砂蜥蜴と空鴉

ひきこもり はじめました

♯164 あ、いいえがお

2006年10月31日 | ログ



朝が来て、目が醒めて。
いつものように朝食は抜いて
いつものように歯も磨かずに出かけることにする。
身だしなみは社会人として最低限のマナーだけど
この仕事は依頼人もこっちの姿形を気にしない人が多い。
ルーズな僕にとってはありがたい。

ポストを開くと水道、ガス、携帯電話。
各種督促状がオールスターで来日していた。
極東の島国の事なんて忘れて全米ツアーに行ってほしい。

隣に住んでるOLさんと鉢合わせ。
にっこりスマイル。
仕事柄、他人にとって最後の笑顔になる事が多い僕。
常日頃からいい顔で笑えるように訓練は怠らない。
ま、歯は磨いてないけどね。

月曜日は燃えるゴミの日で僕が一番殺す日だ。
統計的に見て月曜日は自殺者が多い。
寂しくないようにと、心ばかりのサービスだ。
ジャンプの発売日でもある。富樫先生の復活はまだかなぁ。

午前中は依頼人の所を回る。
本当に殺していいのか、その最終確認だ。
5人に1人はこの時に依頼をキャンセルする。
いいことだ。少子高齢化の時代だもの。
わざわざ殺さなくても、人は勝手に減っていく。

しかしながら今日の依頼人さんは僕と違う意見の持ち主らしく
気持ち変わらず、殺して下さいとのこと。
笑顔で契約書を取り交わす。消費税込みで20万円也。
青子は安すぎるというけれど僕はこの辺りが適正な価格だと思う。
人の死に、何千万なんて価値はないものだ。
米国大統領とかなら別だけど。
新米の僕が有名人を殺す日は遠い。業界にも序列ってものがあるのだ。

ゴルゴ13と違って僕が相手をするのは一般層。
中流階級、働くお父さんお母さんの心強い味方だ。
格差社会なんて言葉が流行って下流社会とか言っているけど
どう考えたって嘘だ。
たかが殺人の代行に20万も出せるのだ。
金と未来がない人間は、自分で殺すに決まっている。
そういう意味で日本の未来は明るい。
まだまだ余力に満ち溢れている。

まずは仕事道具を揃える。
スポーツ用品店に入って一番安い金属バットを購入。
凶器の指定がある場合は大抵、怨恨。それも復讐関係だ。
資料を確認して納得。
依頼人の娘さんは今日殺す相手にレイプされながら
何度もバットで殴打されたらしい。
僕は女の人を抱いたことがないけれど
多分バットで殴りながらSEXしても楽しくないだろうなと思う。
サイコか。あるいは彼もまた復讐者だったのか。
どっちでもいい話だ。
事実も真相も関係なく。
僕は20万円と引き換えにバットで彼を殴り殺すだけ。

殺すのは夜にした。
今時の若者は夜行性で、昼間は寝ている。
寝ている時、人はモノだ。
依頼は器物損壊じゃなくて殺人。
だから僕は寝ている人は殺さない。
一度殺してみたけど退屈だった。
死んだように眠るなんて表現があるけど
寝込みを襲うと眠るように死ぬ。
悲鳴や命乞いは好きじゃないけど
何の反応もないまま仕事を終わらせると
まるで自分が悪いことをしたような不安感に襲われる。
やはり殺しは起きてる時に限る。

割と知られてない話だけど人を殺すのは簡単だ。
先手を取れば七割方決まる。
事実、さして運動が得意でもない僕は
この基本的な原則を守って76人殺してきた。
思えばこれで77人目。
スリーセブンには一桁足りないが、今日はいい日になるだろう。
その前祝いという訳か、標的は街へと繰り出した。
若者は死に場所を求めるように、都会の闇へと紛れていく。
殺すのは簡単だが、見つからず殺すのは少し手間がかかる。
だがこの幸運で手間が省けた。
夜の街には危険が一杯。どこもかしこも死角だらけだ。
青子の調べによると彼の趣味は路地裏で女の人を襲うことらしい。
殺害場所には困るまい。

予想通り、彼は路地裏へと身を潜める。
追いかけようとして携帯が鳴る。スカイメール。
「帰りに牛乳買ってきて」
「分かった」
返信完了。先に牛乳を買ってから追いかける事にする。
返り血がつくとコンビニに入りづらい。

