どこかの雑誌に頼まれたという原稿を手書きしながらイチ子さんが言う —— 「朝は北風が吹いていたのに、お昼に雨が降りはじめてから南風に変わったわね。雨が南風を連れてきたのかしら、それとも南風が雨を連れてきたのかしら」。
なにから天気の話を発想したんだろう。いずれにしても返事に困った。
「お答えできるまでの知識が欠落してます。義務教育で習ったっけ。それとも習って忘れてしまったのか、あるいは、授業を病欠していたか...」 締まらない返答になった。
普段、イチ子さんは、原稿は自分の部屋で書くのだが、昨日はめずらしく、リビングのテレビでサッカーのワールドカップを観ながら、食卓に下書き用のノートを広げていた。
カフェ・オレを作ってあげた時にチラ見したら、確か表題に『百葉箱のある庭の思い出』とか書いてあったような気がする。
天気の話はそこからきたのかも知れない。