぜ起きるか」というようなテーマで話しておられた。肩書が日本ペンクラブの会長さんになっていた。いつのまにか会長さんになっていたのだ。

 たまたま聞いたのだけれど、ずいぶんためになるお話であった。

「権力者は偏った考え方をする人である。わたしたちは権力者を取り替えることができる」という。

 これは民主主義の原理であろう。

「わたしたちは偏った考えにとらわれてはいけない」ということである。

 自由とはそういうものである。言論抑圧はもちろん国民の自由を抑圧することである。

 過去の歴史の中で、わたしたちが偏った権力者のもとで、言論の自由を奪われたことがいくつか話の中で出ていた。

 

 中立的な立場に立って物事を見ることが大切なのである。しかしながらそれができないのが今の出版マスコミ新聞などである。中立ということを見間違えているのである。

 

「わたしたちは偏った考えにとらわれてはいけない」ということを実践すれば、戦争への道を閉ざし平和を守ることができるということであろう。

 しかしそうした危機的な状況に陥る前に、そもそも「わたしたちは偏った考えにとらわれてはいけない」ということを国民が実践していれば、吉岡忍さんが「言論抑圧はなぜ起きるか」というようなテーマで話すという今現在の状況に陥らずにすんだであろうとわたしは思うし、少なくともそういう方向でわたしは一票の選挙権を駆使してきたつもりである。

 現実は人間は欲が深いので、そういう理想的なことは無理といわれても仕方ないであろう。自分の望む政治経済を実現してくれそうな政党を、政治家を選ぶのが世の常人の常。

 しかしそうではなく、常に民主主義が機能するように選挙をする態度があればということであるけれど、欲に目が眩んだ人たちには通用しない理想論になってしまう。

 あるいは背景には、世界の中の日本であるので、日本だけそういう高い意志を持つことができるほどに人間は超越した知性があって、知性の結果の平和という雰囲気をかもし出し、近隣諸国に影響力を与えるほどの有形無形の宗教的ともいえるほどの力があるとはいえないし、それがこの国のカルマであり、人間のカルマであり、世界のカルマである。

 

 吉岡さんの話には、

「偏った考え方をする権力者は同じ偏った国民を量産することで国を安定化することを目論む」という話もあった。

 今の中国などは顕著な例であるけれど、日本も似たようなことをしているのである。

 

 

 

 

 

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