路地裏の奥。彼は白い息を吐きながら獲物を待っていた。
爛々とした眼が僕を睨む。男を襲う趣味はないらしい。
僕も男の人に抱かれたいとは思わない。
足早に通り過ぎる。うつむき加減。半開きのスポーツバック。バット。
三秒後に振り向き、首筋を狙う。
ガキン。ヒット。タイガースは来年勝てるだろうか。
倒れる彼。そういえば名前を忘れた。
まぁ、後は殴るだけだし、思い出す必要はないだろう。
ガキン。ガキン。バキン。バキン。
五月蝿いので口を狙う。ヒット。アベレージヒッター。
余計五月蝿くなった。
背中を何度も叩く。苦しそうだ。まるで楽しくない。
彼は何が楽しかったのだろうか。
彼を犯せば楽しくなるのだろうか。
少しだけ考えて諦める。血まみれの同性に欲情する手段を僕は知らない。
楽しくないので楽しくする。
打撃にリズムをつける。悲鳴に合わせて強弱をつける。
人間打楽器による音ゲー。多分流行らない。
お金を出してまで演奏したい音色じゃない。
だが感触はいい。ゆっくりと弱っていく。
僕は暴力は嫌いだ。好きなのは殺しだけ。
だから抵抗力を奪う作業から生命を奪う作業に移行する、この時間は好きだ。
悲鳴は小さく、涙は止めどなく。しかし本質は変わらず。運命もまたしかり。
殴るのを止める。慈悲に目覚めた訳ではない。
単純に疲れたのだ。暴力は力を消費する。
呼吸を作る。その間、彼は必死に許しを請う。
恐怖で聞き取り辛くなっているが大よそこういう事らしい。
俺が悪かった。悪かったことを認める。だから殺すな。
「ごめんなさい、好きなのです」
本当にごめんなさい。人を殺すのが好きなのです。
だから僕は殺します。
その為に眠いのに朝起きて、面倒なのに依頼人と話して
低価格を武器に獲物を探して、ようやくここまで追い詰めて。
これで殺さなかったら、まるで殴り損じゃないですか。
だから殺します。人を殺すのが好きなのです。
そういう意味をこめて放った言葉に彼は理解不能と言う趣旨の表情。
あぁ、馬鹿なんですね。ゆとり教育。
僕も受けてきましたが、あれは酷いものですね。
何しろ道徳の時間より英語の時間が多い。
あと500時間ぐらい道徳について学べたなら
僕も別の生きかたを選べただろうになぁ。
気がつけば彼は気絶していた。
うわぁ・・・またやってしまった。
殺す瞬間、僕は色々なことを考える。
何かを終わらせる瞬間に行う思考は、他のそれより尊く感じるから。
そうする間に彼ら彼女らは気絶する。
悪い夢から逃げ出すように、夢の世界へと走り出す。
寝ている時、人はモノだ。
依頼は器物損壊じゃなくて殺人。
だから僕は寝ている人は殺さない。


めがさめる。
こえが、きこえる。
「ぎゅーにゅー、かってきた?」
「うん」
「また、しっぱいしたの」
「ごめんなさい」
「ち、きらい」
「うん、ごめん」
「ちゃんと、ころさなきゃだめでしょ」
「ねてるひとはころせないよ」
「ひとなんて、さいしょからものよ」
「ちがうよ、ものはこわしてもたのしくない」
「あんた、また、はみがきしなかったでしょ」
「めんどくさい」
「きす、したげない」
「ごめんなさい」
「いらいにんにでんわした?」
「あとでする。まだしんでないし」
「わすれちゃだめよ」
「うん」
「めがさめたみたいよ」
「ほんと?」
「うん。いま、はんしゃてきにめをつぶった」
「まだ、いきよーとしてるんだね」
「みにくいわね」
「そーだね」
「はやくおわらせて、はー、みがいて、きすしよ」
「うん」
ばっと。が。ばっと。がががが。
「このたびはごりよーいただきありがとーございます」
こわい。
「たぶん、らいせでもあなたはあくにんだとおもいます」
こわいよ、まま。
「あくにんはころされます」
たすけてよ、ぱぱ。
「ぼくはころすのがすきなのです」
だれでもいいから。
「だから、らいせでもぼくのちかくでわるいことをしてぼくにころされてください」
たすけて。
「にんげんだがっき、ちょっとおもしろかったです」
おねがいだから。
「つかれたけど」
ばっとが。が。こわいばっとが。たすけて。
「それじゃ、さようなら。にこり」
あ、いいえがお。
ぐしゃり。